声明・決議・意見書

総会決議2019.05.31

憲法に9条の2(自衛隊条項)を創設する案に反対する決議

第1 決議の趣旨
広島弁護士会(以下「当会」という。)は,憲法に9条の2(自衛隊条項)を創設する自由民主党案(2018年3月策定)に強く反対する。

第2 決議の理由
1 憲法に9条の2(自衛隊条項)を創設する案について
2018年3月,自由民主党(以下「自民党」という。)は,同党大会において,憲法9条に関し,「9条1,2項を維持。『9条の2』を新設して自衛隊を明記。自衛権を意味する『自衛の措置』の文言と首相が自衛隊を指揮監督するシビリアンコントロール(文民統制)も明記。」とし,下記たたき台素案を示して,これが自民党の憲法9条に関する改憲案とされた。

憲法改正案9条の2第1項
「前条の規定は,我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず,そのための実力組織として,法律の定めるところにより,内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。」
同2項
「自衛隊の行動は,法律の定めるところにより,国会の承認その他の統制に服する。」

その後,安倍首相は,この憲法に9条の2(自衛隊条項)を創設する案(以下「本件改正案」という。)は,「今ある自衛隊をそのまま憲法に記載するだけであり,自衛隊の実態は何も変わらない」,「単に,『解釈の制限』を行うだけの規定であるから,憲法上,自衛隊が独自に活動する根拠を与えたことにはならず,将来的に軍事的な影響力が拡大する懸念はない」と述べている。
しかしながら,本件改正案は,憲法の基本的原則である恒久平和主義,基本的人権の尊重及び立憲主義の観点からして,次に述べるような重大な問題点を有するため,当会は,本件改正案に強く反対するものである。
2 現行憲法の恒久平和主義と安保法制の制定
日本国憲法は,1946年11月3日に公布され,1947年5月3日に施行されたが,憲法前文において「恒久の平和を念願し,…平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して,我らの安全と生存を維持しようと決意し」,「武力による威嚇または武力の行使を永久に放棄し」(9条1項),「戦力を保持せず,交戦権を認めない」(9条2項)という恒久平和主義を宣言した。
これは,日中・太平洋戦争において,アジアの人民約2000万人,日本人(軍属を含む。)約310万人,広島・長崎の原爆投下により計約21万人外の多くの犠牲者を生じたからである。
すなわち,「戦争は最大の人権侵害」(戦争は,個人を苦しめ,社会を壊し,国のかたちを変えてしまい,世界に悪影響しかもたらさない。)という戦争に反対する思想と,先の戦争に対する深い反省からこの恒久平和主義が確立されたのである。日本国憲法は,この「決して,再び戦争だけはさせてはならない」との確固たる決意に基づくものであるから,武力行使によって紛争を解決するという「普通の国」を目指すものではない。
この恒久平和主義の下に,わが国の政府は,専守防衛に徹して海外での武力行使や集団的自衛権の行使は認められないとする「1972年見解」に基づき専守防衛に徹してきた。
ところが,政府は,それまでの憲法解釈を変更し,2015年に「存立危機事態」における集団的自衛権の行使を認容する安保法制案を国会に提案し,国会は同年9月19日,この法案を成立させてしまった。
この安保法制については,多くの憲法学者が憲法違反であると考えており,また,日弁連や当会をはじめとして全ての弁護士会が憲法違反であるとして反対意見を表明してきた。
3 恒久平和主義が実質的に失われるおそれ及び立憲主義からの問題点
本件改正案は,憲法9条の規定を維持しているものの,「前条(9条)の規定は,…必要な自衛の措置をとることを妨げず」と規定されている。
しかしながら,この「必要な自衛の措置」の定義は不明確で内容が限定されておらず,また,「妨げず」との規定により,「必要な自衛の措置」であれば,憲法9条1項の武力行使や武力による威嚇を放棄する旨の規定,及び同条2項の戦力の不保持・交戦権の否認の規定の制約は受けないと解釈されるおそれがある。
