声明・決議・意見書

意見書2025.02.26

消費生活相談体制をはじめとする地方消費者行政の維持・強化を求める意見書

2025年(令和7年)2月26日

広島弁護士会 会長 大植 伸

 

第1 意見の趣旨

当会は、国に対し、次のとおり求める。

1 消費生活センターにおける消費生活相談員の人件費に充てることを含む人材確保及び処遇改善に活用できる地方消費者行政に関する交付金を2026年(令和8年)度以降も継続し、または同様の措置を講ずること。

2 全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO-NET)の刷新及び相談業務のデジタル化に伴う地方公共団体の設備刷新及び運営の経費を、国において全額負担する措置を講ずること。

3 地方消費者行政の事務のうち消費生活相談体制及び相談情報集約事務、適格消費者団体の活動支援事務など、国と地方公共団体相互の利害に関係する事務であって国全体の水準を確保する必要があるものについては、地方財政法10条の適用によりその全部または相当部分を国が負担することについて検討すること。

4 消費者被害防止に取り組む適格消費者団体の運営及び地域の消費者団体の育成・活動支援・連携のために地方公共団体が行う支援事務に対し、財政支援を継続・拡充すること。

 

第2 意見の理由

1 消費者庁の創設(2009年(平成21年))以来、国は、地方公共団体に対し地方消費者行政施策の推進と財政措置を講じてきた。しかし、消費生活相談件数は年間90万件前後に高止まりした状態が続いている。しかも、勧誘目的を隠したインターネット広告による悪質訪問販売被害、インターネット広告または特定申込画面における誤認させる表示による定期購入商法被害、SNSのチャットによる詐欺的勧誘被害など、取引のデジタル化に伴う取引形態の複雑多様化、複数事業者の介在と匿名性の悪用などにより、消費者被害を引き起こす悪質業者の手口はますます巧妙化し、高齢者に限らず消費者はますます被害を受けやすい状況に置かれている。

2 消費者庁創設に伴う国の地方支援策として、消費生活相談員の人件費にも充てられる財政支援が、地方消費者行政強化交付金(旧地方消費者行政推進交付金)により継続されてきた。これにより、地方公共団体の消費生活相談体制が整備され、消費者被害防止のための注意喚起・啓発・教育、高齢者見守りネットワークの構築、適格消費者団体の設立・活動支援等の各種施策も展開されてきた。

しかし、この地方消費者行政強化交付金が、2025年(令和7年)度末をもって、一部の例外的延長措置を除いて基本的に終了となる。このまま推移すると、財政力の弱い地方公共団体では消費生活相談員の雇用継続や消費生活相談体制の維持が困難となるおそれがあり、消費者被害防止の啓発・教育や見守りネットワークの推進など各種施策も縮小・後退するおそれがある。

3 消費生活相談員は、消費者法制度及び消費者問題の専門的知見を必要とする資格保有者であり、かつ消費者及び事業者の双方から事情聴取して適正な解決に向け調整する能力の継続的な研鑽と経験の蓄積が不可欠とされる高度の専門職である。

ところが、現状は、定期昇給制度のない会計年度任用職員制度が適用されている結果、高度の専門性に見合う処遇となっていないばかりか、雇止めの割合が2012年(平成24年)13.3%から2023年(令和5年)32.7%に急増しているなど、不安定な処遇が続いている。近年は、全国的に消費生活相談員の担い手の確保が困難な状態や欠員が生じる深刻な事態となっている。

そこで、消費生活相談員の高度の専門性に見合う処遇の改善を図るため、国は人件費にあてられる交付金による強力な財政支援を継続または同等の措置を講ずることが喫緊の課題である。さらには、相談員の職務の特性に見合った専門職任用制度の検討が期待される。

4 PIO-NETは、全国の消費生活相談情報を集約し、国や地方公共団体の消費者啓発情報や事業者規制の端緒情報として活用されるほか、国の消費者法制度見直しの情報としても活用されるなど、我が国の消費者行政全体の情報基盤である。

そのPIO-NETの刷新時期が2026年(令和8年)に迫っており、国は新たなPIO-NETシステムを地方公共団体共通のLGWANシステムの中に位置づけ、端末機の配備等につき何らかの財政支援措置を講ずる方針を示している。しかし、新システムの運用において、各地方公共団体に新たな財政負担が生じることが危惧されている。

PIO-NETは、消費生活相談情報を国と地方公共団体全体で共有するための不可欠のシステムであり、設備導入の形式が変更されるとしても、その経費はこれまでどおり国において負担すべきものである。

5 そもそも地方消費者行政は、地域住民に対するサービス提供であり自治事務であると位置づけられてきた。消費生活相談業務は、消費者安全法8条により地方公共団体が実施しなければならない事務とされている。しかし、消費生活相談業務は、地域の相談者に対するトラブル解決に向けた助言にとどまらず、特定商取引法など消費者関連法の違反行為の有無を聴取し、その相談情報をPIO-NETを通じて国と地方公共団体全体が共有するなど、全国の消費者行政の基盤でもある。

また、適格消費者団体の差止請求業務は、法令違反行為の差止請求活動により消費者被害の防止及び国全体の市場の適正化の役割を果たすものである。

このように地方消費者行政の事務の中には、国と地方公共団体相互の利害に関係がある事務であって、国全体の消費者施策を円滑に運営するためには全国の水準を維持・向上することが必要とされる事務(地方財政法10条)が含まれていること、これについては国がその全部または相当部分を将来に向けて負担すべきことを、制度的課題として検討することが求められる。

6 適格消費者団体は、制度スタートから約18年の間に、26団体が認定を受け、差止請求訴訟の提起や裁判外の申入れ活動により、消費者被害の防止と市場の適正化に資する極めて公益性の高い活動を担っている。しかし、こうした差止請求活動の多くの部分が専門家の無償ボランティアによって支えられている実態がある。行政庁の役割の代替機能を果たしているともいえる適格消費者団体の活動が、人的基盤及び財政基盤において持続可能となるためには、国や地方公共団体による公的財政支援の充実が不可欠である。

地域の消費者団体には、消費者被害防止のための見守りネットワークの担い手の役割や、一般消費者に向けた注意喚起や消費者の意見の収集・表明の役割、あるいは適格消費者団体の運営の担い手の役割など、消費者政策を円滑に運営するうえで不可欠の幅広い役割(消費者基本法8条)が期待されている。消費者基本法26条は、「国は、国民の消費生活の安定及び向上を図るため、消費者団体の健全かつ自主的な活動が促進されるよう必要な施策を講ずるものとする。」と定めている。しかし、一般消費者団体の育成・支援に関する国の施策や財政支援措置が大幅に縮小・後退し、国の消費者団体基礎調査は2014年(平成26年)を最後に実施されていない。その結果、現状は、地域の多くの消費者団体において構成員の高齢化、活動の衰退・消滅など、深刻な事態となっている。地方消費者行政が真に機能するためには、地方公共団体と連携して消費者被害防止の主体的な活動を展開する消費者・消費者団体を育成・支援することが不可欠である。

7 よって、財政力の脆弱な地方公共団体を含め国全体の地方消費者行政の水準を維持・強化するため、意見の趣旨に記載したとおり、国が強力な支援措置を継続し、または同様の措置を取ることを求める。

以上