声明・決議・意見書

意見書2022.09.15

区分所有建物の共用部分に関する損害賠償請求についての立法的措置を求める意見書

 2022年(令和4年)9月14日

                      広島弁護士会会長 久笠 信雄

 

第1 意見の趣旨

区分所有建物の共用部分の欠陥ないし契約不適合(以下「瑕疵」という)に基づく損害賠償請求権について、管理者による訴訟追行を容易にし、共有部分の瑕疵による被害回復(修補)の実現を実効的にする立法的措置を講じるべきである。

 

第2 意見の理由

1 分譲された区分所有建物の共用部分に瑕疵がある場合、区分所有者は分譲業者に対し、修補請求あるいは修補に代る損害賠償請求を行うことで、共用部分に生じた瑕疵の修補を実現する。

ところが、損害賠償請求権の性質は可分債権であることから、共用部分の瑕疵に基づく損害賠償請求権は各区分所有者にその共有持分に応じて分割して帰属すると解されている。

そのため、一部の区分所有者がその権利を行使しない場合や獲得した損害賠償金を修補以外の目的に費消した場合、結果として、修補工事を行うための費用が不足し、共用部分の瑕疵を修補することが出来ない極めて不合理な事態が発生する。瑕疵の内容が、構造耐力や防耐火性能の不足など建物の安全性にかかわるものである場合には、危険な区分所有建物が放置されることにもなりかねない。

2 そこで、区分所有法の2002年改正によって、区分所有建物の管理者等が、共用部分等について生じた損害賠償請求権について、各区分所有者を代理して行使し、また、自ら訴訟追行ができることとなった(区分所有法第26条第2項・第4項、第47条第6項・第8項)。同改正について、立法担当者は、「共用部分等について生じた損害賠償請求権については、各区分所有者が権利行使したとしてもその額が少額にとどまることが多いこと、受領した損害賠償金は共用部分等に生じた損害の回復の費用に振り向けるべき場合も少なくないこと等から、管理者等が各区分所有者を代理して一元的に請求し、または受領することができるものとした方が、建物の適正な管理に資するものと考えられる。」と説明している。

同改正によって、区分所有建物の管理者等は、規約又は集会の決議により、個々の区分所有者(集会の決議に反対した者を含む)を代理して、共用部分の瑕疵に基づいて修補費用相当額全額の損害賠償請求権を行使し、受領することができることとなり、共用部分の瑕疵の修補が実効的なものとなって区分所有建物管理の適正化及び瑕疵のある区分所有建物を取得した消費者の救済が図られることになった。

3 ところが、東京地判平成28年7月29日判決は、管理者が区分所有建物の共用部分たる外壁の瑕疵に基づく損害賠償請求訴訟を提起した事案において、区分所有法第26条第4項の「区分所有者のために」とは、「区分所有者全員のために」と解釈すべきであり、各区分所有者に個別的に発生し帰属する請求権に係る訴えについては、区分所有者全員に請求権がそれぞれ帰属し、管理者が区分所有者全員を代理できる場合に限って、規約又は集会の決議により、管理者が区分所有者全員の利益のために訴訟追行することを認めたものと解釈する判断を示した。そのうえで、全84戸のうち9戸の区分所有権が転売され、うち2戸について、転得者が前区分所有者から口頭弁論終結までに損害賠償請求権を譲り受けることができなかったことを理由に、管理者たる原告が区分所有者全員を代理することはできないとして、その訴えを却下した。

しかし、近年、分譲マンションの供給数は増加し、区分所有権の転売も頻繁に行われている。また、区分所有建物の瑕疵が発見される時期の多くは竣工から相当年数経過した後であることも考えると、共用部分の瑕疵に基づく損害賠償請求権を行使する場面において、現区分所有者全員が当初の区分所有者のままであるというケースは稀である。また、分譲マンションのように区分所有者が多数の場合、転得者全員が当初の区分所有者に遡って債権譲渡手続きを受けることは容易ではない。

区分所有者が変動している場合、転得者全員が当初の区分所有者から損害賠償請求権を譲り受けていない限り、管理者等の共用部分の瑕疵に基づく損害賠償請求権の行使を認めないとする解釈は、結局、殆どの事案において管理者等の一元的行使を否定することに等しいものである。

一方、区分所有権を転売した当初の区分所有者は、既に共用部分の共有関係から離脱しており、区分所有建物の管理に利害関係を有しない。そのため、当初の区分所有者に共用部分の瑕疵に基づく損害賠償請求権の行使及びその獲得した損害賠償金を現実に共用部分の瑕疵の修補に充てることはおおよそ期待しえない。

従って、多くの事案において、修補工事を行うための費用が不足し、共用部分の瑕疵を修補することが出来ない極めて不合理な事態が発生し、瑕疵の内容が、構造耐力や防耐火性能の不足など建物の安全性にかかわるものである場合には、現区分所有者の、安全な建物に居住する権利が侵害された状態が継続することとなる。

これは、区分所有法の2002年改正によって、管理者等に共用部分の瑕疵に基づく損害賠償請求権の一元的行使を認め、瑕疵の修補を実効的なものとし、区分所有建物の適正な管理と消費者救済を図った趣旨を没却するものであり、同判決による区分所有法第26条第4項の解釈は、区分所有法の2002年改正の趣旨を没却するものである。また、共用部分瑕疵に基づく損害賠償請求権の行使権限に、解釈上の疑義が生じ続けるのであれば、この点が訴訟上の争点となり、審理の長期化を招き、結果として、区分所有建物共用部分の契約不適合の修補が困難になる事案が生じるリスクが常に存在することになる。

従って、区分所有者の変動があった場合においても、管理者等の損害賠償請求権の一元的行使を明確にする立法的措置が必要である。

4 なお、建替決議の要件緩和等を中心課題として区分所有法の改正が検討されており、研究者・実務家等の有識者に加えて法務省・国交省・最高裁も参加した区分所有法制研究会が開催され、同研究会において、共用部分に係る損害賠償請求権等を円滑に行使する仕組みについても議論されている。

当会は、本論点が引き続き重要な論点として議論され、管理者による訴訟追行を容易にする立法的措置が講じられるとともに、本論点の重要な問題は、共用部分の瑕疵を修補することが出来ない極めて不合理な事態が発生することにあるため、単に、管理者による訴訟追行を容易にする視点にとどまらず、例えば、共用分の瑕疵に基づく損害賠償請求権は区分所有権を譲渡とする際に譲受人に当然承継されるものとみなす制度の創設など、受領した修補に代わる損害賠償請求権全額が共有部分の瑕疵の被害回復(修補)に充てられることを確保し、もって、被害救済を実効的にし得る立法的措置を講じることを求める。

以上