総会決議2024.03.01
再審手続に関する刑事訴訟法の改正を求める総会決議
2024年(令和6年)2月21日
広島弁護士会
第1 決議の趣旨
当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、国に対し、
1 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
2 再審請求手続における証拠開示の制度化
を含む刑事訴訟法の改正を速やかに行うよう求める。
以上のとおり決議する。
第2 決議の理由
1 はじめに
(1)刑事裁判において無罪となるべき者に有罪判決を行うえん罪は、国家による重大な人権侵害であり、あってはならないことである。しかし、刑事裁判も人間の営みである以上、いかに刑事手続を改善しても、えん罪が起こりうることは不可避である。このため、刑事訴訟法(以下、「刑訴法」)には再審に関する規定を置き、無辜の救済を図っている。
ところが、現行刑訴法では、再審手続に関する規定は19か条しかなく、再審請求手続における審理の在り方は裁判所の広範な裁量に委ねられている。その結果、後述の通り、裁判所の訴訟指揮によって再審請求審の審理内容に大きな差が生じており、制度及び規定の不備が明らかとなっている。
(2)当会の所在地の広島高等裁判所において、これまで著名な再審事件が審理されてきた。古くは、当会の会員が中心となって、1977年(昭和52年)7月7日、再審無罪を勝ち取った加藤老再審事件がある。実に、事件発生から62年目のことである。
(3)再審の手続についての法整備との関係で言えば、加藤老再審事件の無罪判決に際しての日弁連談話の中で、「これまでの刑事再審制度とその運用が、無実であっても、それを受け入れて救済するには、その門があまりにも狭く、かたくなであったことを示している。日弁連の提唱する刑事再審法改正の実現は、いまや、一日も急がねばならぬ緊急の課題であり、正義の要求である。」と、つとに指摘しているところである。それから、46年の年月が経過している。
(4)また、加藤老再審事件においては、再審開始決定がなされてから、無罪判決を獲得するまで10ヶ月程度であった。このことと、再審開始決定に対して抗告申立をすることが多い近時の検察側の対応とを対比すると、近時の検察側の対応が、いかにえん罪被害者の救済を遅らせ、人権を侵害しているかが分かる。
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立の禁止
(1)現行再審法上の問題点
1949年(昭和24年)に施行された現行の再審法制度(刑訴法第4編再審)は、日本国憲法第39条において二重の危険の禁止が規定されたことを受けて、不利益再審に関する規定を削除した以外は、1922年(大正11年)改正の旧刑訴法の規定を、ほぼそのまま引き継いでいる。
このため、現行再審法制度は、再審開始決定に対する検察官の不服申立が禁止されておらず、以下で述べるような問題点が顕在化している。
(2)迅速な被害救済の阻害
刑訴法第450条は、主体を限定することなく再審開始決定に対する即時抗告を認めていることから、検察官は同条を根拠として、確定判決の有罪認定に対し、合理的な疑いが生じたと判断した裁判所による再審開始決定に対し、即時抗告をすることが相次いでいる。
また、同法第433条は特別抗告を検察官が行うことを明確には否定していない。このため、近年では、布川事件(特別抗告申立日2008年(平成20年)7月22日)や松橋事件(同2017年(平成29年)12月4日)、湖東事件(同2017年(平成29年)12月25日)、大崎事件第3次再審請求審(同2018年(平成30年)3月19日)に見られるように、再審開始決定に対し、即時抗告審により再審決定が維持されながら、これを不服として検察官が特別抗告までするケースが見られるようになった。
これは、1990年代までは再審開始決定に対する即時抗告が棄却された場合、検察官から特別抗告がなされることまではなく、そのまま再審開始決定が確定する場合が多かったことと比較して、顕著である。
