勧告書・警告書2012.07.23
被収容者が裁判への出廷を申し出た場合の運用等に関する勧告書(法務大臣あて) 2/2
③ 人権制約の必要最小限性
たしかに,被収容者は,拘禁目的の達成と所内の規律保持の要請に照らし,移動の自由及びそれに伴うその他の自由の制限は一般的には甘受しなければならない立場にあるといいうる。
しかしながら,個人の尊厳を最も根源的な価値基準としている日本国憲法(13条)の下での刑事施設としては,たとえ凶悪な罪を犯した被収容者に対しても,基本的人権の制約は,収容目的と施設管理の規律保持のために必要な最小限の制限の範囲で認められるというべきである。
出廷権が基本権を確保するための基本権としての重要性を有し,被収容者にも等しく保障されていることに照らせば,司法権を司る国家機関である裁判所が,具体的な訴訟において,訴状の審査や,事前の争点整理等を尽くした上で,民事訴訟手続上の必要性及び心証形成の必要性のために,被収容者に対して口頭弁論期日への出頭を求めた場合には,移動の自由に伴う制限もその限りで解除されるというべきであり,原則として出廷が認められるべきである。
ただし,当該具体的事情の下で,出廷を許すことによって刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ,かつ出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合は,例外的に出廷する権利の制限が許されると考えられるべきである。
したがって,刑事施設に対するけん制目的等で事実に反する申立を反覆して行う濫訴的傾向を有すると言われる者の場合や,荒唐無稽な内容や主張自体理由がないと言われる場合,あるいは,他の受刑者がこれを模倣して提訴が多発し職員の負担が増大する危険を招きかねない等の理由がある場合であっても,それらを根拠にして安易に出廷権の制限が認められることがあってはならない。なぜなら,そのような理由だけでは,出廷を許すことによって刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められるとは到底考えられないからである。
なお,広島刑務所は,「刑務所は自由刑の執行を主たる目的とした施設であり,作業に従事させることを当然の帰結としている。仮に受刑者が質問内容の状況にあっても(=受刑者に弁護士を選任する経済的資力のない場合や,法律扶助制度の利用が困難な場合),無条件に民事裁判出廷が保障されているものではない。当所においても,民事訴訟の出廷のために,受刑者を護送する法的義務は有していない」(照会事項8に対する回答)と回答しているが,わざわざ公正な審理のため必要であるとして裁判所から呼出状が出されている以上,基本権である重要な権利である出廷権を制限することは原則として許されないのであり,上記回答は,明らかに憲法32条,81条,13条等の解釈を誤ったものであると評価せざるを得ない。
④ 本件通達の違憲性
ところで,上記のとおり,広島刑務所は,申立人の出廷願いに対する判断を行うために,昭和35年7月22日付け矯正甲第645号法務省矯正局長通達(「収容者提起にかかる訴訟の取扱いについて」。以下,「本件通達」という)に依拠していると回答しているので,本件通達の違法性について判断する。
本件通達は,被収容者が提起した行政訴訟についての被収容者の出廷について,具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度,出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し,施設長の裁量によって判断するものとしている。
しかしながら,本件通達では,そもそも,施設長が「具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度」について判断するものとしているが,この点においてすでに著しく不当である。そもそも,施設長といえども当該訴訟の全記録にアクセスすることはできず,裁判の進行状況等について正確に知りうる立場にないのであるから,施設長が「具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度」を判断しうる立場にはない。これができるとすれば,当該訴訟を司る裁判体をおいて外にはないというべきである。そうすると,当該訴訟を受訴した裁判所が,具体的期日を指定して,被収容者に口頭弁論その他の手続への出頭を求めてきた場合には,原則として,施設長は被収容者を当該手続に出頭させる義務を負うものというべきであって,本件通達はその点においてすでに不適切であると言わざるを得ない。
また,本件通達では,施設長は,「出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し」て判断をするものとされているが,この要件は極めて抽象的で漠然としたものであって著しく不適切である。すなわち,上記のとおり,被収容者には裁判に出廷する権利が憲法上も保証されていると考えるべきであって,その制約が許容されるのは,出廷を許すことによって刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められる場合に限られるというべきである。したがって,このような限定を付することなく,漫然と,「出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し」て出廷を不許可とすることができるとする本件通達は,憲法32条,81条,13条等の趣旨に反するものであると言わざるを得ない。
したがって,本件通達そのものが早急に見直される必要がある。
(3) 本件の場合
広島刑務所長が本件出廷願いを不許可としたことは,下記のとおり申立人の人権を侵害するものと認められるので,以下,その理由について付言する。
本件訴訟においては,過失割合が争点だったのであるから,申立人(被告)が裁判所及び原告の面前で口頭にて自己の主張・立証を行う機会が与える必要性は高く,出廷できなかった場合に被る不利益は重大であった。
