会長声明2024.10.10
総合法律支援法の改正及び能登半島地震について法律相談実施期間延長を求める会長声明
2024年(令和6年)10月10日
広島弁護士会 会長 大植 伸
第1 声明の趣旨
日本司法支援センターによる法律相談実施期間について政令で1年ごとに延長することができるよう総合法律支援法30条1項4号を改正すること、及び能登半島地震について法律相談実施期間を延長することを求める。
第2 声明の理由
1 現在の総合法律支援法の規定について
総合法律支援法(以下「支援法」という。)第30条第1項第4号では、日本司法支援センター(以下「法テラス」という。)の業務として「著しく異常かつ激甚な非常災害であって、その被災地において法律相談を円滑に実施することが特に必要と認められるものとして政令で指定するものが発生した日において、民事上の法律関係に著しい混乱を生ずるおそれがある地区として政令で定めるものに住所、居所、営業所又は事務所を有していた国民等を援助するため、同日から1年を超えない範囲内において総合法律支援の実施体制その他の当該被災地の実情を勘案して政令で定める期間に限り、その生活の再建に当たり必要な法律相談を実施すること」を定めている。
2 2024年(令和6年)能登半島地震における指定について
2024年(令和6年)1月1日に発生した能登半島における地震(以下「能登半島地震」という。)について、政府は同年1月11日に2024年(令和6年)政令第6号を制定した。これによって能登半島地震を法第30条第1項第4号の「政令で指定するもの」とし、同地震によって災害救助法が適用された地域に住所、居所、営業所又は事務所を有していた国民等について、資力を問わず2024年(令和6年)12月31日まで法テラスにより法律相談を実施することを定めた。
しかし、現在の法制度は以下のとおり被災地の現状や過去の経験からすると不十分なものである。
3 東日本大震災における状況
2011年(平成23年)3月11日に東日本大震災が発生した当時、現行の支援法第30条第1項第4号の規定はなく、2012年(平成24年)4月1日に「東日本大震災の被災者に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律」(以下「東日本大震災特例法」という。)が施行され、被災者に対して資力を問わず法律相談が実施された。2013年(平成25年)度版法テラス白書によると、2012年(平成24年)度の震災援助法律相談は全国で4万2981件、2013年(平成25年)度は4万8418件となっており、東日本大震災発生から2年が経過した時点でも法律相談件数は極めて多い状況であった。これを受けて日本弁護士会連合会も2014年(平成26年)6月20日に東日本大震災特例法の延長を求める要望書を発出し、2015年(平成27年)には3年間の延長がなされた。その後も震災援助法律相談は2014年(平成26年)度に5万1542件、2015年(平成27年)度に5万4575件、2016年(平成28年)度に5万2995件あり、東日本大震災特例法は2018年(平成30年)3月の国会においてさらに3年間の延長となった。なお、その後震災援助法律相談は2017年(平成29年)度に5万3433件、2018年(平成30年)度に5万4765件、2019年(令和元年)度に5万0944件、2020年(令和2年)度に4万7101件の件数であった(2020年(令和2年)度法テラス白書)。東日本大震災発生から約10年が経過した時点でも震災援助法律相談はその数を大きく減少させることはなかったのである。
東日本大震災では、福島第一原発による甚大な被害があったが、2014年(平成26年)3月時点における災害公営住宅建設の進捗率は岩手県で9.7%、宮城県で9.0%、福島県で8.6%と極めて低い状況であり(日弁連要望書、2014年(平成26年)3月10日朝日新聞)、被災者の生活再建が進んでいなかったことも法律相談ニーズが高い状況であったことの大きな一因である。
4 2016年(平成28年)熊本地震における状況
2016年(平成28年)4月に熊本地震が発生した後、同年5月に支援法の改正が行われ、同法第30条第1項第4号の規定が設けられた。その後、2016年(平成28年)年7月1日から2017年(平成29年)4月13日まで被災者に対して法テラスにより資力を問わない法律相談が実施された。法律相談件数は徐々に増加し、2016年(平成28年)11月以降はほぼ毎月1000件を超える件数であった(2016年(平成28年)度法テラス白書)。2017年(平成29年)3月には1378件と最高件数を記録しており、被災者の法律相談ニーズが発災から1年が経過しても高い状況であったことが明らかとなっている。
5 2018年(平成30年)7月豪雨災害における状況