現在でも,安保法制の下では,「存立危機事態」において集団的自衛権の行使が容認されているが,「必要な自衛の措置」と判断されれば,「存立危機事態」に至らない場合でも集団的自衛権の行使を認める道を開くことになり,広く海外でも武力行使が認容されるおそれがある。
この結果,我が国の専守防衛政策に著しい変化をもたらし,恒久平和主義が実質的に失われることになる。
しかも,「必要な自衛の措置」は,憲法原理である恒久平和主義と密接不可分の関係にあるにもかかわらず,本件改正案では,その判断は内閣及び国会に委ねられているのである。このようなことは,権力の行使を憲法に基づかせ,国家権力を制約して国民の権利と自由を守るという立憲主義の観点からすれば,決して許されることではない。本来であれば,時の権力者の恣意的判断を防止すべく,「必要な自衛の措置」の限界が示されなければならないはずである。さらに,本件改正案第2項は「国会の承認その他の統制に服する」と規定しており,法律の規定しだいでは国会の関与自体が排除され,内閣の暴走を止めることができない結果となる。この点も立憲主義の観点からは重大な問題といえる。
したがって,「必要な自衛の措置」の限界が示されず,また,国会の関与自体が排除される可能性を有する本件改正案は,立憲主義の観点からも重大な問題があると言わざるをえない。
このように,本件改正案は,恒久平和主義及び立憲主義の観点から重大な問題があるため,以下に述べるように,国民の基本的人権に対する侵害等も懸念される。
4 基本的人権に対する侵害または制約と国民生活に対する影響
(1)戦争する国家による人権侵害
第3項で指摘したとおり,本件改正案が制定されてしまえば,先に成立した集団的自衛権を容認する安保法制と相俟って,何らの制約もない「自衛の措置」の名の下に,自衛隊が世界中のどこにでも派遣され,武力行使を行うことが憲法上容認されることになりかねない。そうなれば,国際紛争の中で,自衛隊関係者を中心に殺し,殺される立場に立たされることとなる。
さらに,「自衛の措置」の名の下,武力行使が行われるとその被害や負担は自衛隊関係者のみにとどまらず,国民全体が負うこととなる。
そして,一旦,戦争が始まると,当初の想定を超えた総力戦となり国家同士のつぶし合いとなり,国民の多くが直接の犠牲者となって重大な人権侵害を生じうることは過去の大戦の歴史が示している。そればかりか,長距離弾道ミサイルや核兵器開発が進行した現在においては,一旦,戦争が開始されると核兵器が使用されることも想定され,これが使用されると,その被害は,戦争当事国のみならず地球環境全体に及び,その被害は甚大となる。人々にとって「戦争こそ最大の厄災」なのである。
(2)その他の基本的人権の侵害
本件改正案では,「自衛隊」は「国会などと同様の憲法上の重要な国家機関である」との解釈が可能となる。そうなると,以下に述べるとおり,その任務や活動が憲法上の国家機関の行為として「公共の福祉」に適うものとみなされ,国民の基本的人権を制限することが正当化されたうえ,国民生活にも大きな影響を与えることとなる。
ア 軍事機密の横行と報道(表現)の自由の抑制
本件改正案では,「自衛隊」の公共性を根拠として,軍事機密の保護が憲法上の要請との解釈が可能となる。現在でも,特定秘密保護法により「防衛に関する事項」が広範囲に秘匿されているところ,さらにこれが拡大され,報道機関の取材の自由や市民によるこれに関する意見の表明などが封じられることとなる。それ以上に,「自衛隊」に関する情報公開は認められないおそれがある。
その結果,国民の表現の自由(知る権利)は大幅に制約され,「自衛隊」に対する民主的統制が及ばなくなるおそれもある。
イ 思想・良心の自由,プライバシー権の侵害
本件改正案により,自衛隊が憲法に明記されると,自衛隊は憲法上の組織であり,この維持・強化は政府の憲法上の責務であり,また,自衛隊が憲法上に規定されて公共性を有する以上,国民・市民もこの責務に従わなくてはならないとして,戦争や徴兵制に反対する思想・良心の自由が認められなくなる可能性がある。
結局,本件改正案が成立すると自衛隊の公共性に疑問を差し挟む思想・良心の自由を侵害し,それらを推知しようとして個人のプライバシー権が侵害されるおそれがある。
ウ 徴兵制の合憲化
現在の憲法解釈においては,徴兵制は「意に反する苦役」(憲法18条)であり,違憲と考えられている。
しかし,現在,「自衛隊」への応募数が定員に欠ける事態が既に生じており,2018年12月に策定された「平成31年度以降に係る防衛計画の大綱」は,「人口減少と少子高齢化の急速な進展」等を理由に,「所要の抜本的な改革を行う。」旨明記されている。