にもかかわらず,申立人が提出した出廷願いの願箋に対し,出廷不許可処分がされ,その結果,第2回口頭弁論期日では申立人(被告)不出頭のまま弁論,原告本人尋問などの証拠調べが行われて弁論は終結しており,申立人は審理を尽くして公正な判決を受ける機会を奪われた。
したがって,かかる不許可処分により,申立人(被告)の反対尋問等防御権が侵害されたことは明らかである。
不許可処分の手続をみても,広島刑務所長が,本件における具体的事情を検討したうえで,出廷不許可とした形跡はない。
すなわち,広島刑務所の照会に対する回答によると,「受刑者の裁判所への出廷拒否の判断基準については,通達に基づき具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度,出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し,施設長の裁量によって判断する」として,出廷の拒否について施設長の裁量に委ねている。
そして,申立人から出廷願いの申立てにつき,広島刑務所は「願箋を申し立てた時点で,関係書類を精査し,必要性等を判断した。」のみで,「本件について,裁判所からの事情聴取はしていない」。不許可の理由についても,「事件の性質,裁判の進行状況,受刑者の出廷しないことによる不利益,出廷が受刑者の身柄確保に及ぼす影響等を総合的に勘案して目的にあった形で判断し,不許可とした」とするのみであるから,当該具体的事情の下で,出廷を許すことによって監獄内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ,かつ出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合か否かにつき,裁判所や申立人から事情聴取するなどして具体的に検討した形跡はない。
したがって,上記(2)③で述べたとおり,本件では,出廷制限を認められる例外要件をみたすものでもなく,申立人に対する出廷不許可処分は,憲法上保障されている申立人の出廷権を侵害する。
なお,被収容者の民事裁判への出廷の問題については,全国各地の刑事施設に収容されている被収容者から同趣旨の申立が各地の弁護士会になされており,これまでも数多くの警告や勧告がなされている。のみならず,日本弁護士連合会は,2007年1月6日,法務大臣や法務省矯正局に対し,同様の事案について,ほぼ同旨の勧告を行なっている。それにもかかわらず,同勧告から2年以上を経た2009年11月の時点において,広島刑務所において本件のような出廷不許可処分がなされたことは誠に遺憾であると言わざるをえないし,その責任の一端は,上記の各種の勧告等にまったく意を払わずに本件通達を長年にわたって放置し続けてきた法務大臣にもあるものと言わざるを得ない。
4 まとめ
よって,当会は,本件のような自体の再発を防ぐためには,本件通達が改訂される必要があると判断し,貴殿に対し,勧告の趣旨記載のとおり勧告する。なお,広島刑務所長に対しては,上記のとおり,出廷不許可とした措置が人権侵害に当たるものと判断したので,これについて勧告を行ったことを付言する。
以上
③ 人権制約の必要最小限性
たしかに,被収容者は,拘禁目的の達成と所内の規律保持の要請に照らし,移動の自由及びそれに伴うその他の自由の制限は一般的には甘受しなければならない立場にあるといいうる。
しかしながら,個人の尊厳を最も根源的な価値基準としている日本国憲法(13条)の下での刑事施設としては,たとえ凶悪な罪を犯した被収容者に対しても,基本的人権の制約は,収容目的と施設管理の規律保持のために必要な最小限の制限の範囲で認められるというべきである。
出廷権が基本権を確保するための基本権としての重要性を有し,被収容者にも等しく保障されていることに照らせば,司法権を司る国家機関である裁判所が,具体的な訴訟において,訴状の審査や,事前の争点整理等を尽くした上で,民事訴訟手続上の必要性及び心証形成の必要性のために,被収容者に対して口頭弁論期日への出頭を求めた場合には,移動の自由に伴う制限もその限りで解除されるというべきであり,原則として出廷が認められるべきである。
ただし,当該具体的事情の下で,出廷を許すことによって刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ,かつ出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合は,例外的に出廷する権利の制限が許されると考えられるべきである。
したがって,刑事施設に対するけん制目的等で事実に反する申立を反覆して行う濫訴的傾向を有すると言われる者の場合や,荒唐無稽な内容や主張自体理由がないと言われる場合,あるいは,他の受刑者がこれを模倣して提訴が多発し職員の負担が増大する危険を招きかねない等の理由がある場合であっても,それらを根拠にして安易に出廷権の制限が認められることがあってはならない。なぜなら,そのような理由だけでは,出廷を許すことによって刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められるとは到底考えられないからである。
なお,広島刑務所は,「刑務所は自由刑の執行を主たる目的とした施設であり,作業に従事させることを当然の帰結としている。仮に受刑者が質問内容の状況にあっても(=受刑者に弁護士を選任する経済的資力のない場合や,法律扶助制度の利用が困難な場合),無条件に民事裁判出廷が保障されているものではない。当所においても,民事訴訟の出廷のために,受刑者を護送する法的義務は有していない」(照会事項8に対する回答)と回答しているが,わざわざ公正な審理のため必要であるとして裁判所から呼出状が出されている以上,基本権である重要な権利である出廷権を制限することは原則として許されないのであり,上記回答は,明らかに憲法32条,81条,13条等の解釈を誤ったものであると評価せざるを得ない。
④ 本件通達の違憲性