(1)2018年(平成30年)7月に発生した西日本豪雨災害(以下「西日本豪雨災害」という。)も、特定非常災害に指定され、2018年(平成30年)7月14日から2019年(令和元年)6月27日まで被災者に対して法テラスにより資力を問わない法律相談が実施された。2018年(平成30年)法テラス白書によると、2018年(平成30年)8月以降毎月の相談件数は1000件を超えており、さらに法律相談援助が終了する2019年(令和元年)6月には1992件の相談が実施され最高件数であった。このデータからも、被災者の法律相談ニーズは発災から1年が経過した時点においても高い状況であったことが明らかとなっている。
(2)災害救助法に基づく仮設住宅の入居期限は原則として2年間であるが、特定非常災害に指定された結果、入居期限の延長が行われ、最終的には2023年(令和5年)2月に仮設住宅が解消された(※広島県資料)。また、広島県呉市に災害公営住宅が建設されたが、その完成は西日本豪雨災害発生から2年が経過した2020年(令和2年)8月である。すなわち、被災者の生活再建は災害発生から1年が経過した時点では全く進んでいなかったのである。
6 その後、2019年(令和元年)台風19号、2020年(令和2年)7月豪雨災害についても特定非常災害に指定されたが、いずれの災害についても発災から約1年が経過した時点でも法律相談ニーズが高い状況であった。[i]
7 能登半島地震における現在の状況及び災害ケースマネジメントの実効性確保の必要性
(1)環境省の発表によると、2024年(令和6年)7月15日現在、能登半島地震で損壊した建物の公費解体の申請棟数2万3409件に対して、解体実施棟数は4698件であり、解体完了率はわずか2%にすぎない。石川県及び環境省は解体対象を2万2000棟と想定し、令和7年10月に解体完了予定としている。この予定通りに公費解体が進められたとしても、地震発生から2年弱経過していることになる。さらに、既に実際の申請棟数が想定を超えていること、今後も申請が増加することが想定されることをふまえると、公費解体が完了する時期は想定よりも後ろ倒しになることが予想される。
(2)2023年(令和5年)3月に内閣府が災害ケースマネジメントの手引き(以下「手引き」という。)を発表した。手引きにおいて、災害ケースマネジメントとは「被災者一人ひとりの被災状況や生活状況の課題等を個別の相談等により把握した上で、必要に応じ専門的な能力をもつ関係者と連携しながら、当該課題等の解消に向けて継続的に支援することにより、被災者の自立・生活再建が進むようマネジメントする取組」であるとされている。現在、政府としても災害ケースマネジメント促進に向けて全国各地で説明会や講習会を実施している。被災者の自立や生活再建のためには専門家に対する相談が必須であるところ、前述した過去の災害経験や現在の能登半島地震被災地の復旧状況に鑑みれば、被災者の生活再建のために相談対応が必要な期間は1年をはるかに超えることは明白である。被災者は生活再建の目途がたった時点で、改めて生活再建の方法について検討する必要があり、その一つの目安は公費解体完了である。その時点で被災者からの相談に対応し、災害ケースマネジメントを実効性あるものとするためには、法テラスによる法律相談実施期間の上限期間1年という現行法制度はあまりにも短期間であるといわざるを得ない。災害ケースマネジメントを実効性あるものとするためには、被災者が生活再建のために必要な時期に、専門家にアクセスできる環境を整備することが極めて重要なものである。被災者の専門家へのアクセス確保による環境整備は全国において法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受け入れられる社会を実現することを目指して行うものとする支援法2条の基本理念に沿うものである。
8 東日本大震災では約10年もの長期間にわたって法テラスによる震災援助法律相談が実施されていたこと、今後甚大な被害発生が予測されている南海トラフ地震の発生が見込まれていることを考慮すると、総合法律支援法30条1項4号が法テラスによる法律相談実施機関の上限を1年としていることは短期間すぎるものである。したがって、被災地の復興状況等に鑑み、法テラスによる法律相談実施期間について政令で1年ごとに延長することができるよう、総合法律支援法30条1項4号を改正することを求める。また、被災の復興状況からすれば、能登半島地震について法律相談実施期間を延長することを求める。
(1) 関東地方を中心に被害が発生した2019年(令和元年)台風19号では、2020年(令和2年)4月及び5月には新型コロナウイルス感染症の影響により一時的に相談件数は減少したものの、相談件数はほぼ毎月3000件を超えるものであり、2020年(令和2年)10月の相談件数も2000件を超えている状況であった(2020年(令和2年)度法テラス白書)。
(2) 九州北部を中心に被害が発生した2020年(令和2年)7月豪雨災害では、2020年(令和2年)9月以降毎月約500件の法律相談が実施され、2020年(令和2年)6月に最高件数の714件の相談が実施されている(2020年(令和2年)度法テラス白書)。
