会長声明2020.03.30
検察庁法に違反する定年延長をした閣議決定に抗議し、撤回を求める会長声明
政府は、本年1月31日、本年2月7日に定年退官する予定だった東京高等検察庁の検事長黒川弘務氏の定年を半年間延長することを閣議決定した。政府は、検察庁法が制定された1947年(昭和22年)以降、「検察官には国家公務員法による定年延長は適用されない」と解釈してきたが、今回の定年について、閣議決定により、従来の解釈を変更したと説明している。
しかし、今回の閣議決定による定年延長は、法治主義の原則、三権分立等の見地から極めて問題が大きく、また司法権への信頼をも揺るがすものである。
1 国家公務員法の定年制は検察官には適用がなかったこと
そもそも、検察官の定年については、1947年(昭和22年)に定められた検察庁法22条において、「検事総長は、年齢が六十五歳に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三歳に達した時に退官する」と明記されており、例外は設けられていない。
この点、1981年(昭和56年)に国家公務員法が改正され、国家公務員の定年を定めた同法81条の3が成立したが、同法改正案が国会で審議された際、人事院は、「検察官と大学教員は既に定年が定められ、国家公務員法の定年制は適用されないことになっている」と答弁していた。
同法改正に向けて1980年(昭和55年)に旧総理府人事局が作成した「国家公務員法の一部を改正する法律案想定問答集」という文書でも、同法改正案に関し、検察官、大学教員については、「定年、特例定年、勤務の延長及び再任用の適用は除外される」との回答が明記されており、同法第81条の3による定年延長の規定が、検察官に適用されないことが確認されていた。
このように、国家公務員法81条の3が検察官を対象としていないことは、国会での審議状況、旧総理府人事局の説明内容及びその後長年にわたって続いてきた運用によっても明らかである。
また、検察庁法のような特別法が定められている場合には、国家公務員法のような一般法よりも、特別法の規定が優先することは、法解釈における常識である。
2 今回の閣議決定が法治主義の原則を損なう重大な違法行為であること
上記法解釈が存在するにもかかわらず、政府は、閣議決定により、従来「検察官には適用されない」とされていた条文を、「国家公務員法81条の3は、検察官にも適用できる」と、真逆に読み替えた。
法律の解釈とは、法律の意味・読み方そのものであるが、国会で成立した法律の意味を、一内閣がその都合に合わせて真逆に解釈変更できるのであれば、内閣の考えによってその都度法の意味が変わってきかねず、法の安定性が著しく損なわれる。
これは、国家の運営を法律によるものとした法治主義の原則を揺るがす重大な違法行為である。
3 閣議決定による法解釈の変更が三権分立の精神に悖ること
日本国憲法は、国家権力を、立法権、行政権、司法権の三権に分け、立法権は国会の専権事項とされている(憲法41条)。検察庁法、国家公務員法も、国会での審理、議決を経て成立した法律である。
しかるに、今回のように、時の内閣が閣議決定しただけで法律の解釈、すなわち法律の意味を改変することが容易に認められてしまえば、立法府である国会が想定した意味と全く違う意味の法律を内閣が作ってしまうことに等しく、国会を唯一の立法機関と定めた憲法41条に抵触し、国家権力を、立法、行政、司法の三権に分けた、日本国憲法の原則に反するものである。
4 政府の恣意的な判断により個別検察官の定年を延長することが司法権への信頼を揺るがす問題であること
今回政府は、「東京高等検察庁管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するためには、同高等検察庁検事長黒川弘務の検察官としての豊富な経験・知識等に基づく管内部下職員に対する指揮監督が必要不可欠であり、同人には、当分の間、引き続き同検事長の職務を遂行させる必要がある。」という理由を示して、黒川検察官の定年延長を決定した。
しかし、検察官は、三権分立のうち司法権の一翼を担う者として、刑事事件における職務権限を与えられており(検察庁法4条、6条)、時に国会議員の汚職を暴くなど、行政権と独立した存在である。法的にも、裁判官に準じた身分保障が認められている。
それにもかかわらず、一内閣の判断で個別の検察官が特例的に定年延長の上で職務を継続した場合、当該検察官が内閣の意向を忖度した判断をするのではないかという不信感をぬぐうことはできず、今後黒川検察官の職務上の判断を、中立・公正なものとして信頼することはできなくなる。
したがって、今回の内閣の判断は、司法権への信頼を揺るがすという点でも重大な問題をはらんでいる。
5 結論
よって、当会は、検察庁法に違反する定年延長をした閣議決定に抗議し、撤回を求める。
