勧告書・警告書2024.01.05
受刑者の髪型に関する強制についての勧告書
令和5年12月28日
尾道刑務支所長 殿
広島弁護士会 会長 坂下 宗生
同人権擁護委員会 委員長 西 剛謙
勧 告 書
当会は、尾道刑務支所を相手方とする人権救済申立事件(令和4年第9号)について、当会人権擁護委員会による調査の結果、救済措置を講ずる必要があるとの結論に達したので、以下のとおり勧告する。
第1 勧告の趣旨
男性受刑者の髪型を原型刈りか前五分刈りに制限する被収容者の保健衛生及び 医療に関する訓令第6条1項1号、2項は、憲法第13条に違反するものである。尾道刑務支所がこの訓令を根拠に、申立人を含む男性受刑者として処遇する者に対して、その髪型を原型刈りか前五分刈りにするよう選択を迫る事は、その自己決定権を侵害するものである。
よって、今後、男性受刑者として処遇する者の髪型について、原型刈りか前五 分刈りにするよう選択を迫ることのないよう勧告する。
第2 勧告の理由
1 申立の概要
申立人は、自身はトランスジェンダー(MtF)と自認するものの、尾道刑務支所においては男性受刑者として処遇されていた。
申立人は、令和5年1月の調髪時に「短くしたくない。」旨を尾道刑務支所職員に申し出たが、尾道刑務支所職員から「何を言っているんだ。」と怒鳴られたため、それ以上の反論等をすること無く調髪に応じ、以後は抵抗を諦め調髪に応じてきた。
なお、本日現在、申立人は尾道刑務支所を出所しているが、出所後においても当会による措置を希望している。
2 調査の経緯
(1)尾道刑務支所からの事情の聞き取り
尾道刑務支所に対し、令和5年4月7日、同年6月30日に訪問した際に、上記申立の概要記載事実に関連して、調髪の具体的実施方法等について事情の聞き取りを行った。
(2)尾道刑務支所からの回答
尾道刑務支所からは、令和5年4月7日、同年6月30日の訪問時に、調髪の具体的実施方法について、「調髪は月1回行っているが、刑事収容施設法や訓令に基づいて行っており、原型刈りか前五分刈りの選択制である。申立人からは調髪を拒否されたことはない。」旨の回答があった。
3 認められる事実
以上の調査により、尾道刑務支所においては、男性受刑者に対して、月1回の調髪時に、訓令に基づいて原型刈りか前五分刈りのいずれかの髪型に選択させていることが判明した。なお、尾道刑務支所が申立人に対して暴行等を用いて物理的に強制していないことは申立人からの聞き取りにより明らかである。
4 判断
(1)憲法13条は、生命・自由及び幸福追求に対する国民の権利を保障しており、その一内容として自己に関する事柄について、公権力の干渉を受けることなく、自ら決定することのできる権利(自己決定権)を保障している。髪型の自由(あるいは強制的に調髪されない自由)も、身体の処分に関わる事柄、家族の形成・維持に関わる事柄と同様に人格の核を取り囲み、全体としてその人らしさを形成しているという意味においてやはり自己決定権の対象であるというべきである。
(2)もっとも、懲役刑等は、受刑者に、その罪のしょく罪をさせるとともに、その更生を図ることを目的として一定期間、施設内に身柄を収容し、矯正を施すものであるから、かかる拘禁目的の達成に必要な限りにおいて、上記自己決定権が制約を受けることがあり得る。但し、受刑者の自己決定権の制約は、拘禁目的等に照らして合理的なものでなければならない。
ここで男性受刑者の髪型を制限する訓令6条1項1号が合理的なものといえるのかの検討をすると、その趣旨は①衛生上の要請、②機械作業における安全性、③反社会的集団に所属することを誇示する髪型の防止、④調髪を担当する受刑者の技量の限界、また⑤規律維持にかかる有効性、⑥長髪を許容することによる施設や器具の財政負担の問題等が考えられる。