このように、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが許容されているが故に、ただでさえ審理期間の長い再審請求審を経て再審開始決定を得ても、検察官の不服申立により、再審請求に係る審理がさらに長引き、えん罪被害者の迅速な救済が阻害されていることが、数多く指摘されているところである。
特に、近時における迅速な救済が阻害されている顕著な例としては、袴田事件が存在する。
同事件においては、2014年(平成26年)3月27日、静岡地裁において、再審開始決定がなされるに至りながら、検察官による即時抗告の結果、2018年(平成30年)6月には東京高裁において、再審請求の棄却決定がなされるも、2020年(令和2年)12月22日の最高裁判所による東京高裁の決定の取消しと差戻しが行われた結果、2023年(令和5年)3月13日、東京高裁による検察官からの即時抗告棄却決定をもって再審開始が確定し、2023年(令和5年)10月27日より再審公判が開始されるに至った。
このように、検察官による即時抗告が行われただけで、静岡地裁による再審開始決定から9年以上の歳月を費やさなければ、再審公判の開始までたどり着けなかった現状がある。
このように、検察官の不服申立が認められると審理が著しく長期化しており、死刑確定者が場合によってはその汚名を着せられたままその生涯を終えかねないという現状は、看過できない。
(3)公益の代表者という立場の逸脱
現行の再審制度は、憲法第39条(二重の危険の禁止)に鑑み、えん罪被害者を救済することのみを目的として、不利益再審を廃止し、いわゆる「無辜の救済」の制度に特化している。
そうすると、再審請求審における検察官は、当事者ではなく「公益の代表者」(検察庁法第4条)という立場から、適正な請求手続の進行を図るために関与することが求められる立場にあるのであって、旧証拠の証明力補強のための検察官独自の証拠提出などの積極的な主張立証活動は差し控えられるべきであるといえる。
また、積極的な立証活動を検察官に認めることは、検察官が当事者として有罪認定のための活動を行い、再審請求人に新たな応訴活動を強制して疲弊させるという点で、不利益再審類似の状況といえ、憲法39条の権利を侵害しかねないものである。
以上のような、再審請求審における検察官の立場からすれば、通常審と同じように、検察官に不服申立を認めるべき理由はない。
再審開始決定の根拠となった事実認定に対する不服申立まで認めることは、必要がないばかりか、公益の代表者として再審請求審に関与する検察官の立場を逸脱しているものと言わざるを得ない。
(4)小括
以上の通り、検察官の再審開始決定に対する不服申立を認めることは、現行の再審請求審の審理を不当に長期化させるものであり、再審請求審における公益の代表者という検察官の立場を逸脱させ、却って再審制度の法的安定性を阻害するものでしかなく、再審制度上も不要なものであるといえる。
したがって、検察官の再審開始決定に対する不服申立は明文で規制されるべきである。
3 再審請求手続における証拠開示を認める規定の新設について
(1)再審請求手続について証拠開示の規定がないこと
再審請求手続における証拠開示については、 現行法上、明文の規定は存在しない。通常審における証拠開示について、 2004年(平成16年)の刑訴法改正では、公判前整理手続や期日間整理手続における類型証拠開示や主張関連証拠開示が制度化され、さらに2016年(平成28年)の刑訴法改正では、証拠の一覧表の交付制度が新設され、一定の制度的前進が見られているのとは対照的である。2016年(平成28年)の刑訴法の改正の時にも問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、附則9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示・・・・・・について検討を行うものとする。」と規定されたが、その後、具体的な議論は進んでいない。
(2)再審請求事件における証拠開示の重要性
近時の再審請求事件でも、証拠開示は重要な役割を果たしている。
