意見書2020.04.02
広島県行政書士会の会長声明に対する抗議文
2020年(令和2年)3月31日
広島県行政書士会の会長声明に対する抗議文
広島弁護士会
会長 今 井 光
第1 抗議の趣旨
広島県行政書士会は,令和元年5月28日付で,「行政書士の職能についての会長声明」及び「交通事故にかかる自動車保険請求手続きについての会長声明」と題する2件の会長声明(以下,前者を「職能についての会長声明」,後者を「自動車保険請求手続きについての会長声明」,両者を併せて「本件各会長声明」という。)を発出した。
しかし,本件各会長声明は,弁護士法及び行政書士法の解釈に誤りがあり,以下のように重大な問題点が指摘できる。
そこで,当会は,本件各会長声明の趣旨に沿った行為であっても,それが弁護士法
72条の禁止する非弁護士による法律事務の取扱い等に該当するものと認められる場合は,非弁行為として所定の手続を取ることを明らかにするとともに,広島県行政書士会に対し,本書面をもって強く抗議し,行政書士による非弁行為を助長,誘発するおそれがある本件各会長声明を直ちに撤回するよう求める。
第2 「職能についての会長声明」について
1 本会長声明は,行政書士は「法律判断」を加えて書類作成し,かつ法手続を遂行する職能を有し,弁護士法に抵触しない範囲で依頼者の代理人として「契約代理」をすることができるとするが,相当でない。
2 「行政書士が法律的判断を行い得る」との見解について
本会長声明は,その根拠として,平成9年改正により,行政書士法1条に目的規定が新設されたこと及びその趣旨を挙げる。要するに,「OA機器が普遍的に存在し,文書を作成するにあたり,他者に機械的な代筆行為を求める場面はほとんどなくなった」,「国民の知識水準も高く,他者に簡易な内容の書類について代書作成を求める場面もほとんどなくなっている」という社会的事実を踏まえた上で行政書士法が改正されたのであるから,行政書士の書類作成という職能については,「唯単にその口述に従って機械的に書類作成」を行うに留まらず,「法律的判断を加えて,当該法律事件を法律的に整理し完備した書類を作成するところにその業務の意義がある」と解することが行政書士法1条制定の趣旨に適うとする。
しかし,現行の行政書士法1条は,単に「この法律は,行政書士の制度を定め,その業務の適正を図ることにより,行政に関する手続の円滑な実施に寄与し,あわせて,国民の利便に資することを目的とする。」と規定するものでしかなく,この規定の新設をもって,行政書士の権限の範囲が従来よりも拡大されたと解することはできない。現に,平成9年改正における国会審議でも,当時の自治省行政局の政府委員が「行政書士の業務の範囲に変更を加えることとなるものではない。」旨の発言をしている。 また,令和元年改正により,同条に「国民の権利利益に資する目的」が加わったが,それによって,行政書士の業務範囲が拡大したわけではないことも勿論である。
そもそも行政書士が業務を行うに当たり依頼者の依頼の趣旨に合致するよう,ある種の判断を行い得ることは当然としても,弁護士法72条が存在する以上,その判断は,法律常識的な知識に基づく整序的な事項に限定されるべきものである。そうすると,これを「法律的判断」と呼ぶかどうかは別として,行政書士の行い得る判断は,前記のとおり整序的な事項に限定されるものであって,それを超えて専門的な鑑定に属すべき事項に及ぶものではない。
3 「行政書士が契約代理を行い得る」との見解について
本会長声明は,その根拠として,平成13年改正における行政書士法1条の3第1項3号の立法事実及び立法経緯並びに広島高等裁判所平成27年9月2日判決を挙げる。
しかし,ここでいう「代理人」とは民法上の「代理人」とは異なり,「本人の意思表示を外形的に完成させる補助者」を意味するに過ぎないと解するべきである。なぜなら,民法上の代理制度では,顕名や双方代理の禁止などの規定によって取引の安全が図られているところ,行政書士法では,弁護士法や司法書士法とは異なり,利益相反行為の禁止規定がなく,逆に,正当な理由がなければ依頼を拒絶できないとされているからである。このことは,行政書士法が,行政書士が民法上の代理人になることを想定していないことの証左と言える。
また,確かに上記判決は,現行の行政書士法1条の3第1項3号に当たる規定の解釈として「行政書士が,業務として契約代理を行うことができ,契約書に代理人として署名し,契約文言の修正等を行うことができることを意味」すると判示している。
しかし,上記判決は,行政書士の基本的な権限は書類の作成に留まることを当然の前提とするものであり,ここにいう「契約代理」が契約書を代理人として作成することを超えて契約締結交渉を代理人として行うことまで指しているとまで解することはできない。
3 大阪高等裁判所平成26年6月12日判決について