しかしながら、①及び②については被収容者の戸籍上の性別により頭髪に関する衛生上及び安全上配慮の程度が変わるとは考え難く、特に機械作業においては、被収容者の作業の安全及び衛生の確保に関する訓令第36条、労働安全衛生規則101条1項において、機械の危険な部位に覆い等を設けなければならないのであって、男性受刑者について女性受刑者と異なる配慮が必要とは考えられない。③及び⑤についても、女性受刑者に対するのと同様に、「華美にわたることなく、清楚な髪型とす」れば足りるのであって、原型刈りか前五分刈り等に限定する理由には当たらない。④及び⑥の点については、女性刑務所では「華美にわたることなく、清楚な髪型」が許容されているものの、特段の問題なく調髪が運用されているから、男性受刑者に「原型刈り」「前五分刈り」以外の髪型を許容した場合に④及び⑥の点が障害になることは考えにくい。また、男性受刑者であっても刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則第26条4項により宗教上の理由等により一部長髪を許容していることからすれば、刑事施設において長髪にできないだとか、施設、器具の問題により対応できないといったことは想定されない。
そうすると、男性受刑者の髪型を制限する訓令第6条1項1号は拘禁目的等に照らして合理性のある規定ということはできず、憲法13条に違反する。同様に訓令第6条2項も合理的理由無く男性受刑者に髪型を原型刈りか前五分刈りにすることを迫るものであり、憲法13条に違反する。
(3)なお付言すれば、申立人は自身がトランスジェンダー(MtF)と自認するものの、それを根拠づける資料等は見当たらない。しかしながら、昨今、いわゆる性的少数者に関する社会的な不利益や障害を取り除く取組みが続いており、最高裁判所も、本年10月25日、性別変更審判に生殖能力の喪失を要件とする性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号の規定が憲法13条に違反する旨を判示した。
尾道刑務支所を含む刑事収容施設においても、現在又は将来、生殖能力喪失や戸籍上の性別変更の有無を問わず、被収容者の中に性違和を持つ者やその可能性がある者が含まれることになるのが必定である。
上記(2)で述べたことに加え、このような昨今の性的少数者に関する社会的情勢をも踏まえればなおさら、少なくとも髪型については、戸籍上の性別を理由とする別異取扱いに合理的理由は見当たらないことは明らかというべきである。
(4)以上のとおり、訓令第6条1項1号、2項は憲法13条に違反するものであるから、上記勧告の趣旨の通り勧告する。
以上
令和5年12月28日
尾道刑務支所長 殿
広島弁護士会 会長 坂下 宗生
同人権擁護委員会 委員長 西 剛謙
勧 告 書
当会は、尾道刑務支所を相手方とする人権救済申立事件(令和4年第9号)について、当会人権擁護委員会による調査の結果、救済措置を講ずる必要があるとの結論に達したので、以下のとおり勧告する。
第1 勧告の趣旨
男性受刑者の髪型を原型刈りか前五分刈りに制限する被収容者の保健衛生及び 医療に関する訓令第6条1項1号、2項は、憲法第13条に違反するものである。尾道刑務支所がこの訓令を根拠に、申立人を含む男性受刑者として処遇する者に対して、その髪型を原型刈りか前五分刈りにするよう選択を迫る事は、その自己決定権を侵害するものである。
よって、今後、男性受刑者として処遇する者の髪型について、原型刈りか前五 分刈りにするよう選択を迫ることのないよう勧告する。
第2 勧告の理由
1 申立の概要
申立人は、自身はトランスジェンダー(MtF)と自認するものの、尾道刑務支所においては男性受刑者として処遇されていた。
申立人は、令和5年1月の調髪時に「短くしたくない。」旨を尾道刑務支所職員に申し出たが、尾道刑務支所職員から「何を言っているんだ。」と怒鳴られたため、それ以上の反論等をすること無く調髪に応じ、以後は抵抗を諦め調髪に応じてきた。
なお、本日現在、申立人は尾道刑務支所を出所しているが、出所後においても当会による措置を希望している。
2 調査の経緯
(1)尾道刑務支所からの事情の聞き取り
尾道刑務支所に対し、令和5年4月7日、同年6月30日に訪問した際に、上記申立の概要記載事実に関連して、調髪の具体的実施方法等について事情の聞き取りを行った。
(2)尾道刑務支所からの回答
尾道刑務支所からは、令和5年4月7日、同年6月30日の訪問時に、調髪の具体的実施方法について、「調髪は月1回行っているが、刑事収容施設法や訓令に基づいて行っており、原型刈りか前五分刈りの選択制である。申立人からは調髪を拒否されたことはない。」旨の回答があった。