以上
2024年(令和6年)10月10日
広島弁護士会 会長 大植 伸
第1 声明の趣旨
日本司法支援センターによる法律相談実施期間について政令で1年ごとに延長することができるよう総合法律支援法30条1項4号を改正すること、及び能登半島地震について法律相談実施期間を延長することを求める。
第2 声明の理由
1 現在の総合法律支援法の規定について
総合法律支援法(以下「支援法」という。)第30条第1項第4号では、日本司法支援センター(以下「法テラス」という。)の業務として「著しく異常かつ激甚な非常災害であって、その被災地において法律相談を円滑に実施することが特に必要と認められるものとして政令で指定するものが発生した日において、民事上の法律関係に著しい混乱を生ずるおそれがある地区として政令で定めるものに住所、居所、営業所又は事務所を有していた国民等を援助するため、同日から1年を超えない範囲内において総合法律支援の実施体制その他の当該被災地の実情を勘案して政令で定める期間に限り、その生活の再建に当たり必要な法律相談を実施すること」を定めている。
2 2024年(令和6年)能登半島地震における指定について
2024年(令和6年)1月1日に発生した能登半島における地震(以下「能登半島地震」という。)について、政府は同年1月11日に2024年(令和6年)政令第6号を制定した。これによって能登半島地震を法第30条第1項第4号の「政令で指定するもの」とし、同地震によって災害救助法が適用された地域に住所、居所、営業所又は事務所を有していた国民等について、資力を問わず2024年(令和6年)12月31日まで法テラスにより法律相談を実施することを定めた。
しかし、現在の法制度は以下のとおり被災地の現状や過去の経験からすると不十分なものである。
3 東日本大震災における状況
2011年(平成23年)3月11日に東日本大震災が発生した当時、現行の支援法第30条第1項第4号の規定はなく、2012年(平成24年)4月1日に「東日本大震災の被災者に対する援助のための日本司法支援センターの業務の特例に関する法律」(以下「東日本大震災特例法」という。)が施行され、被災者に対して資力を問わず法律相談が実施された。2013年(平成25年)度版法テラス白書によると、2012年(平成24年)度の震災援助法律相談は全国で4万2981件、2013年(平成25年)度は4万8418件となっており、東日本大震災発生から2年が経過した時点でも法律相談件数は極めて多い状況であった。これを受けて日本弁護士会連合会も2014年(平成26年)6月20日に東日本大震災特例法の延長を求める要望書を発出し、2015年(平成27年)には3年間の延長がなされた。その後も震災援助法律相談は2014年(平成26年)度に5万1542件、2015年(平成27年)度に5万4575件、2016年(平成28年)度に5万2995件あり、東日本大震災特例法は2018年(平成30年)3月の国会においてさらに3年間の延長となった。なお、その後震災援助法律相談は2017年(平成29年)度に5万3433件、2018年(平成30年)度に5万4765件、2019年(令和元年)度に5万0944件、2020年(令和2年)度に4万7101件の件数であった(2020年(令和2年)度法テラス白書)。東日本大震災発生から約10年が経過した時点でも震災援助法律相談はその数を大きく減少させることはなかったのである。
東日本大震災では、福島第一原発による甚大な被害があったが、2014年(平成26年)3月時点における災害公営住宅建設の進捗率は岩手県で9.7%、宮城県で9.0%、福島県で8.6%と極めて低い状況であり(日弁連要望書、2014年(平成26年)3月10日朝日新聞)、被災者の生活再建が進んでいなかったことも法律相談ニーズが高い状況であったことの大きな一因である。
4 2016年(平成28年)熊本地震における状況
2016年(平成28年)4月に熊本地震が発生した後、同年5月に支援法の改正が行われ、同法第30条第1項第4号の規定が設けられた。その後、2016年(平成28年)年7月1日から2017年(平成29年)4月13日まで被災者に対して法テラスにより資力を問わない法律相談が実施された。法律相談件数は徐々に増加し、2016年(平成28年)11月以降はほぼ毎月1000件を超える件数であった(2016年(平成28年)度法テラス白書)。2017年(平成29年)3月には1378件と最高件数を記録しており、被災者の法律相談ニーズが発災から1年が経過しても高い状況であったことが明らかとなっている。
5 2018年(平成30年)7月豪雨災害における状況