2023年(令和5年)3月に再審開始決定が確定した袴田事件では、第2次再審請求審において、①いわゆる5点の衣類発見時のネガフィルム、②5点の衣類のズボンを販売した役員の供述調書、③自白調書、取調録音テープ、等をはじめとする約600点の証拠が開示され、再審開始決定に大きな影響を及ぼした。
2008年(平成20年)に再審が確定し、その後、無罪となった布川事件では、第2次再審請求審において、①殺害方法の自白と矛盾する内容の「死体検案書」、②現場に遺留されていた毛髪に被疑者らのものがなかったとする「毛髪鑑定書」、③犯行現場で別人を目撃したとする第三者の供述調書、をはじめとする136点の証拠が開示され、再審開始の判断に影響を及ぼした。
2017年(平成29年)に再審が確定し、その後無罪となった松橋事件では、再審請求前に弁護人が検察官に証拠開示を求めたところ、検察官がこれに応じたが、犯行時、小刀に巻き付けて使用し、犯行後、風呂の焚口で燃やしたと供述していたシャツの左袖部分が証拠物として存在しており、再審請求審において、そのシャツの存在が犯行自白を疑わせるものの材料とされた。
このように通常審段階において既に存在していた無罪方向の証拠が後に開示されて、再審開始あるいは再審で無罪の判決につながっている事実は、証拠開示が極めて重要なことを示している。
(3)証拠開示の規定が存在しないことの弊害
このように証拠開示は、再審請求手続において、極めて重要であるにもかかわらず、現行刑訴法上、再審手続においては、証拠開示の手続・その範囲に関する規定がない。すると、無罪方向の証拠が警察・検察官の手元にあったとしても、現行刑訴法は、検察官に対し、積極的に証拠を開示する必要性を認めていないことになる。
再審手続における証拠開示は、裁判所の裁量によって行われてきたのが現状であるが、裁判所の積極的な訴訟指揮により多くの重要な証拠が開示された事件もあれば、裁判所が訴訟指揮に消極的なために証拠開示が進まない事件もあり、証拠開示については、裁判所によって大きな格差が生じている。
証拠開示に消極的な裁判所では、無罪方向の証拠が開示されないまま再審請求が棄却されることにもなりかねない。
例えば、袴田事件第1次再審請求では、弁護人が長年にわたり証拠開示を求め続けたものの、裁判所は、これに応答することなく、再審請求を棄却している。
布川事件第1次再審請求では、開示された証拠は11点に留まり、結果として裁判所は再審請求を棄却している。
大崎事件第2次再審請求審では、地方裁判所は、証拠開示に向けた訴訟指揮を一切せず、再審請求を棄却したものの、第2次即時抗告審は、裁判所が証拠開示に積極的であったため、結果として検察官は、合計213点の証拠を任意開示している。
このように、現行法では証拠開示の規定がなく、裁判所の裁量によって証拠開示が行われてきたため、証拠開示に対する裁判所間の格差が生じており、このことは、無罪方向の証拠の存在を看過したまま裁判所が再審請求を棄却するという事態を生じさせかねない、という問題がある。
(4)裁判所の命令・勧告に対する検察官の対応
裁判所が証拠開示に関する命令や勧告を行っても、検察官がこれに従わない事例が存在した。例えば、大阪強姦再審無罪事件(2015年(平成27年)10月16日大阪地裁判決)では、裁判所が検察官に対し、決定の形式で、手持ち証拠の一覧表を弁護人に交付するよう命じたが、検察官は一覧表の提出を拒否し、大崎事件第2次再審即時抗告審では、裁判所が検察官に対して、証拠の標目を作成し、その標目を弁護人に開示するように勧告したが、検察官は、直接この勧告には従わず、五月雨的に任意に証拠を開示する、という対応をした。
このように検察官が、裁判所の決定や勧告に従わないのは、証拠開示に関する法令が存在しないことに起因する。
(5)小括
よって、証拠開示の一般的統一的基準、かつ裁判所の一般的権限等をはじめとする再審請求手続における証拠開示を制度化する刑訴法改正を速やかに行うべきである。
4 結論
以上を踏まえ、当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、国に対し、①再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止、②再審請求手続における証拠開示の制度化、を含む刑訴法の改正を速やかに行うよう求める。
