会長声明2020.03.27
法律事務所に対する捜索差押えに抗議する会長声明
2020年(令和2年)3月25日
広島弁護士会 会長 今 井 光
第1 声明の趣旨
2020(令和2)年1月29日に,検察官らによって行われた法律事務所に対する捜索行為が違法なものであるため,これに強く抗議するとともに,二度とこのような違法な捜索行為を行わないよう求める。
第2 声明の理由
1 事案の概要
⑴ 2020年(令和2年)1月29日,東京地方検察庁の検察官らが,被告人カルロス・ゴーン氏の元弁護人ら(以下,単に「元弁護人ら」という。)の法律事務所に立ち入って令状を提示し,捜索差押え手続を行った。
⑵ 元弁護人らは,当該捜索差押え手続に関する捜索差押令状に記載された「差し押さえるべき物」について刑事訴訟法第105条に基づく押収拒絶権を行使し,再三,事務所から退去する要求をした。なお,この時点で,「差し押さえるべき物」のうち,秘密性が解除されていると考えられるゴーン氏との面談者の面会簿については,元弁護人らから任意に提示があったものの,検察官らはこれを受領しなかった。
⑶ その上で,検察官らは法律事務所内のドアのカギを破壊し,事件記録等が多数保管されている元弁護人らの執務室内をビデオ撮影するなどし,長時間法律事務所に滞留し続けた。
2 押収拒絶権における「秘密に関する物」の意味
刑事訴訟法第105条には,業務上委託を受けた他人の秘密に関する物について,弁護士を含む特定の業種の者は押収の拒絶が可能であるとされている。そして,その物が「秘密」の対象であるか否かは,外形上秘密性を有しないことが明白なものを除き,押収拒絶権者の判断に委ねられ,裁判所もその判断に拘束されるとするのが学説上一般的である。この条文が制定されている趣旨は,個人の秘密を取扱う一定の業務者に対して押収拒絶権を認めることにより,秘密を託する者の当該業種への信頼を制度的に保護しようとすることにある。
3 本件における捜索手続が違法であること
⑴ 2020(令和2)年1月31日に,元弁護人らから出された事実経過報告書によると,検察官らが提示した捜索差押え令状に記載された「差し押さえるべき物」は,ゴーン氏の面会簿を除き,外形上秘密性を有するものであることは明らかであった。
そして,元弁護人らは,面会簿については任意提出を行い,それ以外の秘密性を有する物については,押収拒絶権を行使する旨を告げた。
⑵ ここで問題となるのは,押収拒絶権を行使した結果,「差し押さえるべき物」が存在しない(押収できない)場合に,更に捜査機関が,捜索差押え令状に基づいて捜索できるのか,ということである。
憲法35条が捜索・差押えについて令状発付を要求しているのは,捜索・差押えが明らかな人権侵害であり,司法による適正手続を経た上で,必要性があると認められる場合にのみ行うことができるようにするためである。
そして,「捜索」は,犯罪捜査のための「差押え」を行うために,「差押え」の前提として認められるものであって,「差押え」ができないことが明らかとなった場合における「捜索」は,「差押え」による証拠確保という犯罪捜査に繋がらない単なる人権・財産権侵害行為にしか過ぎない。
したがって,令状発付段階で捜索・差押えの必要性が認められたとしても,弁護士らが押収拒絶権を行使することにより,「差し押さえるべき物」がないことが明らかとなった場合,当該令状による「捜索」は犯罪捜査に必要な手続でなく,単なる人権・財産権侵害行為でしかないため,これを行うことが違法となると解すべきである。
⑶ 本件では,令状に記載された「差し押さえるべき物」のうち,裁判所に提出されたことにより秘密性を有しなくなっていた面会簿を除くものについて,元弁護人らが,秘密性があると判断した上で,押収拒絶権を行使している。
そして,当該「差し押さえるべき物」に外形上秘密性を有しないことが明白なものがない以上,元弁護人らが押収拒絶権を行使したことにより,検察官らが差押え可能な物は,同法律事務所から存在しなくなった。
そのため,検察官らが行った捜索は,犯罪捜査のための差押えを目的としない,単なる人権・財産権侵害行為に過ぎないため,違法な行為である。
4 結論
以上のとおり,本件における捜査機関による法律事務所への捜索は,犯罪捜査のための差押えを目的としないものである。そのため,これに伴って行われた鍵の破壊や撮影なども,必要な処分とはいえない。
捜査機関によるこれらの行為は,法律上認められるものではなく,元弁護人らの法律事務所への侵入に対する許諾権,財産権,ひいては元弁護人らの人格権を侵害する違法な行為であると評価せざるを得ない。
当会は,このような違法行為に強く抗議するとともに,同種の行為を二度と繰り返さないよう強く求める。
