声明・決議・意見書

会長声明2021.06.09

重要土地等調査規制法案に反対する会長声明

2021年(令和3年)6月9日

広島弁護士会会長 池上 忍

 

第1 声明の趣旨

当会は、「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律」の制定に反対する。

 

第2 声明の理由

「重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律(重要土地等調査規制法案)」(以下「本法案」という。)は、本年6月1日衆議院本会議で可決され、現在、参議院に送付済みであり、今国会で成立されようとしている。しかし、以下に述べるとおり、本法案には、その立法事実が明らかでなく、また罪刑法定主義に反するおそれとともに、思想良心の自由、プライバシー権、財産権など多くの人権を侵害する危険性のある重大な問題がある。

1 本法案の内容

本法案は、安全保障の観点から、重要施設及び国境離島(以下、まとめて「重要施設等」という。)の機能を阻害する行為の用に土地及び建物(以下「土地等」という。)が供されることの防止を目的としている。

本法案では、自衛隊や米軍基地、海上保安庁の施設など重要施設の周辺概ね1㎞の区域内及び国境離島の区域内にある土地等が、その区域内で重要施設等としての機能を阻害する行為の用に供されることを特に防止する必要がある区域を「注視区域」に指定して、内閣総理大臣が、その区域内の土地等の所有者や利用者の氏名や住所、その利用の実態について調査し、必要に応じて所有者や利用者に留まらない関係者にまで報告又は資料提出を求めることができると規定している。そして、これに応じない場合、刑罰が科されうる(本法案第27条)。

また、注視区域内にある土地等の所有者や利用者が重要施設等の「機能を阻害する行為の用に供し、又は供する明らかなおそれがあると認めるとき」には、その行為の用に供することの中止、または「その他の必要な措置」を勧告・命令することができ(本法案第9条)、また命令に従わない場合は、懲役や罰金の刑罰が科されうる(本法案第25条)。

さらに、注視区域に係る重要施設等のうち特に重要な施設及び国境離島は、その区域を「特別注視区域」に指定し、土地等の利用状況の調査に加えて一定面積以上の売買には事前に取引当事者や利用目的等の届出義務を負わせ(本法案第13条)、虚偽の届出をしたり、届出を怠ったりした場合は同じく処罰されうる(本法案第26条)。

2 本法案の問題点

本法案には次のような問題点がある。

(1)立法事実が明らかでないこと

法律の制定には立法事実が必要であるところ、本法案については、これまでの審理において、外国資本による土地取得等によって、重要施設等の機能が阻害された事実が、明らかとなっていない。

(2)罪刑法定主義に反するおそれがあること

本案中の概念や定義が曖昧であり、注視区域指定の前提である「重要施設」には、防衛関係施設のほか、「国民生活に関連を有する施設であって、その機能を阻害する行為が行われた場合に国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められるもので政令で定めるもの」(生活関連施設)が含まれるが、いかなる施設がその対象となるのか一義的に明らかでない。

「重要施設」の「機能を阻害する行為の用に供し、又は供する明らかなおそれがあると認めるとき」は、勧告及び命令がなされ、同命令違反時には刑罰の対象となりうるが、「機能を阻害する行為」の具体的な内容は本法案には規定されておらず、政府が定める「基本方針」(本法案第4条)において定める旨の答弁に留まっており、犯罪の対象となる行為と刑罰を予め法律で明確に規定しなければならない罪刑法定主義(憲法第31条)に反するおそれがある。

(3)思想良心の自由、プライバシー侵害のおそれがあること

本法案第7条は、内閣総理大臣が、地方公共団体の長などに対し、「注視区域内にある土地等の利用者その他の関係者に関する情報のうちその者の氏名又は名称、住所その他政令で定めるものの提供を求めることができる」としている。

そして、内閣総理大臣が、重要施設等の機能を阻害する行為の用に供し、あるいは供するおそれがあるか否かの判断のために、土地等利用状況の調査に際して住所氏名だけではなく、職業や日頃の活動や活動歴など犯罪歴、交友関係、さらに思想信条など広範な情報を、関係者を通じて本人の知らないうちに取得することも可能となり、思想良心の自由(憲法第19条)、プライバシーの権利(憲法第13条)などを侵害するおそれがある。

(4)財産権を侵害するおそれがあること

本法案第13条では、「特別注視区域」に指定された区域内の土地等の一定面積以上の売買等には,刑罰による威嚇の下に事前に取引当事者や利用目的等の届出義務を負わせている。

これは、その売買等の取引を過度に制限するものであって、憲法第29条1項が保障する財産権を侵害するおそれがある。

3 結語

以上の通り、本法案は、その立法事実がなく、また罪刑法定主義に反するおそれとともに、思想良心の自由、プライバシー権、財産権など多くの人権を侵害する危険性がある点で問題があるため、当会は、本法案の制定について反対するものである。

以上