以上
2024年(令和6年)2月21日
広島弁護士会
第1 決議の趣旨
当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、国に対し、
1 再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
2 再審請求手続における証拠開示の制度化
を含む刑事訴訟法の改正を速やかに行うよう求める。
以上のとおり決議する。
第2 決議の理由
1 はじめに
(1)刑事裁判において無罪となるべき者に有罪判決を行うえん罪は、国家による重大な人権侵害であり、あってはならないことである。しかし、刑事裁判も人間の営みである以上、いかに刑事手続を改善しても、えん罪が起こりうることは不可避である。このため、刑事訴訟法(以下、「刑訴法」)には再審に関する規定を置き、無辜の救済を図っている。
ところが、現行刑訴法では、再審手続に関する規定は19か条しかなく、再審請求手続における審理の在り方は裁判所の広範な裁量に委ねられている。その結果、後述の通り、裁判所の訴訟指揮によって再審請求審の審理内容に大きな差が生じており、制度及び規定の不備が明らかとなっている。
(2)当会の所在地の広島高等裁判所において、これまで著名な再審事件が審理されてきた。古くは、当会の会員が中心となって、1977年(昭和52年)7月7日、再審無罪を勝ち取った加藤老再審事件がある。実に、事件発生から62年目のことである。
(3)再審の手続についての法整備との関係で言えば、加藤老再審事件の無罪判決に際しての日弁連談話の中で、「これまでの刑事再審制度とその運用が、無実であっても、それを受け入れて救済するには、その門があまりにも狭く、かたくなであったことを示している。日弁連の提唱する刑事再審法改正の実現は、いまや、一日も急がねばならぬ緊急の課題であり、正義の要求である。」と、つとに指摘しているところである。それから、46年の年月が経過している。
(4)また、加藤老再審事件においては、再審開始決定がなされてから、無罪判決を獲得するまで10ヶ月程度であった。このことと、再審開始決定に対して抗告申立をすることが多い近時の検察側の対応とを対比すると、近時の検察側の対応が、いかにえん罪被害者の救済を遅らせ、人権を侵害しているかが分かる。
2 再審開始決定に対する検察官の不服申立の禁止
(1)現行再審法上の問題点
1949年(昭和24年)に施行された現行の再審法制度(刑訴法第4編再審)は、日本国憲法第39条において二重の危険の禁止が規定されたことを受けて、不利益再審に関する規定を削除した以外は、1922年(大正11年)改正の旧刑訴法の規定を、ほぼそのまま引き継いでいる。
このため、現行再審法制度は、再審開始決定に対する検察官の不服申立が禁止されておらず、以下で述べるような問題点が顕在化している。
(2)迅速な被害救済の阻害
刑訴法第450条は、主体を限定することなく再審開始決定に対する即時抗告を認めていることから、検察官は同条を根拠として、確定判決の有罪認定に対し、合理的な疑いが生じたと判断した裁判所による再審開始決定に対し、即時抗告をすることが相次いでいる。
また、同法第433条は特別抗告を検察官が行うことを明確には否定していない。このため、近年では、布川事件(特別抗告申立日2008年(平成20年)7月22日)や松橋事件(同2017年(平成29年)12月4日)、湖東事件(同2017年(平成29年)12月25日)、大崎事件第3次再審請求審(同2018年(平成30年)3月19日)に見られるように、再審開始決定に対し、即時抗告審により再審決定が維持されながら、これを不服として検察官が特別抗告までするケースが見られるようになった。
これは、1990年代までは再審開始決定に対する即時抗告が棄却された場合、検察官から特別抗告がなされることまではなく、そのまま再審開始決定が確定する場合が多かったことと比較して、顕著である。