以上
2020年(令和2年)3月25日
広島弁護士会 会長 今 井 光
第1 声明の趣旨
2020(令和2)年1月29日に,検察官らによって行われた法律事務所に対する捜索行為が違法なものであるため,これに強く抗議するとともに,二度とこのような違法な捜索行為を行わないよう求める。
第2 声明の理由
1 事案の概要
⑴ 2020年(令和2年)1月29日,東京地方検察庁の検察官らが,被告人カルロス・ゴーン氏の元弁護人ら(以下,単に「元弁護人ら」という。)の法律事務所に立ち入って令状を提示し,捜索差押え手続を行った。
⑵ 元弁護人らは,当該捜索差押え手続に関する捜索差押令状に記載された「差し押さえるべき物」について刑事訴訟法第105条に基づく押収拒絶権を行使し,再三,事務所から退去する要求をした。なお,この時点で,「差し押さえるべき物」のうち,秘密性が解除されていると考えられるゴーン氏との面談者の面会簿については,元弁護人らから任意に提示があったものの,検察官らはこれを受領しなかった。
⑶ その上で,検察官らは法律事務所内のドアのカギを破壊し,事件記録等が多数保管されている元弁護人らの執務室内をビデオ撮影するなどし,長時間法律事務所に滞留し続けた。
2 押収拒絶権における「秘密に関する物」の意味
刑事訴訟法第105条には,業務上委託を受けた他人の秘密に関する物について,弁護士を含む特定の業種の者は押収の拒絶が可能であるとされている。そして,その物が「秘密」の対象であるか否かは,外形上秘密性を有しないことが明白なものを除き,押収拒絶権者の判断に委ねられ,裁判所もその判断に拘束されるとするのが学説上一般的である。この条文が制定されている趣旨は,個人の秘密を取扱う一定の業務者に対して押収拒絶権を認めることにより,秘密を託する者の当該業種への信頼を制度的に保護しようとすることにある。
3 本件における捜索手続が違法であること
⑴ 2020(令和2)年1月31日に,元弁護人らから出された事実経過報告書によると,検察官らが提示した捜索差押え令状に記載された「差し押さえるべき物」は,ゴーン氏の面会簿を除き,外形上秘密性を有するものであることは明らかであった。
そして,元弁護人らは,面会簿については任意提出を行い,それ以外の秘密性を有する物については,押収拒絶権を行使する旨を告げた。
⑵ ここで問題となるのは,押収拒絶権を行使した結果,「差し押さえるべき物」が存在しない(押収できない)場合に,更に捜査機関が,捜索差押え令状に基づいて捜索できるのか,ということである。
憲法35条が捜索・差押えについて令状発付を要求しているのは,捜索・差押えが明らかな人権侵害であり,司法による適正手続を経た上で,必要性があると認められる場合にのみ行うことができるようにするためである。
そして,「捜索」は,犯罪捜査のための「差押え」を行うために,「差押え」の前提として認められるものであって,「差押え」ができないことが明らかとなった場合における「捜索」は,「差押え」による証拠確保という犯罪捜査に繋がらない単なる人権・財産権侵害行為にしか過ぎない。
したがって,令状発付段階で捜索・差押えの必要性が認められたとしても,弁護士らが押収拒絶権を行使することにより,「差し押さえるべき物」がないことが明らかとなった場合,当該令状による「捜索」は犯罪捜査に必要な手続でなく,単なる人権・財産権侵害行為でしかないため,これを行うことが違法となると解すべきである。
⑶ 本件では,令状に記載された「差し押さえるべき物」のうち,裁判所に提出されたことにより秘密性を有しなくなっていた面会簿を除くものについて,元弁護人らが,秘密性があると判断した上で,押収拒絶権を行使している。
そして,当該「差し押さえるべき物」に外形上秘密性を有しないことが明白なものがない以上,元弁護人らが押収拒絶権を行使したことにより,検察官らが差押え可能な物は,同法律事務所から存在しなくなった。
そのため,検察官らが行った捜索は,犯罪捜査のための差押えを目的としない,単なる人権・財産権侵害行為に過ぎないため,違法な行為である。
4 結論
以上のとおり,本件における捜査機関による法律事務所への捜索は,犯罪捜査のための差押えを目的としないものである。そのため,これに伴って行われた鍵の破壊や撮影なども,必要な処分とはいえない。
捜査機関によるこれらの行為は,法律上認められるものではなく,元弁護人らの法律事務所への侵入に対する許諾権,財産権,ひいては元弁護人らの人格権を侵害する違法な行為であると評価せざるを得ない。
当会は,このような違法行為に強く抗議するとともに,同種の行為を二度と繰り返さないよう強く求める。
以上