勧告書・警告書2023.08.10
広島刑務所への要望書
2023年8月10日
広島弁護士会会長 坂下 宗生
同人権委員会委員長 西 剛謙
広島刑務所長 中 田 昌 伸 殿
当会は、広島刑務所を被申立人とする人権救済申立事件について、当会の人権擁護委員会による申立人及び広島刑務所等からの事情聴取の結果を踏まえて審議した結果に基づき、貴職に対し、以下のとおり要望する。
第1 要望の趣旨
前立腺肥大による尿閉塞症状等の診断を受けるなどした被収容者が排尿に伴う支障ないし苦痛を訴えている場合には、刑事施設及び被収容者等の処遇に関する法律第56条及び第62条に基づき、被収容者を広島刑務所内において、または広島刑務所以外の病院等に通院もしくは入院させて、手術を含む必要な措置を講じられたい。
第2 要望の理由
1 申立人の主張の要旨
⑴ 申立人は、広島刑務所の受刑者であり、同刑務所入所以前より、前立腺肥大による排尿障害のため、カテーテルを自ら尿道に挿入する自己導尿の方法により排尿していた。
申立人が広島刑務所入所前に広島市内の病院を受診したところ、同人の症状等の軽減のためには、内服治療では効果がなく、前立腺切除手術が必要と判断されたため手術の日程を調整中であったが、手術施行前に広島刑務所に入所するに至った。
⑵ 申立人は、広島刑務所内においても、依然、ゼリーを付着したカテーテルを使用して自己導尿により排尿している。
もっとも、刑務作業中は3時間に1回しか排尿ができないため、1か月に数回程度、尿漏れすることがある。夜間は、21時から翌朝7時ころまでの間に15回程度自己導尿により排尿しているため、眠れない状況にある。
また、長期間にわたるカテーテル使用により尿道がただれており、排尿の度に疼痛があり、苦痛を感じている。
⑶ 申立人は、広島刑務所に対し、上記症状や刑務所外の医師の判断の存在を理由に前立腺切除手術の施行を希望したが,同刑務所は、診察及び改善薬を処方する以上の対応をせず放置しており、これは重大な人権侵害であるから、早期に手術を実施すべき旨の勧告等を求める。
2 広島刑務所の主張の要旨
⑴ 申立人が夜間15回程度カテーテルで排尿していることは同人からの聴取により把握しているが、広島刑務所の非常勤の泌尿器科医師による診察の結果、手術は必要ない旨の判断があったため、その判断に従っている。
⑵ 申立人に対しては夜間3時間から4時間おきに自己導尿用のカテーテル等を支給している。
3 認定事実
⑴ 申立人は、広島刑務所入所前後にわたり、前立腺肥大による尿閉塞症状及び切迫性尿失禁を呈し、排尿障害を生じており、自己導尿の方法による排尿を行っている。
前記1⑴のとおり、申立人は、広島刑務所収容前の2021年(令和3)9月、泌尿器科の医師により、症状軽減のためには前立腺の切除手術を施行する以外には有効な治療方法はないとして同手術の適応がある旨判断され、同手術が予定されていた。
申立人は、広島刑務所入所後においても、同刑務所から支給されたカテーテル等を使用して自己導尿の方法により排尿しており、夜間の時間帯(21時から翌朝7時ころまでの間)においても、少なくとも複数回、同様の方法により排尿している。
⑵ 申立人は、広島刑務所収容後、自らの症状等について治療(手術)を求めたところ、2023年(令和5年)1月19日、非常勤の泌尿器科医師の診察を受ける機会があり、その際には、夜間の自己導尿に伴う支障や苦痛等をも訴えた。
しかし、同医師は、「手術を要する」との判断をせず、申立人に対し、排尿困難などの改善薬であるセルニルトン(錠飲み薬)を投与し、6か月後に再診をする旨通知した。
4 当会の判断
⑴ 申立人の症状等に対する前立腺切除手術の必要性及び緊急性については、広島刑務所内外で泌尿器科医師の判断が分かれているため、当会が判断をすることは困難である。
しかし、少なくとも、同手術の施行は、申立人の症状等の改善には有効な手段であるとは思われる。
⑵ そして、我が国の医学学会においても、夜間、排尿のために1回以上起きなければならない症状は夜間頻尿と評され、夜間頻尿は、夜間に中途覚醒を引き起こし、睡眠障害を介して QOL を低下させることが示唆されているところである。