このように、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが許容されているが故に、ただでさえ審理期間の長い再審請求審を経て再審開始決定を得ても、検察官の不服申立により、再審請求に係る審理がさらに長引き、えん罪被害者の迅速な救済が阻害されていることが、数多く指摘されているところである。
特に、近時における迅速な救済が阻害されている顕著な例としては、袴田事件が存在する。
同事件においては、2014年(平成26年)3月27日、静岡地裁において、再審開始決定がなされるに至りながら、検察官による即時抗告の結果、2018年(平成30年)6月には東京高裁において、再審請求の棄却決定がなされるも、2020年(令和2年)12月22日の最高裁判所による東京高裁の決定の取消しと差戻しが行われた結果、2023年(令和5年)3月13日、東京高裁による検察官からの即時抗告棄却決定をもって再審開始が確定し、2023年(令和5年)10月27日より再審公判が開始されるに至った。
このように、検察官による即時抗告が行われただけで、静岡地裁による再審開始決定から9年以上の歳月を費やさなければ、再審公判の開始までたどり着けなかった現状がある。
このように、検察官の不服申立が認められると審理が著しく長期化しており、死刑確定者が場合によってはその汚名を着せられたままその生涯を終えかねないという現状は、看過できない。
(3)公益の代表者という立場の逸脱
現行の再審制度は、憲法第39条(二重の危険の禁止)に鑑み、えん罪被害者を救済することのみを目的として、不利益再審を廃止し、いわゆる「無辜の救済」の制度に特化している。
そうすると、再審請求審における検察官は、当事者ではなく「公益の代表者」(検察庁法第4条)という立場から、適正な請求手続の進行を図るために関与することが求められる立場にあるのであって、旧証拠の証明力補強のための検察官独自の証拠提出などの積極的な主張立証活動は差し控えられるべきであるといえる。
また、積極的な立証活動を検察官に認めることは、検察官が当事者として有罪認定のための活動を行い、再審請求人に新たな応訴活動を強制して疲弊させるという点で、不利益再審類似の状況といえ、憲法39条の権利を侵害しかねないものである。
以上のような、再審請求審における検察官の立場からすれば、通常審と同じように、検察官に不服申立を認めるべき理由はない。
再審開始決定の根拠となった事実認定に対する不服申立まで認めることは、必要がないばかりか、公益の代表者として再審請求審に関与する検察官の立場を逸脱しているものと言わざるを得ない。
(4)小括
以上の通り、検察官の再審開始決定に対する不服申立を認めることは、現行の再審請求審の審理を不当に長期化させるものであり、再審請求審における公益の代表者という検察官の立場を逸脱させ、却って再審制度の法的安定性を阻害するものでしかなく、再審制度上も不要なものであるといえる。
したがって、検察官の再審開始決定に対する不服申立は明文で規制されるべきである。
3 再審請求手続における証拠開示を認める規定の新設について
(1)再審請求手続について証拠開示の規定がないこと
再審請求手続における証拠開示については、 現行法上、明文の規定は存在しない。通常審における証拠開示について、 2004年(平成16年)の刑訴法改正では、公判前整理手続や期日間整理手続における類型証拠開示や主張関連証拠開示が制度化され、さらに2016年(平成28年)の刑訴法改正では、証拠の一覧表の交付制度が新設され、一定の制度的前進が見られているのとは対照的である。2016年(平成28年)の刑訴法の改正の時にも問題点が指摘され、法制化には至らなかったものの、附則9条3項において、「政府は、この法律の公布後、必要に応じ、速やかに、再審請求審における証拠の開示・・・・・・について検討を行うものとする。」と規定されたが、その後、具体的な議論は進んでいない。
(2)再審請求事件における証拠開示の重要性
近時の再審請求事件でも、証拠開示は重要な役割を果たしている。
