会長声明2021.02.10
少年法改正に反対する会長声明
2021年(令和3年)2月10日
広島弁護士会
会長 足 立 修 一
第1 意見の趣旨
法制審議会が2020年(令和2年)10月29日に採択した「諮問第103号に対する答申」(以下「本件答申」と言う。)は、一定の評価はできるものの、原則逆送事件の対象範囲を拡大し、一定の場合に推知報道を認める等、少年法の掲げる少年の健全育成という理念を後退させるものであり、当会は、この答申に基づく少年法改正に反対する。
第2 理由
1 はじめに
法制審議会は、法務大臣から発せられた諮問第103号を受け、少年法における「少年」の年齢を18歳未満にすること及び非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための法整備の在り方等について、2020年(令和2年)10月29日の総会において本件答申を採択し、法務大臣に答申した。そして、本通常国会において、この答申に基づく少年法改正法案の提出が予定されている。
これまで、法制審議会においては、少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることの是非を中心として議論がなされた。少年法の適用年齢引下げについて、市民及び様々な団体から反対の意見が出され、日本弁護士連合会及び当会を含む各弁護士会も反対の運動を展開した。その結果、本件答申は、18歳及び19歳の者について「類型的に未だ十分に成熟しておらず、成長発達途上にあって可塑性を有する存在である」と認めており、家庭裁判所に事件送致することを前提とする手続きを必要としている点で一定の評価はできる。
しかし、本件答申の内容は、以下述べるとおり重大な問題を含んでいる。
2 本件答申に基づく少年法改正に反対する具体的な理由
(1)原則逆送事件の対象を拡大していること
本件答申では、18歳及び19歳の者が短期1年以上の刑にあたる罪を犯すと原則逆送とすることが示されている。
短期1年以上の刑にあたる罪とは、強盗罪や強制性交罪などにも適用対象が及ぶが、強盗罪や強制性交罪などは、行為態様や事件に至る経緯も様々である。しかし、一律に原則逆走とされてしまうと、本来個別処遇によって保護処分で更生が図られるべき者が、刑事処罰を受ける危険性が高くなり、未成熟な18歳及び19歳の者の健全育成が図られないこととなる。
なお、原則逆送事件であっても家庭裁判所調査官による調査や少年鑑別所における心身鑑別などは行われ、逆走すべきでない案件は保護処分になるはずであるとの見解もあるが、これは楽観的に過ぎる。実務上、原則逆送事件においては、まさに「原則逆送」を前提として家庭裁判所調査官の調査や少年鑑別所の心身鑑別が実施され、家庭裁判所の判断も逆送を前提に進められる。このような中では、本来保護処分にすべき個別の問題が看過される可能性が高い。
したがって、18歳及び19歳の者について原則逆送事件の範囲を拡大することとする本件答申は、重大な問題がある。
(2)一定の場合に推知報道が許されること
本件答申によると、18歳及び19歳の者については、逆送されて公判請求された場合には、推知報道の制限が及ばないこととされている。
本件答申でも、18歳及び19歳の者について、可塑性があることを明示しているにも拘わらず、推知報道が許されるとすれば、全国的に犯罪者として実名が知られることとなる。一旦、推知報道が行われると、半永久的にインターネット上などで情報が残る恐れがあり、18歳及び19歳の者の更生を大きく妨げることは明白である。
また、18歳及び19歳の者については公判請求されたとしても、再度家庭裁判所に送致される可能性がある。そうであるにも拘わらず、推知報道がされるとすれば保護処分となるべき者についても実名が広く知られてしまい、推知報道を禁止した趣旨が没却されてしまう。
したがって、18歳及び19歳の者については、逆送されて公判請求された場合には推知報道の制限が及ばないとする本件答申については、重大な問題がある。
(3)資格制限の排除を明言していないこと
本件答申では、現行少年法が罪を犯した少年について各種法律での資格制限の排除を明言しているにも拘わらず、18歳及び19歳の者については、資格制限の排除が及ぶかどうかについて明言していない。
現行少年法が資格制限の排除を明言しているのは、様々な資格取得について制限されることとなるのは、少年の更生に妨げとなるからである。
本件答申においても、既に指摘したように18歳及び19歳の者が未成熟で発展途上の存在であることを認めており、将来的な更生のために資格制限を排除することは明確にするべきである。
したがって、18歳及び19歳の者に対して資格制限の排除について明言していない本件答申には、問題がある。
(4)処分を犯罪の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内で行わなければならないとされていること
本件答申では、18歳及び19歳の者については、犯罪の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内で処分を行わなければならないとされている。
しかし、そもそも本人の更生を目指し、少年の健全育成という少年法の理念に従うのであれば、処分は罪名の軽重に左右されるのではなく要保護性の程度に従って行われなければならない。
したがって、犯罪の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内で処分を行うとする本件答申については、18歳及び19歳の者に対する更生を妨げるおそれがあり、問題がある。
3 まとめ
上記のとおり、本件答申の内容は、18歳及び19歳の者について未成熟な存在であることを認めつつ、一方でその更生を妨げることを許容する内容となっている。18歳及び19歳の者については、更生を図るべきであり、当会は、健全育成という少年法の理念を後退させる本件答申に基づく少年法改正について、反対する。