上記判決は,行政書士の書類作成業務につき,「抽象的概念としては『権利義務又は事実証明に関する書類』と一応いえるものであっても,その作成が一般の法律事務に当たるもの(弁護士法3条1項参照)はそもそもこれに含まれないと解するのが相当である。」と判示しているところ,本会長声明は,『権利義務又は事実証明に関する書類』の作成が「一般の法律事務」に当たらないとする上記判決は受け入れることができないとする。
しかし,上記判決は「行政書士法1条の2第1項の『権利義務又は事実証明に関する文書』に該当するか否かは,他の法律との整合性を考慮して判断すべき事柄である」としたうえ,行政書士法は弁護士法72条の例外に当たるという控訴人の主張を排斥し,たとえ『権利義務又は事実証明に関する書類』の作成業務であっても,それが弁護士法72条が定める非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止に該当するものであるときは,行政書士はその業務を行うことができないという当然の理を示したに過ぎない。
したがって,本会長声明は,上記判決を正解しないものである。
第3 「自動車保険請求手続きについての会長声明」について
1 本会長声明は,『将来において法的紛議となることがほぼ不可避と予見される事案』乃至は『訴訟等と同視し得る程度に紛争となっている事案』に至らない自動車保険請求手続きについては,行政書士が業務として手続きを代理し,又は書類を作成することは合法であるとする。これは,最高裁判所が「交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものは,弁護士法72条の『その他一般の法律事件』に該当する」旨の判示(最高裁判所第一小法廷平成22年7月20日決定)をしていることを念頭に,それに至らない案件については行政書士が取り扱えるとの主張である。
この点,仮に,上記最高裁判例を前提に,いわゆる紛争性要件を考える場合であっても,以下のような問題がある。
2 自賠責保険金の請求について
確かに,自賠責保険金の請求における書類の多くは定型的なものである。
しかし,請求によっては,有無責,重過失減額,後遺障害該当性・等級等の論点が問題となり得るのであり,その全てが定型的なものと言うことはできない。そうすると,行政書士は,弁護士法72条の「鑑定」にわたる行為,つまり法律上の専門知識に基づいて法律事件に関与することはできないのであるから,その内容によっては,弁護士法72条の「法律事務」に該当することも考えられる。特に,後遺障害に関する異議申立てについては,法律上の専門知識を要するものとして弁護士法72条に規定する「鑑定」に当たり,行政書士が関与することはできないと言うべきである。
したがって,たとえ自賠責保険金の請求であっても,個々のケースにおいて,弁護士法72条の法律事務になるか否かの具体的な検討が必要である。
3 任意保険金の請求について
これに対し,慰謝料をはじめとする任意保険金の請求は,自賠責保険金の請求と異なり,そもそも定型的なものとは言えない。そのため,行政書士による請求については,原則として弁護士法72条に抵触するものと考えられる。また,仮に許されるとしても,ごく形式的な書類を作成する行為に限定される場合に限られる。
4 「紛争性」の見解について
本会長声明は,「先行行為者による申し入れの時点では,いまだ相手方が反駁するか否か未定である」などとして「先行行為となる申し入れ行為についてはいまだ紛争性を帯びておらず,これを行政書士が業として為しても,直ちに紛争案件に関与したものではない」との見解を示している。
しかし,この見解を前提とした場合には,ほぼ全ての申し入れ行為について,紛争性がないとして弁護士法72条の規制を受けないこととなるから,このような結論が不当であることは言うまでもない。
また,行政書士が業務を行い得る範囲については,法的安定性の観点から,業務を行う時点において,明確な基準によって決められるべきである。相手方の反駁のような将来の事情によりその範囲が左右される結果となるような解釈は妥当でない。
第4 結語
弁護士法72条は,非弁護士の法律事務の取扱い等を禁止している。この規定は,国民の法律生活の公正円滑な営みを保護し,わが国の法律秩序を守ることを目的とした公益的規定であって,弁護士の権益擁護のためのものではない。
ところが,以上のとおり,本件各会長声明は,弁護士法及び行政書士法の解釈を誤っており,行政書士による非弁行為を助長,誘発するおそれがある。
そこで,当会は,上記弁護士法72条の規定の目的を実現するため,本件各会長声明の趣旨に沿った行為であっても,それが弁護士法72条の禁止する非弁護士による法律事務の取扱い等に該当するものと認められる場合は,非弁行為として所定の手続を取ることを明らかにするとともに,広島県行政書士会に対し,本書面をもって強く抗議し,本件各会長声明を直ちに撤回するよう求める。
