会長声明2019.08.21
大崎事件第三次再審請求棄却決定に対する会長声明
広島弁護士会
会長 今井 光
最高裁判所第一小法廷は、本年6月25日、いわゆる大崎事件第三次再審請求事件(請求人原口アヤ子氏等)の特別抗告審において、検察官の特別抗告には理由がないと判断しておきながら、職権により、再審開始を決定した鹿児島地裁決定及び同決定を維持した福岡高等裁判所宮崎支部決定をいずれも取り消し、再審請求を棄却した(以下「本決定」という。)。
本件は、1979年(昭和54年)10月、原口アヤ子氏が、当時の夫及びその義弟と共謀して被害者を殺害し、その遺体を義弟の息子も加えた計4名で遺棄したとされる事件である。原口アヤ子氏は逮捕時から一貫して無罪を主張していたが、確定審では、共犯者の「自白」、その「自白」で述べられた犯行態様と矛盾しない法医学鑑定、共犯者の親族の供述等を主な証拠として、原口アヤ子氏に対し、懲役10年の有罪判決が下された。
原口アヤ子氏は、服役を終えた後、1995年(平成7年)に第一次再審請求を行い、鹿児島地方裁判所は2002年(平成14年)3月26日に再審開始を決定した。しかし、検察官の抗告により、即時抗告審において再審開始決定は取り消され、特別抗告審において取消しが確定した。続く第二次再審請求審では、新証拠である供述心理鑑定によって、有罪の根拠となった「共犯者」とされた親族の供述の信用性が減殺されたことが認められたにも関わらず、再審請求は棄却され、即時抗告審・特別抗告審でも棄却決定が維持された。
第三次再審請求審の鹿児島地方裁判所は、2017年(平成29年)6月28日、新証拠である法医学鑑定、供述心理鑑定について鑑定人の証人尋問を行い、証拠開示についても積極的な訴訟指揮をおこなった上で「殺人の共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できない」と結論付けて、本件について二度目となる再審開始決定をした。これに対して検察官は即時抗告を申し立てたが、福岡高等裁判所宮崎支部においても、再審開始の結論を維持し、検察官の即時抗告を棄却して、再審開始を認めた。確定審も認定するとおり当時の夫、義弟、義弟の息子の3名は知的障がいを有していたところ、原々審及び原審の判断は、知的障がいを有する者の自白についてはその信用性判断を慎重におこなうべきという昨今の知見とも整合するものであり評価できるものであった。
ところが、本決定は、冒頭でも指摘したとおり、検察官の主張は「単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない」として排斥しておきながら、特別抗告を棄却することなく、あえて職権による判断として、再審開始決定を「取り消さなければ著しく正義に反する」と述べて、自ら取り消し、再審請求を棄却したのである。
再審手続が「開かずの扉」とも呼ばれる中で、本件では三度も再審開始を支持する決定が出されていることは、本件の有罪証拠が非常に脆弱であることを端的に物語っている。そして、再審手続は、無辜の救済のみを目的とする非常救済手続であって犯人の処罰を目的とする手続ではないし、再審開始決定の効果は再審公判を開始させるに止まり、確定した有罪判決の効果を消滅させるものでもない。
そうであるとすれば、再審開始決定に対しては検察官からの即時抗告が出来ない制度へ早急に改革すべきである。本件のように即時抗告や特別抗告で時間がかかるようでは再審請求人が年齢を重ねるばかりであり、再審公判での供述ができるかどうかも危うい状態になりうる。
検察官からの即時抗告や特別抗告が制度上認められている現状では、即時抗告審や特別抗告審の裁判所は、抗告理由が存在するのか否かのみについて早急な判断をすべきである。
ところが、本件において、最高裁が、再審公判において、検察官の特別抗告理由を排斥しながら、原口アヤ子氏らが本当に犯罪を犯したのか審理を行うこと自体が「著しく正義に反する」と判断したことは、最高裁にとっての「正義」とは、有罪の可能性がある者をすべからく有罪とすることであるとの疑念を生じさせてもやむを得ず、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反することは明らかであり、まさに「著しく正義に反する」。
本決定は、再審制度の趣旨に照らして許されるものとは考えがたいし、人権救済の最後の砦のはずである最高裁判所が、このような「著しく正義に反する」決定を出したことは、本件に止まらず、我が国の刑事司法の在り方自体に重大な悪影響を及ぼす可能性があるといえる。
よって、当会は、再審開始決定に対する検察官の即時抗告・特別抗告が出来ない制度に改革すべきであることを強調すると共に、最高裁判所が人権救済の最後の砦としてあるべき役割を取り戻すよう、猛省を求めるものである。
