会長声明2019.04.25
少年法の適用年齢引下げに反対する会長声明
広島弁護士会
会長 今井 光
第1 意見の趣旨
当会は、少年法の適用年齢を18歳未満まで引き下げることに改めて強く反対する。
第2 意見の理由
1 はじめに
2017(平成29)年2月、法務大臣が法制審議会に対し、「非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法及び手続法の整備の在り方」とともに「少年法における『少年』の年齢を18歳未満とすること」を諮問した。そして、法制審議会に少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会(以下「部会」という。)が設置され、仮に少年法の適用年齢を18歳未満とした場合に採り得る刑事政策的対応を含めた犯罪者処遇策が検討されており、また、それらも踏まえた上で少年法の適用年齢引下げの是非が具体的に議論されている。
当会は、2015(平成27)年6月15日、このような少年法の適用年齢引下げの動きに対して、強く反対する旨の会長声明を発出した。しかし、現在、法制審議会における議論が進む中においても、少年法適用年齢引下げを必要とする社会的事実は存在せず、改めて少年法適用年齢引下げに強く反対することを表明する。
2 少年犯罪の動向と現行少年法制に対する評価
まず、少年法の適用年齢引下げについて議論するに当たっては、そもそも現行の少年法制を変更しなければならない社会的事実が存在するのかどうかについて検討する必要がある。
(1)少年犯罪は減少しており、凶悪化もしていない
少年法の適用年齢引下げに関して、よく「少年非行が増加している。少年犯罪が凶悪化している。」という意見があるが、このような事実は客観的に存在しない。少年の検挙者数は、10年以上右肩下がりで減少しており、少年人口当たりの発生数で比べても同様に大きく減少している状況にある。また、少年による殺人・強盗・放火・強姦といったいわゆる「凶悪事件」についても、発生件数と同様に件数が大きく減少しており、少年人口比でみても同様である。
以上のとおり、少年非行は重大事案を含め大きく減少しているのであり、このような傾向は18歳、19歳の少年についても同様である。したがって、少年事件が増加、凶悪化しているから厳罰化するべきであるという議論は根拠を欠いている。
(2)現行の少年法制の機能について
上記のとおり、少年非行の実態として増加や凶悪化は存在しないとしても、現在の少年法制が適切に機能していないのであれば、改正が必要ともいえる。しかし、現行の少年法制については、特に再犯率が高いという問題点があるわけではない。むしろ法制審議会の部会においても、「今回の議論というのは、現行少年法の下で18歳、19歳の年長少年に対して行われている手続や保護処分が有効に機能していないので、少年法の適用年齢を下げることを検討しようとするものではないのだということについては、意見の一致がある。」「現行法の下での年長少年に対する手続や処遇の有効性という観点からは、少年法の適用年齢を引き下げる必要性はない。」とされており、現行少年法制は有効に機能していることを前提にしているのである。
(3)以上のとおり、少年非行の実態について増加や凶悪化という問題は生じていないうえ、現行の少年法制は有効に機能しているのであるとすれば、基本的に少年法を改正しなければならない社会的事実は存在しないというべきである。なお、この点については、民法における成人年齢引下げとあわせて少年法の適用年齢を引き下げる必要があるという議論もあるが、この点については、後述する。
3 適用年齢を引き下げるべきとする論拠について
少年法の適用年齢を引き下げるとする理由に、民法の成人年齢引下げとあわせて統一性を持たせる必要があるとの議論がある。
しかし、そもそも法律の適用年齢とは、各法律がそれぞれの立法趣旨や目的に照らして法律毎に個別具体的に決定するべきことであり、必ず統一しなければならないという必然性はない。そして、現行少年法は、1948年に制定される際、旧少年法で適用年齢が18歳未満とされていたにも拘らず、若年者については刑罰ではなく保護処分が有用であるとして20歳未満に変更されたのであるから、その改正の趣旨に鑑みて検討すれば足りるのであり、統一性を求める理由はない。
なお、大人として取り扱われることを分かりやすく示す必要があるというような議論も認められるが、上記のとおり法律の適用年齢についての考え方を変更すべき重要な理由とは認められないし、未成年者飲酒禁止法などの法律では20歳未満の禁止を維持していることからしても、理由にならない。
4 適用年齢を引き下げる場合の代替措置について
(1)少年法の適用年齢引下げにより刑事裁判手続に委ねられることとなる18歳、19歳が、家庭裁判所調査官という専門家による調査を受けられないことは、非行メカニズムの解明と問題性に対する有効な解決策の提示という重要な機能を欠くことになる。
(2)また、施設収容が見込まれる18歳、19歳について、従前であれば少年院における生活面を含めた教育指導が行われていたはずであるが、刑務所に収容される場合には、限定的にならざるを得ないし少年院における法務教官のように個人個人の問題性や背景に即した指導を行うことは刑務所で期待しがたい。
(3)更に刑事訴訟手続になる場合、これまで少年院送致とされていた18歳、19歳の相当数が執行猶予となることが想定される。この点について保護観察付き執行猶予などで対応することが議論されているが、これまで少年院で果たされていたような問題性に対する十分な教育的指導が保護観察で果たされるとは到底考えられず、不十分であることは明らかである。同様のことは、罰金による略式起訴や起訴猶予などの場合にも言え、これまでの家庭裁判所での保護処分に代替するだけの機能を期待する対応策が備えられていない。
5 まとめ
以上のとおり、現在、法制審議会において検討されている少年法の適用年齢引下げは、具体的な立法事実に基づくことのないものであり、当会は、少年法の適用年齢を引き下げることに改めて強く反対する。