以上
2021年(令和3年)2月10日
広島弁護士会
会長 足 立 修 一
第1 意見の趣旨
法制審議会が2020年(令和2年)10月29日に採択した「諮問第103号に対する答申」(以下「本件答申」と言う。)は、一定の評価はできるものの、原則逆送事件の対象範囲を拡大し、一定の場合に推知報道を認める等、少年法の掲げる少年の健全育成という理念を後退させるものであり、当会は、この答申に基づく少年法改正に反対する。
第2 理由
1 はじめに
法制審議会は、法務大臣から発せられた諮問第103号を受け、少年法における「少年」の年齢を18歳未満にすること及び非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための法整備の在り方等について、2020年(令和2年)10月29日の総会において本件答申を採択し、法務大臣に答申した。そして、本通常国会において、この答申に基づく少年法改正法案の提出が予定されている。
これまで、法制審議会においては、少年法の適用年齢を18歳未満に引き下げることの是非を中心として議論がなされた。少年法の適用年齢引下げについて、市民及び様々な団体から反対の意見が出され、日本弁護士連合会及び当会を含む各弁護士会も反対の運動を展開した。その結果、本件答申は、18歳及び19歳の者について「類型的に未だ十分に成熟しておらず、成長発達途上にあって可塑性を有する存在である」と認めており、家庭裁判所に事件送致することを前提とする手続きを必要としている点で一定の評価はできる。
しかし、本件答申の内容は、以下述べるとおり重大な問題を含んでいる。
2 本件答申に基づく少年法改正に反対する具体的な理由
(1)原則逆送事件の対象を拡大していること
本件答申では、18歳及び19歳の者が短期1年以上の刑にあたる罪を犯すと原則逆送とすることが示されている。
短期1年以上の刑にあたる罪とは、強盗罪や強制性交罪などにも適用対象が及ぶが、強盗罪や強制性交罪などは、行為態様や事件に至る経緯も様々である。しかし、一律に原則逆走とされてしまうと、本来個別処遇によって保護処分で更生が図られるべき者が、刑事処罰を受ける危険性が高くなり、未成熟な18歳及び19歳の者の健全育成が図られないこととなる。
なお、原則逆送事件であっても家庭裁判所調査官による調査や少年鑑別所における心身鑑別などは行われ、逆走すべきでない案件は保護処分になるはずであるとの見解もあるが、これは楽観的に過ぎる。実務上、原則逆送事件においては、まさに「原則逆送」を前提として家庭裁判所調査官の調査や少年鑑別所の心身鑑別が実施され、家庭裁判所の判断も逆送を前提に進められる。このような中では、本来保護処分にすべき個別の問題が看過される可能性が高い。
したがって、18歳及び19歳の者について原則逆送事件の範囲を拡大することとする本件答申は、重大な問題がある。
(2)一定の場合に推知報道が許されること
本件答申によると、18歳及び19歳の者については、逆送されて公判請求された場合には、推知報道の制限が及ばないこととされている。
本件答申でも、18歳及び19歳の者について、可塑性があることを明示しているにも拘わらず、推知報道が許されるとすれば、全国的に犯罪者として実名が知られることとなる。一旦、推知報道が行われると、半永久的にインターネット上などで情報が残る恐れがあり、18歳及び19歳の者の更生を大きく妨げることは明白である。
また、18歳及び19歳の者については公判請求されたとしても、再度家庭裁判所に送致される可能性がある。そうであるにも拘わらず、推知報道がされるとすれば保護処分となるべき者についても実名が広く知られてしまい、推知報道を禁止した趣旨が没却されてしまう。
したがって、18歳及び19歳の者については、逆送されて公判請求された場合には推知報道の制限が及ばないとする本件答申については、重大な問題がある。
(3)資格制限の排除を明言していないこと
本件答申では、現行少年法が罪を犯した少年について各種法律での資格制限の排除を明言しているにも拘わらず、18歳及び19歳の者については、資格制限の排除が及ぶかどうかについて明言していない。
現行少年法が資格制限の排除を明言しているのは、様々な資格取得について制限されることとなるのは、少年の更生に妨げとなるからである。
本件答申においても、既に指摘したように18歳及び19歳の者が未成熟で発展途上の存在であることを認めており、将来的な更生のために資格制限を排除することは明確にするべきである。
したがって、18歳及び19歳の者に対して資格制限の排除について明言していない本件答申には、問題がある。
(4)処分を犯罪の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内で行わなければならないとされていること
本件答申では、18歳及び19歳の者については、犯罪の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内で処分を行わなければならないとされている。
しかし、そもそも本人の更生を目指し、少年の健全育成という少年法の理念に従うのであれば、処分は罪名の軽重に左右されるのではなく要保護性の程度に従って行われなければならない。
したがって、犯罪の軽重を考慮して相当な限度を超えない範囲内で処分を行うとする本件答申については、18歳及び19歳の者に対する更生を妨げるおそれがあり、問題がある。
3 まとめ
上記のとおり、本件答申の内容は、18歳及び19歳の者について未成熟な存在であることを認めつつ、一方でその更生を妨げることを許容する内容となっている。18歳及び19歳の者については、更生を図るべきであり、当会は、健全育成という少年法の理念を後退させる本件答申に基づく少年法改正について、反対する。
以上