2023年(令和5年)3月に再審開始決定が確定した袴田事件では、第2次再審請求審において、①いわゆる5点の衣類発見時のネガフィルム、②5点の衣類のズボンを販売した役員の供述調書、③自白調書、取調録音テープ、等をはじめとする約600点の証拠が開示され、再審開始決定に大きな影響を及ぼした。
2008年(平成20年)に再審が確定し、その後、無罪となった布川事件では、第2次再審請求審において、①殺害方法の自白と矛盾する内容の「死体検案書」、②現場に遺留されていた毛髪に被疑者らのものがなかったとする「毛髪鑑定書」、③犯行現場で別人を目撃したとする第三者の供述調書、をはじめとする136点の証拠が開示され、再審開始の判断に影響を及ぼした。
2017年(平成29年)に再審が確定し、その後無罪となった松橋事件では、再審請求前に弁護人が検察官に証拠開示を求めたところ、検察官がこれに応じたが、犯行時、小刀に巻き付けて使用し、犯行後、風呂の焚口で燃やしたと供述していたシャツの左袖部分が証拠物として存在しており、再審請求審において、そのシャツの存在が犯行自白を疑わせるものの材料とされた。
このように通常審段階において既に存在していた無罪方向の証拠が後に開示されて、再審開始あるいは再審で無罪の判決につながっている事実は、証拠開示が極めて重要なことを示している。
(3)証拠開示の規定が存在しないことの弊害
このように証拠開示は、再審請求手続において、極めて重要であるにもかかわらず、現行刑訴法上、再審手続においては、証拠開示の手続・その範囲に関する規定がない。すると、無罪方向の証拠が警察・検察官の手元にあったとしても、現行刑訴法は、検察官に対し、積極的に証拠を開示する必要性を認めていないことになる。
再審手続における証拠開示は、裁判所の裁量によって行われてきたのが現状であるが、裁判所の積極的な訴訟指揮により多くの重要な証拠が開示された事件もあれば、裁判所が訴訟指揮に消極的なために証拠開示が進まない事件もあり、証拠開示については、裁判所によって大きな格差が生じている。
証拠開示に消極的な裁判所では、無罪方向の証拠が開示されないまま再審請求が棄却されることにもなりかねない。
例えば、袴田事件第1次再審請求では、弁護人が長年にわたり証拠開示を求め続けたものの、裁判所は、これに応答することなく、再審請求を棄却している。
布川事件第1次再審請求では、開示された証拠は11点に留まり、結果として裁判所は再審請求を棄却している。
大崎事件第2次再審請求審では、地方裁判所は、証拠開示に向けた訴訟指揮を一切せず、再審請求を棄却したものの、第2次即時抗告審は、裁判所が証拠開示に積極的であったため、結果として検察官は、合計213点の証拠を任意開示している。
このように、現行法では証拠開示の規定がなく、裁判所の裁量によって証拠開示が行われてきたため、証拠開示に対する裁判所間の格差が生じており、このことは、無罪方向の証拠の存在を看過したまま裁判所が再審請求を棄却するという事態を生じさせかねない、という問題がある。
(4)裁判所の命令・勧告に対する検察官の対応
裁判所が証拠開示に関する命令や勧告を行っても、検察官がこれに従わない事例が存在した。例えば、大阪強姦再審無罪事件(2015年(平成27年)10月16日大阪地裁判決)では、裁判所が検察官に対し、決定の形式で、手持ち証拠の一覧表を弁護人に交付するよう命じたが、検察官は一覧表の提出を拒否し、大崎事件第2次再審即時抗告審では、裁判所が検察官に対して、証拠の標目を作成し、その標目を弁護人に開示するように勧告したが、検察官は、直接この勧告には従わず、五月雨的に任意に証拠を開示する、という対応をした。
このように検察官が、裁判所の決定や勧告に従わないのは、証拠開示に関する法令が存在しないことに起因する。
(5)小括
よって、証拠開示の一般的統一的基準、かつ裁判所の一般的権限等をはじめとする再審請求手続における証拠開示を制度化する刑訴法改正を速やかに行うべきである。
4 結論
以上を踏まえ、当会は、えん罪被害者の迅速な救済を可能とするため、国に対し、①再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止、②再審請求手続における証拠開示の制度化、を含む刑訴法の改正を速やかに行うよう求める。
以上