2020年(令和2年)3月30日
広島弁護士会会長 今井 光
以上
政府は、本年1月31日、本年2月7日に定年退官する予定だった東京高等検察庁の検事長黒川弘務氏の定年を半年間延長することを閣議決定した。政府は、検察庁法が制定された1947年(昭和22年)以降、「検察官には国家公務員法による定年延長は適用されない」と解釈してきたが、今回の定年について、閣議決定により、従来の解釈を変更したと説明している。
しかし、今回の閣議決定による定年延長は、法治主義の原則、三権分立等の見地から極めて問題が大きく、また司法権への信頼をも揺るがすものである。
1 国家公務員法の定年制は検察官には適用がなかったこと
そもそも、検察官の定年については、1947年(昭和22年)に定められた検察庁法22条において、「検事総長は、年齢が六十五歳に達した時に、その他の検察官は年齢が六十三歳に達した時に退官する」と明記されており、例外は設けられていない。
この点、1981年(昭和56年)に国家公務員法が改正され、国家公務員の定年を定めた同法81条の3が成立したが、同法改正案が国会で審議された際、人事院は、「検察官と大学教員は既に定年が定められ、国家公務員法の定年制は適用されないことになっている」と答弁していた。
同法改正に向けて1980年(昭和55年)に旧総理府人事局が作成した「国家公務員法の一部を改正する法律案想定問答集」という文書でも、同法改正案に関し、検察官、大学教員については、「定年、特例定年、勤務の延長及び再任用の適用は除外される」との回答が明記されており、同法第81条の3による定年延長の規定が、検察官に適用されないことが確認されていた。
このように、国家公務員法81条の3が検察官を対象としていないことは、国会での審議状況、旧総理府人事局の説明内容及びその後長年にわたって続いてきた運用によっても明らかである。
また、検察庁法のような特別法が定められている場合には、国家公務員法のような一般法よりも、特別法の規定が優先することは、法解釈における常識である。
2 今回の閣議決定が法治主義の原則を損なう重大な違法行為であること
上記法解釈が存在するにもかかわらず、政府は、閣議決定により、従来「検察官には適用されない」とされていた条文を、「国家公務員法81条の3は、検察官にも適用できる」と、真逆に読み替えた。
法律の解釈とは、法律の意味・読み方そのものであるが、国会で成立した法律の意味を、一内閣がその都合に合わせて真逆に解釈変更できるのであれば、内閣の考えによってその都度法の意味が変わってきかねず、法の安定性が著しく損なわれる。
これは、国家の運営を法律によるものとした法治主義の原則を揺るがす重大な違法行為である。
3 閣議決定による法解釈の変更が三権分立の精神に悖ること
日本国憲法は、国家権力を、立法権、行政権、司法権の三権に分け、立法権は国会の専権事項とされている(憲法41条)。検察庁法、国家公務員法も、国会での審理、議決を経て成立した法律である。
しかるに、今回のように、時の内閣が閣議決定しただけで法律の解釈、すなわち法律の意味を改変することが容易に認められてしまえば、立法府である国会が想定した意味と全く違う意味の法律を内閣が作ってしまうことに等しく、国会を唯一の立法機関と定めた憲法41条に抵触し、国家権力を、立法、行政、司法の三権に分けた、日本国憲法の原則に反するものである。
4 政府の恣意的な判断により個別検察官の定年を延長することが司法権への信頼を揺るがす問題であること
今回政府は、「東京高等検察庁管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査公判に対応するためには、同高等検察庁検事長黒川弘務の検察官としての豊富な経験・知識等に基づく管内部下職員に対する指揮監督が必要不可欠であり、同人には、当分の間、引き続き同検事長の職務を遂行させる必要がある。」という理由を示して、黒川検察官の定年延長を決定した。
しかし、検察官は、三権分立のうち司法権の一翼を担う者として、刑事事件における職務権限を与えられており(検察庁法4条、6条)、時に国会議員の汚職を暴くなど、行政権と独立した存在である。法的にも、裁判官に準じた身分保障が認められている。
それにもかかわらず、一内閣の判断で個別の検察官が特例的に定年延長の上で職務を継続した場合、当該検察官が内閣の意向を忖度した判断をするのではないかという不信感をぬぐうことはできず、今後黒川検察官の職務上の判断を、中立・公正なものとして信頼することはできなくなる。
したがって、今回の内閣の判断は、司法権への信頼を揺るがすという点でも重大な問題をはらんでいる。
5 結論
よって、当会は、検察庁法に違反する定年延長をした閣議決定に抗議し、撤回を求める。
2020年(令和2年)3月30日
広島弁護士会会長 今井 光
以上