広島刑務所の認識を前提としても、申立人は、夜間3時間から4時間おきに、すなわち少なくとも夜間2回ないし3回程度はカテーテル等を使用した自己導尿により排尿を行っていることになるため、夜間の中途覚醒により申立人の睡眠は阻害されていることは明らかであるうえ、このような睡眠障害を介して同人のQOLが著しく低下していることが強く窺われるというべきである。このことは、申立人の主張どおり、同人が自己導尿に伴い強い痛みを感じ、或いは夜間の自己導尿が15回程度にもわたる場合にあっては、尚更そのように言えるのである。
⑶ 受刑者は、国家刑罰権の行使として自由刑に処せられたことによる制約を除き、個人として尊重されるべき基本的人権の享有主体であることは言うまでもない。そして、睡眠は、人間が生活を営む上での自然の摂理であり、健康の保持及び増進に必要不可欠なものであるところ、前記のとおり、申立人には、夜間の複数回にわたる自己導尿に伴う睡眠障害が日常的に生じていると認められ、健康それ自体を阻害し得る事態も生じており、自由刑に処せられたことによる制約を超える制約ないし支障が生じていると認められる。
このような申立人が置かれた状況は、国の責務である「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条1項)の確保が十分になされているものとは言い難く、また、「被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため」の「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置」(刑事施設及び被収容者等の処遇に関する法律第56条)が適切にとられているものとも言い難い。
申立人に関しては、速やかに、自由刑に処せられたことによる制約を超える制約ないし支障を取り除き、もって「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条1項)を確保する必要があり、その手段として、前立腺切除手術を含む医療措置その他適切な措置が講じられる必要がある。
5 結論
よって、当会は、貴職に対して「要望の趣旨」記載のとおり要望する。
以上
2023年8月10日
広島弁護士会会長 坂下 宗生
同人権委員会委員長 西 剛謙
広島刑務所長 中 田 昌 伸 殿
当会は、広島刑務所を被申立人とする人権救済申立事件について、当会の人権擁護委員会による申立人及び広島刑務所等からの事情聴取の結果を踏まえて審議した結果に基づき、貴職に対し、以下のとおり要望する。
第1 要望の趣旨
前立腺肥大による尿閉塞症状等の診断を受けるなどした被収容者が排尿に伴う支障ないし苦痛を訴えている場合には、刑事施設及び被収容者等の処遇に関する法律第56条及び第62条に基づき、被収容者を広島刑務所内において、または広島刑務所以外の病院等に通院もしくは入院させて、手術を含む必要な措置を講じられたい。
第2 要望の理由
1 申立人の主張の要旨
⑴ 申立人は、広島刑務所の受刑者であり、同刑務所入所以前より、前立腺肥大による排尿障害のため、カテーテルを自ら尿道に挿入する自己導尿の方法により排尿していた。
申立人が広島刑務所入所前に広島市内の病院を受診したところ、同人の症状等の軽減のためには、内服治療では効果がなく、前立腺切除手術が必要と判断されたため手術の日程を調整中であったが、手術施行前に広島刑務所に入所するに至った。
⑵ 申立人は、広島刑務所内においても、依然、ゼリーを付着したカテーテルを使用して自己導尿により排尿している。
もっとも、刑務作業中は3時間に1回しか排尿ができないため、1か月に数回程度、尿漏れすることがある。夜間は、21時から翌朝7時ころまでの間に15回程度自己導尿により排尿しているため、眠れない状況にある。
また、長期間にわたるカテーテル使用により尿道がただれており、排尿の度に疼痛があり、苦痛を感じている。
⑶ 申立人は、広島刑務所に対し、上記症状や刑務所外の医師の判断の存在を理由に前立腺切除手術の施行を希望したが,同刑務所は、診察及び改善薬を処方する以上の対応をせず放置しており、これは重大な人権侵害であるから、早期に手術を実施すべき旨の勧告等を求める。
2 広島刑務所の主張の要旨
