会長声明2017.06.07
福島第一原発事故の避難区域外避難者に対する住宅の無償提供を求める会長声明
広島弁護士会
会長 下中奈美
1.声明の趣旨
当会は、政府に対し、災害救助法の規定にはとらわれない避難区域外避難者を含む原発被災者を対象とする住宅支援制度を構築し、それに基づく避難区域外避難者に対する無償住宅提供を求める。
2.声明の理由
(1)2017年(平成29年)4月4日、今村雅弘復興大臣(当時。以下「今村元復興大臣」という。)は閣議後の記者会見にて、福島第一原子力発電所事故の避難区域外避難者(以下「区域外避難者」という。)に対する応急仮設住宅無償提供の打ち切りに関する質疑応答の際、区域外避難者の避難行動について「本人の責任」「本人の判断」と述べ、国の積極的支援の必要性を否定すると受け取れる発言をした。
(2)しかし、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための生活支援等に関する施策の推進に関する法律」(いわゆる「子ども被災者支援法」)の第1条にも明記されているとおり、放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす影響について科学的に十分に解明されていないことから、多くの住民が健康上の不安を抱え、生活上の負担を強いられている。
区域外避難者を含む原発被災者は、憲法第13条や憲法第22条1項に由来する「放射能汚染の無い環境で生命及び身体を脅かされず生活する権利」を包含する包括的利益としての平穏生活権(2017年(平成29年)3月17日前橋地方裁判所判決)を有しており、同権利が現在も侵害され続けている状態である。
現在も放射性物質による放射線が人の健康にどのような影響を及ぼすのか十分に解明されておらず、かつ拡散した放射性物質について原発事故以前の状況に戻すことが極めて困難であることを考慮すれば、区域外避難者の避難行動を自己責任とすることは不適切である。そして、日本が原子力発電所の設置を国策として行ってきた以上、国が区域外避難者を現在も積極的に支援していく必要があることは明白である。
(3)東日本大震災発災後、原発被災者を含めた避難者に対しては災害救助法等に基づいて、原則として、避難元都道府県の負担においてみなし仮設住宅の無償提供が行われてきた。
ただし、応急仮設住宅の無償提供が災害救助法を根拠としていたことから、福島第一原発から放出された放射性物質が多量に降り注いだ地域に居住していたにも関わらず、そもそも災害救助法の適用外の地域であることを理由として、もしくは適用地域に居住していた場合でも避難元自治体の判断でみなし仮設住宅の提供を受けられないという問題があった。
また、本年3月末日をもって、福島県がみなし仮設住宅の提供を打ち切った大きな理由の一つは長期にわたる財政負担に避難元の都道府県が耐ええないことにあり、みなし仮設住宅の財政負担の問題も存在した。
(4)一方、福島県だけでも本年3月時点で県外避難者のうち公営、仮設、民間賃貸等を利用した避難者が2万6668人も存在する(復興庁調べ)。この中には相当数の区域外避難者も含まれていると考えられる。
ひろしま避難者の会「アスチカ」が本年3月11日付で公表している最新のアンケート調査によると、同会会員である112世帯(335名)のうち、61世帯(179名)は福島県外からの避難者であり(福島県内の避難者については避難区域内・外の詳細な人数は不明)、そもそも住宅支援を当初より受けられなかった避難者が相当数存在する。
また、同会会員の88.3%もの世帯が「原発事故による健康影響(含、不安)」を避難の理由とし、生活費・収入については46.7%の世帯が苦しいとする一方で、当該アンケート調査を行った時点で25%が住宅支援を受けている世帯となっていた。
これは、区域外避難者において、災害救助法に基づくみなし仮設住宅を利用した生活をしてきた避難者が相当数存在すること、及び同制度が打ち切られた場合に生活的な困窮に陥る避難者も相当数生じることを意味している。
しかし、本年3月31日をもって、災害救助法等に基づくみなし仮設住宅の無償提供は終了した。原発事故による健康影響を懸念し避難を継続する者の多くが住宅支援を打ち切られたため、経済的に困窮する区域外避難者が今後相当数生じることが予測される。
(5)福島第一原発から放出された放射性物質は広く拡散しており、現状でも放射性物質による被ばくが人の健康にどのような影響を及ぼすのか十分に解明できていない。
福島第一原発事故前は、国は電力会社と一体となり、原発施設内から少しでも放射性物質を放出させないことと併せ、放射性物質の人体への影響が未解明であることから「できる限り被ばくを避けるべきである」という考えのもと、被ばくの限度を年間1ミリシーベルトと制限する法令を制定し、原子力政策を推進してきた。
それにも関わらず、一度原発事故が起きれば区域外避難者について自己責任として住宅支援すらしないことは従前の政策の前提と矛盾し、許されない。
本年3月17日、前橋地方裁判所は、福島第一原発事故による福島県内からの避難者を原告とする集団訴訟の全国初の判決で、避難の合理性に関して「避難をしないと具体的な健康被害が生じることが科学的に確証されていることまでは必要ではない」と判断している。これは、まさに放射性物質の人体への影響が未解明であることを前提にした判断であり、政府が消極的対応に終始してきた原発被災者の払拭できない健康面への不安に対して司法が配慮し始めたことの表れともいえる。
政府は、直ちに区域外避難者に対する住宅提供を実現するために、災害救助法の枠にとらわれない制度を構築し、住宅の無償提供を再開し、区域外避難者の避難先での最低限度の生活を支援すべきである。