3 認められる事実
以上の調査により、尾道刑務支所においては、男性受刑者に対して、月1回の調髪時に、訓令に基づいて原型刈りか前五分刈りのいずれかの髪型に選択させていることが判明した。なお、尾道刑務支所が申立人に対して暴行等を用いて物理的に強制していないことは申立人からの聞き取りにより明らかである。
4 判断
(1)憲法13条は、生命・自由及び幸福追求に対する国民の権利を保障しており、その一内容として自己に関する事柄について、公権力の干渉を受けることなく、自ら決定することのできる権利(自己決定権)を保障している。髪型の自由(あるいは強制的に調髪されない自由)も、身体の処分に関わる事柄、家族の形成・維持に関わる事柄と同様に人格の核を取り囲み、全体としてその人らしさを形成しているという意味においてやはり自己決定権の対象であるというべきである。
(2)もっとも、懲役刑等は、受刑者に、その罪のしょく罪をさせるとともに、その更生を図ることを目的として一定期間、施設内に身柄を収容し、矯正を施すものであるから、かかる拘禁目的の達成に必要な限りにおいて、上記自己決定権が制約を受けることがあり得る。但し、受刑者の自己決定権の制約は、拘禁目的等に照らして合理的なものでなければならない。
ここで男性受刑者の髪型を制限する訓令6条1項1号が合理的なものといえるのかの検討をすると、その趣旨は①衛生上の要請、②機械作業における安全性、③反社会的集団に所属することを誇示する髪型の防止、④調髪を担当する受刑者の技量の限界、また⑤規律維持にかかる有効性、⑥長髪を許容することによる施設や器具の財政負担の問題等が考えられる。
しかしながら、①及び②については被収容者の戸籍上の性別により頭髪に関する衛生上及び安全上配慮の程度が変わるとは考え難く、特に機械作業においては、被収容者の作業の安全及び衛生の確保に関する訓令第36条、労働安全衛生規則101条1項において、機械の危険な部位に覆い等を設けなければならないのであって、男性受刑者について女性受刑者と異なる配慮が必要とは考えられない。③及び⑤についても、女性受刑者に対するのと同様に、「華美にわたることなく、清楚な髪型とす」れば足りるのであって、原型刈りか前五分刈り等に限定する理由には当たらない。④及び⑥の点については、女性刑務所では「華美にわたることなく、清楚な髪型」が許容されているものの、特段の問題なく調髪が運用されているから、男性受刑者に「原型刈り」「前五分刈り」以外の髪型を許容した場合に④及び⑥の点が障害になることは考えにくい。また、男性受刑者であっても刑事施設及び被収容者の処遇に関する規則第26条4項により宗教上の理由等により一部長髪を許容していることからすれば、刑事施設において長髪にできないだとか、施設、器具の問題により対応できないといったことは想定されない。
そうすると、男性受刑者の髪型を制限する訓令第6条1項1号は拘禁目的等に照らして合理性のある規定ということはできず、憲法13条に違反する。同様に訓令第6条2項も合理的理由無く男性受刑者に髪型を原型刈りか前五分刈りにすることを迫るものであり、憲法13条に違反する。
(3)なお付言すれば、申立人は自身がトランスジェンダー(MtF)と自認するものの、それを根拠づける資料等は見当たらない。しかしながら、昨今、いわゆる性的少数者に関する社会的な不利益や障害を取り除く取組みが続いており、最高裁判所も、本年10月25日、性別変更審判に生殖能力の喪失を要件とする性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号の規定が憲法13条に違反する旨を判示した。
尾道刑務支所を含む刑事収容施設においても、現在又は将来、生殖能力喪失や戸籍上の性別変更の有無を問わず、被収容者の中に性違和を持つ者やその可能性がある者が含まれることになるのが必定である。
上記(2)で述べたことに加え、このような昨今の性的少数者に関する社会的情勢をも踏まえればなおさら、少なくとも髪型については、戸籍上の性別を理由とする別異取扱いに合理的理由は見当たらないことは明らかというべきである。
(4)以上のとおり、訓令第6条1項1号、2項は憲法13条に違反するものであるから、上記勧告の趣旨の通り勧告する。
以上