以上
2020年(令和2年)3月31日
広島県行政書士会の会長声明に対する抗議文
広島弁護士会
会長 今 井 光
第1 抗議の趣旨
広島県行政書士会は,令和元年5月28日付で,「行政書士の職能についての会長声明」及び「交通事故にかかる自動車保険請求手続きについての会長声明」と題する2件の会長声明(以下,前者を「職能についての会長声明」,後者を「自動車保険請求手続きについての会長声明」,両者を併せて「本件各会長声明」という。)を発出した。
しかし,本件各会長声明は,弁護士法及び行政書士法の解釈に誤りがあり,以下のように重大な問題点が指摘できる。
そこで,当会は,本件各会長声明の趣旨に沿った行為であっても,それが弁護士法
72条の禁止する非弁護士による法律事務の取扱い等に該当するものと認められる場合は,非弁行為として所定の手続を取ることを明らかにするとともに,広島県行政書士会に対し,本書面をもって強く抗議し,行政書士による非弁行為を助長,誘発するおそれがある本件各会長声明を直ちに撤回するよう求める。
第2 「職能についての会長声明」について
1 本会長声明は,行政書士は「法律判断」を加えて書類作成し,かつ法手続を遂行する職能を有し,弁護士法に抵触しない範囲で依頼者の代理人として「契約代理」をすることができるとするが,相当でない。
2 「行政書士が法律的判断を行い得る」との見解について
本会長声明は,その根拠として,平成9年改正により,行政書士法1条に目的規定が新設されたこと及びその趣旨を挙げる。要するに,「OA機器が普遍的に存在し,文書を作成するにあたり,他者に機械的な代筆行為を求める場面はほとんどなくなった」,「国民の知識水準も高く,他者に簡易な内容の書類について代書作成を求める場面もほとんどなくなっている」という社会的事実を踏まえた上で行政書士法が改正されたのであるから,行政書士の書類作成という職能については,「唯単にその口述に従って機械的に書類作成」を行うに留まらず,「法律的判断を加えて,当該法律事件を法律的に整理し完備した書類を作成するところにその業務の意義がある」と解することが行政書士法1条制定の趣旨に適うとする。
しかし,現行の行政書士法1条は,単に「この法律は,行政書士の制度を定め,その業務の適正を図ることにより,行政に関する手続の円滑な実施に寄与し,あわせて,国民の利便に資することを目的とする。」と規定するものでしかなく,この規定の新設をもって,行政書士の権限の範囲が従来よりも拡大されたと解することはできない。現に,平成9年改正における国会審議でも,当時の自治省行政局の政府委員が「行政書士の業務の範囲に変更を加えることとなるものではない。」旨の発言をしている。 また,令和元年改正により,同条に「国民の権利利益に資する目的」が加わったが,それによって,行政書士の業務範囲が拡大したわけではないことも勿論である。
そもそも行政書士が業務を行うに当たり依頼者の依頼の趣旨に合致するよう,ある種の判断を行い得ることは当然としても,弁護士法72条が存在する以上,その判断は,法律常識的な知識に基づく整序的な事項に限定されるべきものである。そうすると,これを「法律的判断」と呼ぶかどうかは別として,行政書士の行い得る判断は,前記のとおり整序的な事項に限定されるものであって,それを超えて専門的な鑑定に属すべき事項に及ぶものではない。
3 「行政書士が契約代理を行い得る」との見解について
本会長声明は,その根拠として,平成13年改正における行政書士法1条の3第1項3号の立法事実及び立法経緯並びに広島高等裁判所平成27年9月2日判決を挙げる。
しかし,ここでいう「代理人」とは民法上の「代理人」とは異なり,「本人の意思表示を外形的に完成させる補助者」を意味するに過ぎないと解するべきである。なぜなら,民法上の代理制度では,顕名や双方代理の禁止などの規定によって取引の安全が図られているところ,行政書士法では,弁護士法や司法書士法とは異なり,利益相反行為の禁止規定がなく,逆に,正当な理由がなければ依頼を拒絶できないとされているからである。このことは,行政書士法が,行政書士が民法上の代理人になることを想定していないことの証左と言える。
また,確かに上記判決は,現行の行政書士法1条の3第1項3号に当たる規定の解釈として「行政書士が,業務として契約代理を行うことができ,契約書に代理人として署名し,契約文言の修正等を行うことができることを意味」すると判示している。
しかし,上記判決は,行政書士の基本的な権限は書類の作成に留まることを当然の前提とするものであり,ここにいう「契約代理」が契約書を代理人として作成することを超えて契約締結交渉を代理人として行うことまで指しているとまで解することはできない。
3 大阪高等裁判所平成26年6月12日判決について