以上
広島弁護士会
会長 今井 光
第1 意見の趣旨
当会は、少年法の適用年齢を18歳未満まで引き下げることに改めて強く反対する。
第2 意見の理由
1 はじめに
2017(平成29)年2月、法務大臣が法制審議会に対し、「非行少年を含む犯罪者に対する処遇を一層充実させるための刑事の実体法及び手続法の整備の在り方」とともに「少年法における『少年』の年齢を18歳未満とすること」を諮問した。そして、法制審議会に少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会(以下「部会」という。)が設置され、仮に少年法の適用年齢を18歳未満とした場合に採り得る刑事政策的対応を含めた犯罪者処遇策が検討されており、また、それらも踏まえた上で少年法の適用年齢引下げの是非が具体的に議論されている。
当会は、2015(平成27)年6月15日、このような少年法の適用年齢引下げの動きに対して、強く反対する旨の会長声明を発出した。しかし、現在、法制審議会における議論が進む中においても、少年法適用年齢引下げを必要とする社会的事実は存在せず、改めて少年法適用年齢引下げに強く反対することを表明する。
2 少年犯罪の動向と現行少年法制に対する評価
まず、少年法の適用年齢引下げについて議論するに当たっては、そもそも現行の少年法制を変更しなければならない社会的事実が存在するのかどうかについて検討する必要がある。
(1)少年犯罪は減少しており、凶悪化もしていない
少年法の適用年齢引下げに関して、よく「少年非行が増加している。少年犯罪が凶悪化している。」という意見があるが、このような事実は客観的に存在しない。少年の検挙者数は、10年以上右肩下がりで減少しており、少年人口当たりの発生数で比べても同様に大きく減少している状況にある。また、少年による殺人・強盗・放火・強姦といったいわゆる「凶悪事件」についても、発生件数と同様に件数が大きく減少しており、少年人口比でみても同様である。
以上のとおり、少年非行は重大事案を含め大きく減少しているのであり、このような傾向は18歳、19歳の少年についても同様である。したがって、少年事件が増加、凶悪化しているから厳罰化するべきであるという議論は根拠を欠いている。
(2)現行の少年法制の機能について
上記のとおり、少年非行の実態として増加や凶悪化は存在しないとしても、現在の少年法制が適切に機能していないのであれば、改正が必要ともいえる。しかし、現行の少年法制については、特に再犯率が高いという問題点があるわけではない。むしろ法制審議会の部会においても、「今回の議論というのは、現行少年法の下で18歳、19歳の年長少年に対して行われている手続や保護処分が有効に機能していないので、少年法の適用年齢を下げることを検討しようとするものではないのだということについては、意見の一致がある。」「現行法の下での年長少年に対する手続や処遇の有効性という観点からは、少年法の適用年齢を引き下げる必要性はない。」とされており、現行少年法制は有効に機能していることを前提にしているのである。
(3)以上のとおり、少年非行の実態について増加や凶悪化という問題は生じていないうえ、現行の少年法制は有効に機能しているのであるとすれば、基本的に少年法を改正しなければならない社会的事実は存在しないというべきである。なお、この点については、民法における成人年齢引下げとあわせて少年法の適用年齢を引き下げる必要があるという議論もあるが、この点については、後述する。
3 適用年齢を引き下げるべきとする論拠について
少年法の適用年齢を引き下げるとする理由に、民法の成人年齢引下げとあわせて統一性を持たせる必要があるとの議論がある。
しかし、そもそも法律の適用年齢とは、各法律がそれぞれの立法趣旨や目的に照らして法律毎に個別具体的に決定するべきことであり、必ず統一しなければならないという必然性はない。そして、現行少年法は、1948年に制定される際、旧少年法で適用年齢が18歳未満とされていたにも拘らず、若年者については刑罰ではなく保護処分が有用であるとして20歳未満に変更されたのであるから、その改正の趣旨に鑑みて検討すれば足りるのであり、統一性を求める理由はない。
なお、大人として取り扱われることを分かりやすく示す必要があるというような議論も認められるが、上記のとおり法律の適用年齢についての考え方を変更すべき重要な理由とは認められないし、未成年者飲酒禁止法などの法律では20歳未満の禁止を維持していることからしても、理由にならない。
4 適用年齢を引き下げる場合の代替措置について
(1)少年法の適用年齢引下げにより刑事裁判手続に委ねられることとなる18歳、19歳が、家庭裁判所調査官という専門家による調査を受けられないことは、非行メカニズムの解明と問題性に対する有効な解決策の提示という重要な機能を欠くことになる。
(2)また、施設収容が見込まれる18歳、19歳について、従前であれば少年院における生活面を含めた教育指導が行われていたはずであるが、刑務所に収容される場合には、限定的にならざるを得ないし少年院における法務教官のように個人個人の問題性や背景に即した指導を行うことは刑務所で期待しがたい。
(3)更に刑事訴訟手続になる場合、これまで少年院送致とされていた18歳、19歳の相当数が執行猶予となることが想定される。この点について保護観察付き執行猶予などで対応することが議論されているが、これまで少年院で果たされていたような問題性に対する十分な教育的指導が保護観察で果たされるとは到底考えられず、不十分であることは明らかである。同様のことは、罰金による略式起訴や起訴猶予などの場合にも言え、これまでの家庭裁判所での保護処分に代替するだけの機能を期待する対応策が備えられていない。
5 まとめ
以上のとおり、現在、法制審議会において検討されている少年法の適用年齢引下げは、具体的な立法事実に基づくことのないものであり、当会は、少年法の適用年齢を引き下げることに改めて強く反対する。
以上