以上
広島弁護士会
会長 今井 光
最高裁判所第一小法廷は、本年6月25日、いわゆる大崎事件第三次再審請求事件(請求人原口アヤ子氏等)の特別抗告審において、検察官の特別抗告には理由がないと判断しておきながら、職権により、再審開始を決定した鹿児島地裁決定及び同決定を維持した福岡高等裁判所宮崎支部決定をいずれも取り消し、再審請求を棄却した(以下「本決定」という。)。
本件は、1979年(昭和54年)10月、原口アヤ子氏が、当時の夫及びその義弟と共謀して被害者を殺害し、その遺体を義弟の息子も加えた計4名で遺棄したとされる事件である。原口アヤ子氏は逮捕時から一貫して無罪を主張していたが、確定審では、共犯者の「自白」、その「自白」で述べられた犯行態様と矛盾しない法医学鑑定、共犯者の親族の供述等を主な証拠として、原口アヤ子氏に対し、懲役10年の有罪判決が下された。
原口アヤ子氏は、服役を終えた後、1995年(平成7年)に第一次再審請求を行い、鹿児島地方裁判所は2002年(平成14年)3月26日に再審開始を決定した。しかし、検察官の抗告により、即時抗告審において再審開始決定は取り消され、特別抗告審において取消しが確定した。続く第二次再審請求審では、新証拠である供述心理鑑定によって、有罪の根拠となった「共犯者」とされた親族の供述の信用性が減殺されたことが認められたにも関わらず、再審請求は棄却され、即時抗告審・特別抗告審でも棄却決定が維持された。
第三次再審請求審の鹿児島地方裁判所は、2017年(平成29年)6月28日、新証拠である法医学鑑定、供述心理鑑定について鑑定人の証人尋問を行い、証拠開示についても積極的な訴訟指揮をおこなった上で「殺人の共謀も殺害行為も死体遺棄もなかった疑いを否定できない」と結論付けて、本件について二度目となる再審開始決定をした。これに対して検察官は即時抗告を申し立てたが、福岡高等裁判所宮崎支部においても、再審開始の結論を維持し、検察官の即時抗告を棄却して、再審開始を認めた。確定審も認定するとおり当時の夫、義弟、義弟の息子の3名は知的障がいを有していたところ、原々審及び原審の判断は、知的障がいを有する者の自白についてはその信用性判断を慎重におこなうべきという昨今の知見とも整合するものであり評価できるものであった。
ところが、本決定は、冒頭でも指摘したとおり、検察官の主張は「単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法433条の抗告理由に当たらない」として排斥しておきながら、特別抗告を棄却することなく、あえて職権による判断として、再審開始決定を「取り消さなければ著しく正義に反する」と述べて、自ら取り消し、再審請求を棄却したのである。
再審手続が「開かずの扉」とも呼ばれる中で、本件では三度も再審開始を支持する決定が出されていることは、本件の有罪証拠が非常に脆弱であることを端的に物語っている。そして、再審手続は、無辜の救済のみを目的とする非常救済手続であって犯人の処罰を目的とする手続ではないし、再審開始決定の効果は再審公判を開始させるに止まり、確定した有罪判決の効果を消滅させるものでもない。
そうであるとすれば、再審開始決定に対しては検察官からの即時抗告が出来ない制度へ早急に改革すべきである。本件のように即時抗告や特別抗告で時間がかかるようでは再審請求人が年齢を重ねるばかりであり、再審公判での供述ができるかどうかも危うい状態になりうる。
検察官からの即時抗告や特別抗告が制度上認められている現状では、即時抗告審や特別抗告審の裁判所は、抗告理由が存在するのか否かのみについて早急な判断をすべきである。
ところが、本件において、最高裁が、再審公判において、検察官の特別抗告理由を排斥しながら、原口アヤ子氏らが本当に犯罪を犯したのか審理を行うこと自体が「著しく正義に反する」と判断したことは、最高裁にとっての「正義」とは、有罪の可能性がある者をすべからく有罪とすることであるとの疑念を生じさせてもやむを得ず、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則に反することは明らかであり、まさに「著しく正義に反する」。
本決定は、再審制度の趣旨に照らして許されるものとは考えがたいし、人権救済の最後の砦のはずである最高裁判所が、このような「著しく正義に反する」決定を出したことは、本件に止まらず、我が国の刑事司法の在り方自体に重大な悪影響を及ぼす可能性があるといえる。
よって、当会は、再審開始決定に対する検察官の即時抗告・特別抗告が出来ない制度に改革すべきであることを強調すると共に、最高裁判所が人権救済の最後の砦としてあるべき役割を取り戻すよう、猛省を求めるものである。
以上