以上
広島弁護士会
会長 下中奈美
1.声明の趣旨
当会は、政府に対し、災害救助法の規定にはとらわれない避難区域外避難者を含む原発被災者を対象とする住宅支援制度を構築し、それに基づく避難区域外避難者に対する無償住宅提供を求める。
2.声明の理由
(1)2017年(平成29年)4月4日、今村雅弘復興大臣(当時。以下「今村元復興大臣」という。)は閣議後の記者会見にて、福島第一原子力発電所事故の避難区域外避難者(以下「区域外避難者」という。)に対する応急仮設住宅無償提供の打ち切りに関する質疑応答の際、区域外避難者の避難行動について「本人の責任」「本人の判断」と述べ、国の積極的支援の必要性を否定すると受け取れる発言をした。
(2)しかし、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための生活支援等に関する施策の推進に関する法律」(いわゆる「子ども被災者支援法」)の第1条にも明記されているとおり、放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす影響について科学的に十分に解明されていないことから、多くの住民が健康上の不安を抱え、生活上の負担を強いられている。
区域外避難者を含む原発被災者は、憲法第13条や憲法第22条1項に由来する「放射能汚染の無い環境で生命及び身体を脅かされず生活する権利」を包含する包括的利益としての平穏生活権(2017年(平成29年)3月17日前橋地方裁判所判決)を有しており、同権利が現在も侵害され続けている状態である。
現在も放射性物質による放射線が人の健康にどのような影響を及ぼすのか十分に解明されておらず、かつ拡散した放射性物質について原発事故以前の状況に戻すことが極めて困難であることを考慮すれば、区域外避難者の避難行動を自己責任とすることは不適切である。そして、日本が原子力発電所の設置を国策として行ってきた以上、国が区域外避難者を現在も積極的に支援していく必要があることは明白である。
(3)東日本大震災発災後、原発被災者を含めた避難者に対しては災害救助法等に基づいて、原則として、避難元都道府県の負担においてみなし仮設住宅の無償提供が行われてきた。
ただし、応急仮設住宅の無償提供が災害救助法を根拠としていたことから、福島第一原発から放出された放射性物質が多量に降り注いだ地域に居住していたにも関わらず、そもそも災害救助法の適用外の地域であることを理由として、もしくは適用地域に居住していた場合でも避難元自治体の判断でみなし仮設住宅の提供を受けられないという問題があった。
また、本年3月末日をもって、福島県がみなし仮設住宅の提供を打ち切った大きな理由の一つは長期にわたる財政負担に避難元の都道府県が耐ええないことにあり、みなし仮設住宅の財政負担の問題も存在した。
(4)一方、福島県だけでも本年3月時点で県外避難者のうち公営、仮設、民間賃貸等を利用した避難者が2万6668人も存在する(復興庁調べ)。この中には相当数の区域外避難者も含まれていると考えられる。
ひろしま避難者の会「アスチカ」が本年3月11日付で公表している最新のアンケート調査によると、同会会員である112世帯(335名)のうち、61世帯(179名)は福島県外からの避難者であり(福島県内の避難者については避難区域内・外の詳細な人数は不明)、そもそも住宅支援を当初より受けられなかった避難者が相当数存在する。
また、同会会員の88.3%もの世帯が「原発事故による健康影響(含、不安)」を避難の理由とし、生活費・収入については46.7%の世帯が苦しいとする一方で、当該アンケート調査を行った時点で25%が住宅支援を受けている世帯となっていた。
これは、区域外避難者において、災害救助法に基づくみなし仮設住宅を利用した生活をしてきた避難者が相当数存在すること、及び同制度が打ち切られた場合に生活的な困窮に陥る避難者も相当数生じることを意味している。
しかし、本年3月31日をもって、災害救助法等に基づくみなし仮設住宅の無償提供は終了した。原発事故による健康影響を懸念し避難を継続する者の多くが住宅支援を打ち切られたため、経済的に困窮する区域外避難者が今後相当数生じることが予測される。
(5)福島第一原発から放出された放射性物質は広く拡散しており、現状でも放射性物質による被ばくが人の健康にどのような影響を及ぼすのか十分に解明できていない。
福島第一原発事故前は、国は電力会社と一体となり、原発施設内から少しでも放射性物質を放出させないことと併せ、放射性物質の人体への影響が未解明であることから「できる限り被ばくを避けるべきである」という考えのもと、被ばくの限度を年間1ミリシーベルトと制限する法令を制定し、原子力政策を推進してきた。
それにも関わらず、一度原発事故が起きれば区域外避難者について自己責任として住宅支援すらしないことは従前の政策の前提と矛盾し、許されない。
本年3月17日、前橋地方裁判所は、福島第一原発事故による福島県内からの避難者を原告とする集団訴訟の全国初の判決で、避難の合理性に関して「避難をしないと具体的な健康被害が生じることが科学的に確証されていることまでは必要ではない」と判断している。これは、まさに放射性物質の人体への影響が未解明であることを前提にした判断であり、政府が消極的対応に終始してきた原発被災者の払拭できない健康面への不安に対して司法が配慮し始めたことの表れともいえる。
政府は、直ちに区域外避難者に対する住宅提供を実現するために、災害救助法の枠にとらわれない制度を構築し、住宅の無償提供を再開し、区域外避難者の避難先での最低限度の生活を支援すべきである。
以上