ところで,上記のとおり,広島刑務所は,申立人の出廷願いに対する判断を行うために,昭和35年7月22日付け矯正甲第645号法務省矯正局長通達(「収容者提起にかかる訴訟の取扱いについて」。以下,「本件通達」という)に依拠していると回答しているので,本件通達の違法性について判断する。
本件通達は,被収容者が提起した行政訴訟についての被収容者の出廷について,具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度,出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し,施設長の裁量によって判断するものとしている。
しかしながら,本件通達では,そもそも,施設長が「具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度」について判断するものとしているが,この点においてすでに著しく不当である。そもそも,施設長といえども当該訴訟の全記録にアクセスすることはできず,裁判の進行状況等について正確に知りうる立場にないのであるから,施設長が「具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度」を判断しうる立場にはない。これができるとすれば,当該訴訟を司る裁判体をおいて外にはないというべきである。そうすると,当該訴訟を受訴した裁判所が,具体的期日を指定して,被収容者に口頭弁論その他の手続への出頭を求めてきた場合には,原則として,施設長は被収容者を当該手続に出頭させる義務を負うものというべきであって,本件通達はその点においてすでに不適切であると言わざるを得ない。
また,本件通達では,施設長は,「出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し」て判断をするものとされているが,この要件は極めて抽象的で漠然としたものであって著しく不適切である。すなわち,上記のとおり,被収容者には裁判に出廷する権利が憲法上も保証されていると考えるべきであって,その制約が許容されるのは,出廷を許すことによって刑事施設内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められる場合に限られるというべきである。したがって,このような限定を付することなく,漫然と,「出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し」て出廷を不許可とすることができるとする本件通達は,憲法32条,81条,13条等の趣旨に反するものであると言わざるを得ない。
したがって,本件通達そのものが早急に見直される必要がある。
(3) 本件の場合
広島刑務所長が本件出廷願いを不許可としたことは,下記のとおり申立人の人権を侵害するものと認められるので,以下,その理由について付言する。
本件訴訟においては,過失割合が争点だったのであるから,申立人(被告)が裁判所及び原告の面前で口頭にて自己の主張・立証を行う機会が与える必要性は高く,出廷できなかった場合に被る不利益は重大であった。
にもかかわらず,申立人が提出した出廷願いの願箋に対し,出廷不許可処分がされ,その結果,第2回口頭弁論期日では申立人(被告)不出頭のまま弁論,原告本人尋問などの証拠調べが行われて弁論は終結しており,申立人は審理を尽くして公正な判決を受ける機会を奪われた。
したがって,かかる不許可処分により,申立人(被告)の反対尋問等防御権が侵害されたことは明らかである。
不許可処分の手続をみても,広島刑務所長が,本件における具体的事情を検討したうえで,出廷不許可とした形跡はない。
すなわち,広島刑務所の照会に対する回答によると,「受刑者の裁判所への出廷拒否の判断基準については,通達に基づき具体的事案における受刑者の出廷の必要性の程度,出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し,施設長の裁量によって判断する」として,出廷の拒否について施設長の裁量に委ねている。
そして,申立人から出廷願いの申立てにつき,広島刑務所は「願箋を申し立てた時点で,関係書類を精査し,必要性等を判断した。」のみで,「本件について,裁判所からの事情聴取はしていない」。不許可の理由についても,「事件の性質,裁判の進行状況,受刑者の出廷しないことによる不利益,出廷が受刑者の身柄確保に及ぼす影響等を総合的に勘案して目的にあった形で判断し,不許可とした」とするのみであるから,当該具体的事情の下で,出廷を許すことによって監獄内の規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる具体的蓋然性があると十分な根拠に基づいて認められ,かつ出廷を制限することが必要かつ合理的と認められる場合か否かにつき,裁判所や申立人から事情聴取するなどして具体的に検討した形跡はない。
したがって,上記(2)③で述べたとおり,本件では,出廷制限を認められる例外要件をみたすものでもなく,申立人に対する出廷不許可処分は,憲法上保障されている申立人の出廷権を侵害する。
なお,被収容者の民事裁判への出廷の問題については,全国各地の刑事施設に収容されている被収容者から同趣旨の申立が各地の弁護士会になされており,これまでも数多くの警告や勧告がなされている。のみならず,日本弁護士連合会は,2007年1月6日,法務大臣や法務省矯正局に対し,同様の事案について,ほぼ同旨の勧告を行なっている。それにもかかわらず,同勧告から2年以上を経た2009年11月の時点において,広島刑務所において本件のような出廷不許可処分がなされたことは誠に遺憾であると言わざるをえないし,その責任の一端は,上記の各種の勧告等にまったく意を払わずに本件通達を長年にわたって放置し続けてきた法務大臣にもあるものと言わざるを得ない。
4 まとめ
よって,当会は,本件のような自体の再発を防ぐためには,本件通達が改訂される必要があると判断し,貴殿に対し,勧告の趣旨記載のとおり勧告する。なお,広島刑務所長に対しては,上記のとおり,出廷不許可とした措置が人権侵害に当たるものと判断したので,これについて勧告を行ったことを付言する。
以上