上記判決は,行政書士の書類作成業務につき,「抽象的概念としては『権利義務又は事実証明に関する書類』と一応いえるものであっても,その作成が一般の法律事務に当たるもの(弁護士法3条1項参照)はそもそもこれに含まれないと解するのが相当である。」と判示しているところ,本会長声明は,『権利義務又は事実証明に関する書類』の作成が「一般の法律事務」に当たらないとする上記判決は受け入れることができないとする。
しかし,上記判決は「行政書士法1条の2第1項の『権利義務又は事実証明に関する文書』に該当するか否かは,他の法律との整合性を考慮して判断すべき事柄である」としたうえ,行政書士法は弁護士法72条の例外に当たるという控訴人の主張を排斥し,たとえ『権利義務又は事実証明に関する書類』の作成業務であっても,それが弁護士法72条が定める非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止に該当するものであるときは,行政書士はその業務を行うことができないという当然の理を示したに過ぎない。
したがって,本会長声明は,上記判決を正解しないものである。
第3 「自動車保険請求手続きについての会長声明」について
1 本会長声明は,『将来において法的紛議となることがほぼ不可避と予見される事案』乃至は『訴訟等と同視し得る程度に紛争となっている事案』に至らない自動車保険請求手続きについては,行政書士が業務として手続きを代理し,又は書類を作成することは合法であるとする。これは,最高裁判所が「交渉において解決しなければならない法的紛議が生ずることがほぼ不可避である案件に係るものは,弁護士法72条の『その他一般の法律事件』に該当する」旨の判示(最高裁判所第一小法廷平成22年7月20日決定)をしていることを念頭に,それに至らない案件については行政書士が取り扱えるとの主張である。
この点,仮に,上記最高裁判例を前提に,いわゆる紛争性要件を考える場合であっても,以下のような問題がある。
2 自賠責保険金の請求について
確かに,自賠責保険金の請求における書類の多くは定型的なものである。
しかし,請求によっては,有無責,重過失減額,後遺障害該当性・等級等の論点が問題となり得るのであり,その全てが定型的なものと言うことはできない。そうすると,行政書士は,弁護士法72条の「鑑定」にわたる行為,つまり法律上の専門知識に基づいて法律事件に関与することはできないのであるから,その内容によっては,弁護士法72条の「法律事務」に該当することも考えられる。特に,後遺障害に関する異議申立てについては,法律上の専門知識を要するものとして弁護士法72条に規定する「鑑定」に当たり,行政書士が関与することはできないと言うべきである。
したがって,たとえ自賠責保険金の請求であっても,個々のケースにおいて,弁護士法72条の法律事務になるか否かの具体的な検討が必要である。
3 任意保険金の請求について
これに対し,慰謝料をはじめとする任意保険金の請求は,自賠責保険金の請求と異なり,そもそも定型的なものとは言えない。そのため,行政書士による請求については,原則として弁護士法72条に抵触するものと考えられる。また,仮に許されるとしても,ごく形式的な書類を作成する行為に限定される場合に限られる。
4 「紛争性」の見解について
本会長声明は,「先行行為者による申し入れの時点では,いまだ相手方が反駁するか否か未定である」などとして「先行行為となる申し入れ行為についてはいまだ紛争性を帯びておらず,これを行政書士が業として為しても,直ちに紛争案件に関与したものではない」との見解を示している。
しかし,この見解を前提とした場合には,ほぼ全ての申し入れ行為について,紛争性がないとして弁護士法72条の規制を受けないこととなるから,このような結論が不当であることは言うまでもない。
また,行政書士が業務を行い得る範囲については,法的安定性の観点から,業務を行う時点において,明確な基準によって決められるべきである。相手方の反駁のような将来の事情によりその範囲が左右される結果となるような解釈は妥当でない。
第4 結語
弁護士法72条は,非弁護士の法律事務の取扱い等を禁止している。この規定は,国民の法律生活の公正円滑な営みを保護し,わが国の法律秩序を守ることを目的とした公益的規定であって,弁護士の権益擁護のためのものではない。
ところが,以上のとおり,本件各会長声明は,弁護士法及び行政書士法の解釈を誤っており,行政書士による非弁行為を助長,誘発するおそれがある。
そこで,当会は,上記弁護士法72条の規定の目的を実現するため,本件各会長声明の趣旨に沿った行為であっても,それが弁護士法72条の禁止する非弁護士による法律事務の取扱い等に該当するものと認められる場合は,非弁行為として所定の手続を取ることを明らかにするとともに,広島県行政書士会に対し,本書面をもって強く抗議し,本件各会長声明を直ちに撤回するよう求める。
以上