⑴ 申立人が夜間15回程度カテーテルで排尿していることは同人からの聴取により把握しているが、広島刑務所の非常勤の泌尿器科医師による診察の結果、手術は必要ない旨の判断があったため、その判断に従っている。
⑵ 申立人に対しては夜間3時間から4時間おきに自己導尿用のカテーテル等を支給している。
3 認定事実
⑴ 申立人は、広島刑務所入所前後にわたり、前立腺肥大による尿閉塞症状及び切迫性尿失禁を呈し、排尿障害を生じており、自己導尿の方法による排尿を行っている。
前記1⑴のとおり、申立人は、広島刑務所収容前の2021年(令和3)9月、泌尿器科の医師により、症状軽減のためには前立腺の切除手術を施行する以外には有効な治療方法はないとして同手術の適応がある旨判断され、同手術が予定されていた。
申立人は、広島刑務所入所後においても、同刑務所から支給されたカテーテル等を使用して自己導尿の方法により排尿しており、夜間の時間帯(21時から翌朝7時ころまでの間)においても、少なくとも複数回、同様の方法により排尿している。
⑵ 申立人は、広島刑務所収容後、自らの症状等について治療(手術)を求めたところ、2023年(令和5年)1月19日、非常勤の泌尿器科医師の診察を受ける機会があり、その際には、夜間の自己導尿に伴う支障や苦痛等をも訴えた。
しかし、同医師は、「手術を要する」との判断をせず、申立人に対し、排尿困難などの改善薬であるセルニルトン(錠飲み薬)を投与し、6か月後に再診をする旨通知した。
4 当会の判断
⑴ 申立人の症状等に対する前立腺切除手術の必要性及び緊急性については、広島刑務所内外で泌尿器科医師の判断が分かれているため、当会が判断をすることは困難である。
しかし、少なくとも、同手術の施行は、申立人の症状等の改善には有効な手段であるとは思われる。
⑵ そして、我が国の医学学会においても、夜間、排尿のために1回以上起きなければならない症状は夜間頻尿と評され、夜間頻尿は、夜間に中途覚醒を引き起こし、睡眠障害を介して QOL を低下させることが示唆されているところである。
広島刑務所の認識を前提としても、申立人は、夜間3時間から4時間おきに、すなわち少なくとも夜間2回ないし3回程度はカテーテル等を使用した自己導尿により排尿を行っていることになるため、夜間の中途覚醒により申立人の睡眠は阻害されていることは明らかであるうえ、このような睡眠障害を介して同人のQOLが著しく低下していることが強く窺われるというべきである。このことは、申立人の主張どおり、同人が自己導尿に伴い強い痛みを感じ、或いは夜間の自己導尿が15回程度にもわたる場合にあっては、尚更そのように言えるのである。
⑶ 受刑者は、国家刑罰権の行使として自由刑に処せられたことによる制約を除き、個人として尊重されるべき基本的人権の享有主体であることは言うまでもない。そして、睡眠は、人間が生活を営む上での自然の摂理であり、健康の保持及び増進に必要不可欠なものであるところ、前記のとおり、申立人には、夜間の複数回にわたる自己導尿に伴う睡眠障害が日常的に生じていると認められ、健康それ自体を阻害し得る事態も生じており、自由刑に処せられたことによる制約を超える制約ないし支障が生じていると認められる。
このような申立人が置かれた状況は、国の責務である「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条1項)の確保が十分になされているものとは言い難く、また、「被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため」の「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置」(刑事施設及び被収容者等の処遇に関する法律第56条)が適切にとられているものとも言い難い。
申立人に関しては、速やかに、自由刑に処せられたことによる制約を超える制約ないし支障を取り除き、もって「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条1項)を確保する必要があり、その手段として、前立腺切除手術を含む医療措置その他適切な措置が講じられる必要がある。
5 結論
よって、当会は、貴職に対して「要望の趣旨」記載のとおり要望する。
以上