このような現状を踏まえれば,本件改正案では,「自衛隊」が憲法的な公共性を有することを理由に,前記徴兵制は違憲であるとの解釈は変更され,「我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つため」として,「徴兵制は合憲である」と解釈変更される可能性がある。
その結果,国民の「意に反する苦役を拒否」する権利が制約されるおそれがある。
エ 基地訴訟住民らの権利の制約等
これまで,多数の米軍基地や自衛隊基地の近隣住民らが,基地公害訴訟を提起してきたが,本件改正案では,「必要な自衛の措置」との名目で,差止請求は認容されず,損害賠償請求も認容されないか,また,仮に認容されても,住民の受忍義務が強調されて損害額が大幅に減額されることとなる。
基地近隣住民らの人権は,これまで以上に制約されてしまうのである。
オ 軍事費の増大
従来,防衛費は,GDP1%以内とすることが政策的な大枠とされてきた。しかし,政府は,2019年度予算では,防衛費が5兆3千億円を超える金額に増額され,さらに,2018年12月に制定した中期防衛計画では今後5年間で戦闘機の購入などで27兆4700億余円を投入するとしている。
さらに,本件改正案では,「我が国の平和と独立を守り,国及び国民の安全を保つため」との名目で軍事費がより増大することは明らかである。この結果,相対的に,社会保障関連費や文教費などの生活関連予算は縮小され,国民生活にも大きな影響がある。
5 新憲法下における弁護士の活動について
(1)戦前の反省と弁護士自治
戦前,大日本弁護士会及び弁護士は,司法省の監督下にあったため,十分な人権擁護活動は行わず,朝鮮に対する植民地支配,中国への侵略,さらにはアジア・太平洋地域へ戦線が拡大して言論・出版統制が厳しくなるなかで,1944年,大日本弁護士報国会が作られて国家総動員体制に組み込まれていった。その結果,弁護士会及び弁護士は戦争遂行に協力する結果となったのである。
新憲法の下では,弁護士の職務が人権擁護や司法制度にとって不可欠な存在であると認識され,そのためには,国家からの制約を受けることなく,個々の弁護士が国民の権利を擁護するために自由に活動する必要があると考えられた。司法省の監督下にあった弁護士は,弁護士会を設立し,そこに全員が加入したうえ,弁護士会が各弁護士を監督することとした。これが弁護士自治の始まりである。個々の弁護士の弁護士会への強制加入制度は,個々の弁護士に対する国家権力の介入を封じるために認められたものであり,また,弁護士会が国家権力に対して自由に法的意見を述べることは,個々の弁護士の力だけでは国民の基本的人権の擁護が全うできないからである。
(2)平和宣言と弁護士・弁護士会の責務
そして,1949年5月30日に改正弁護士法が成立し,弁護士法第1条に「基本的人権を擁護し,社会正義を実現する」使命が設けられたのである。
この改正弁護士法を受けて,1949年9月1日に日本弁護士連合会及び新たな当会が設立され,1950年5月12日,日本弁護士連合会は,第1回定期総会を爆心地である広島市で開催し,次の平和宣言を採択した。
この宣言は,憲法前文と同様に「日本国憲法は世界に率先して戦争を放棄した。われらはこの崇高な精神に徹底して,地上から戦争の害悪を根絶し,各個人が人種国籍を超越し自由平等で且つ欠乏と恐怖のない平和な世界の実現を期する。右宣言する。」とされている。
この歴史経過からして,弁護士会及び弁護士は,戦争を根絶し,各個人が自由で平等で且つ欠乏と恐怖のない平和な世界の実現をするために活動する責務がある。そして,爆心地のある当会こそ,その責務を率先して果たすべきものと考えている。
これまで述べたとおり,本件改正案は,わが国が再び戦争に巻き込まれて個々の市民の人権や自由が損なわれる危険を内包する規定となっている。そのため,当会は,本件改正案に強く反対し,その危険性を広く国民に知らせるべく,本件決議を採択するのである。

第3 結論
以上のとおり,本件改正案は,日本国憲法の基本的原理である基本的人権の保障と恒久平和主義に反したうえ,立憲主義からも重大な問題があると言わざるを得ない。
よって,当会は,国民の基本的人権の擁護と恒久平和主義を守るために,本件改正案に対し,強く反対する。

以上