(1)2018年(平成30年)7月に発生した西日本豪雨災害(以下「西日本豪雨災害」という。)も、特定非常災害に指定され、2018年(平成30年)7月14日から2019年(令和元年)6月27日まで被災者に対して法テラスにより資力を問わない法律相談が実施された。2018年(平成30年)法テラス白書によると、2018年(平成30年)8月以降毎月の相談件数は1000件を超えており、さらに法律相談援助が終了する2019年(令和元年)6月には1992件の相談が実施され最高件数であった。このデータからも、被災者の法律相談ニーズは発災から1年が経過した時点においても高い状況であったことが明らかとなっている。
(2)災害救助法に基づく仮設住宅の入居期限は原則として2年間であるが、特定非常災害に指定された結果、入居期限の延長が行われ、最終的には2023年(令和5年)2月に仮設住宅が解消された(※広島県資料)。また、広島県呉市に災害公営住宅が建設されたが、その完成は西日本豪雨災害発生から2年が経過した2020年(令和2年)8月である。すなわち、被災者の生活再建は災害発生から1年が経過した時点では全く進んでいなかったのである。
6 その後、2019年(令和元年)台風19号、2020年(令和2年)7月豪雨災害についても特定非常災害に指定されたが、いずれの災害についても発災から約1年が経過した時点でも法律相談ニーズが高い状況であった。[i]
7 能登半島地震における現在の状況及び災害ケースマネジメントの実効性確保の必要性
(1)環境省の発表によると、2024年(令和6年)7月15日現在、能登半島地震で損壊した建物の公費解体の申請棟数2万3409件に対して、解体実施棟数は4698件であり、解体完了率はわずか2%にすぎない。石川県及び環境省は解体対象を2万2000棟と想定し、令和7年10月に解体完了予定としている。この予定通りに公費解体が進められたとしても、地震発生から2年弱経過していることになる。さらに、既に実際の申請棟数が想定を超えていること、今後も申請が増加することが想定されることをふまえると、公費解体が完了する時期は想定よりも後ろ倒しになることが予想される。
(2)2023年(令和5年)3月に内閣府が災害ケースマネジメントの手引き(以下「手引き」という。)を発表した。手引きにおいて、災害ケースマネジメントとは「被災者一人ひとりの被災状況や生活状況の課題等を個別の相談等により把握した上で、必要に応じ専門的な能力をもつ関係者と連携しながら、当該課題等の解消に向けて継続的に支援することにより、被災者の自立・生活再建が進むようマネジメントする取組」であるとされている。現在、政府としても災害ケースマネジメント促進に向けて全国各地で説明会や講習会を実施している。被災者の自立や生活再建のためには専門家に対する相談が必須であるところ、前述した過去の災害経験や現在の能登半島地震被災地の復旧状況に鑑みれば、被災者の生活再建のために相談対応が必要な期間は1年をはるかに超えることは明白である。被災者は生活再建の目途がたった時点で、改めて生活再建の方法について検討する必要があり、その一つの目安は公費解体完了である。その時点で被災者からの相談に対応し、災害ケースマネジメントを実効性あるものとするためには、法テラスによる法律相談実施期間の上限期間1年という現行法制度はあまりにも短期間であるといわざるを得ない。災害ケースマネジメントを実効性あるものとするためには、被災者が生活再建のために必要な時期に、専門家にアクセスできる環境を整備することが極めて重要なものである。被災者の専門家へのアクセス確保による環境整備は全国において法による紛争の解決に必要な情報やサービスの提供が受け入れられる社会を実現することを目指して行うものとする支援法2条の基本理念に沿うものである。
8 東日本大震災では約10年もの長期間にわたって法テラスによる震災援助法律相談が実施されていたこと、今後甚大な被害発生が予測されている南海トラフ地震の発生が見込まれていることを考慮すると、総合法律支援法30条1項4号が法テラスによる法律相談実施機関の上限を1年としていることは短期間すぎるものである。したがって、被災地の復興状況等に鑑み、法テラスによる法律相談実施期間について政令で1年ごとに延長することができるよう、総合法律支援法30条1項4号を改正することを求める。また、被災の復興状況からすれば、能登半島地震について法律相談実施期間を延長することを求める。
(1) 関東地方を中心に被害が発生した2019年(令和元年)台風19号では、2020年(令和2年)4月及び5月には新型コロナウイルス感染症の影響により一時的に相談件数は減少したものの、相談件数はほぼ毎月3000件を超えるものであり、2020年(令和2年)10月の相談件数も2000件を超えている状況であった(2020年(令和2年)度法テラス白書)。
(2) 九州北部を中心に被害が発生した2020年(令和2年)7月豪雨災害では、2020年(令和2年)9月以降毎月約500件の法律相談が実施され、2020年(令和2年)6月に最高件数の714件の相談が実施されている(2020年(令和2年)度法テラス白書)。
以上