会長声明2007.04.16
鹿児島選挙違反事件判決についての会長声明
広島弁護士会
会長 武井康年
1 平成19年2月23日、鹿児島地方裁判所は、平成15年4月に施行された鹿児島県議会議員選挙に関して、公職選挙法違反として起訴されていた被告人12人全員に対し、「他の被告人らの供述と辻褄を合わせるために、押し付け的、誘導的な取調べが行われたことが顕著にうかがわれる」、「被告人らの自白の中に、あるはずもない事実がさもあったかのように具体的かつ迫真的に表現されていることは、自白の成立過程で、自白した被告人らの主張するような追及的・強圧的な取調べがあったことをうかがわせる」などとして、捜査段階における被告人らの自白の信用性をいずれも否定し無罪判決(以下「本判決」という)を言い渡し、平成19年3月8日、鹿児島地方検察庁は、控訴を断念して、本判決は確定した。
本判決は、無罪判決を言い渡した理由において、連日のように極めて長時間の取調べが行われ、被疑者の1人は取調べ中に警察医の診察や点滴治療を受けた事実や、別の被疑者は座っての取調べに耐えられなくなり、簡易ベッドに横になりながら約7時間にわたって取調べを受けた事実などを認定している。加えて、本事件に関連して、本判決に先立ち、鹿児島地方裁判所は、平成19年1月18日、取調官が任意の取調中の被疑者に対して、取調室で親族の名前等を書いた紙を踏むよう強要し、その紙を男性に踏ませた行為について、「取調べ手法が常軌を逸し、公権力を笠に着て被疑者を侮辱する」と激しく断罪している。
このように、本事件は、連日長時間にわたる取調べを行い、捜査機関が、取調べの中で自白を獲得維持するために常軌を逸した取調べ手法を繰り返しており、捜査機関の取調べ手法の違法性、異常性は明らかである。
そこで、当会は、鹿児島地方検察庁および鹿児島県警察本部に対し、本事件の捜査過程を調査、検証して、常軌を逸した違法な取調べ手法を行うに至った原因を究明するとともに、捜査機関に対し、自白強要、自白偏重への根強い姿勢を改善し、違法な取調べを防止する措置を早急にとることを強く求める。
2 ところで、本判決は、捜査段階における被告人らの自白調書について、任意性を否定することなく、証拠採用した上で、自白調書の信用性を否定した。
しかし、そもそも刑事訴訟法319条第1項が「任意にされたものでない疑のある自白」を証拠とすることができない旨規定しているのは、捜査機関の自白強要を防止し、もって捜査段階を含めた刑事手続全体の適正手続を確保し被疑者の人権侵害を防止するためである。そうであるならば、捜査機関の常軌を逸した違法な取調べ手法により自白が獲得維持された本件では、当然に、本事件の自白調書は任意性が否定されなければならない。
それ故、当会は、鹿児島地方裁判所のみならず全ての刑事事件担当裁判所に対し、最後の人権の砦として適正手続を確保し、捜査機関による被疑者(被告人)に対する人権侵害行為を防止するため、任意性に疑いがないことについて検察官が立証できないときには直裁に任意性を否定する等して、刑事訴訟法の趣旨を実際の刑事裁判に十分に反映した上、より適切な刑事司法の実現を図るよう求める。
3 さらに、本判決は、「本件においては、被告人らの自白の任意性及び信用性が激しく争われ、その関係で、取調べ状況に関する事実関係が重要な争点となり、これを解明するため、膨大な時間を費やして、多数の取調官の証人尋問と自白した6名の被告人質問を実施し、さらに、自白した6名の被告人の供述調書等、膨大な量の証拠書類を取り調べた。しかしながら。このような証拠調べを実施したにもかかわらず、取調べ状況を明らかにする明確かつ客観的な証拠がなく、その真偽を判明するに足りる証拠を欠いたことから、被告人らと取調官との言い分の対立点について、結局、『疑わしきは被告人の利益に』との観点から、被告人らに有利に判断するよりほかなかった」と判示している。
これは、職業裁判官により、膨大な時間を費やし、多数の証人尋問や被告人質問を実施し、膨大な量の供述証拠をもってしても、取調べの状況を判断することが不可能であることを実証するものであって、本判決は、間接的にではあるが、裁判所自ら、現状のままでは、取調べ状況を判断することを放棄せざるを得ず、取調べ状況を判断するためには、全取調べ過程を録画・録音することにより取調べを可視化することが必要不可欠であることを表明するものといえる。
近く裁判員制度が開始されるが、職業裁判官ですら取調べ状況を判断することが不可能である以上、一般市民が参加する裁判員裁判の下では、尚更であり、裁判員裁判の下で、捜査段階における自白の任意性や信用性の判断を誤り、冤罪を生み出す危険を払拭するためにも、全取調べ過程を録画・録音することにより取調べを可視化することが必要不可欠である。
そこで、当会は、改めて、全件について録画・録音することによる取調べの全過程の可視化を早急に実現することを強く求めるものである。
以上
広島弁護士会
会長 武井康年
1 平成19年2月23日、鹿児島地方裁判所は、平成15年4月に施行された鹿児島県議会議員選挙に関して、公職選挙法違反として起訴されていた被告人12人全員に対し、「他の被告人らの供述と辻褄を合わせるために、押し付け的、誘導的な取調べが行われたことが顕著にうかがわれる」、「被告人らの自白の中に、あるはずもない事実がさもあったかのように具体的かつ迫真的に表現されていることは、自白の成立過程で、自白した被告人らの主張するような追及的・強圧的な取調べがあったことをうかがわせる」などとして、捜査段階における被告人らの自白の信用性をいずれも否定し無罪判決(以下「本判決」という)を言い渡し、平成19年3月8日、鹿児島地方検察庁は、控訴を断念して、本判決は確定した。
本判決は、無罪判決を言い渡した理由において、連日のように極めて長時間の取調べが行われ、被疑者の1人は取調べ中に警察医の診察や点滴治療を受けた事実や、別の被疑者は座っての取調べに耐えられなくなり、簡易ベッドに横になりながら約7時間にわたって取調べを受けた事実などを認定している。加えて、本事件に関連して、本判決に先立ち、鹿児島地方裁判所は、平成19年1月18日、取調官が任意の取調中の被疑者に対して、取調室で親族の名前等を書いた紙を踏むよう強要し、その紙を男性に踏ませた行為について、「取調べ手法が常軌を逸し、公権力を笠に着て被疑者を侮辱する」と激しく断罪している。
このように、本事件は、連日長時間にわたる取調べを行い、捜査機関が、取調べの中で自白を獲得維持するために常軌を逸した取調べ手法を繰り返しており、捜査機関の取調べ手法の違法性、異常性は明らかである。
そこで、当会は、鹿児島地方検察庁および鹿児島県警察本部に対し、本事件の捜査過程を調査、検証して、常軌を逸した違法な取調べ手法を行うに至った原因を究明するとともに、捜査機関に対し、自白強要、自白偏重への根強い姿勢を改善し、違法な取調べを防止する措置を早急にとることを強く求める。
2 ところで、本判決は、捜査段階における被告人らの自白調書について、任意性を否定することなく、証拠採用した上で、自白調書の信用性を否定した。
しかし、そもそも刑事訴訟法319条第1項が「任意にされたものでない疑のある自白」を証拠とすることができない旨規定しているのは、捜査機関の自白強要を防止し、もって捜査段階を含めた刑事手続全体の適正手続を確保し被疑者の人権侵害を防止するためである。そうであるならば、捜査機関の常軌を逸した違法な取調べ手法により自白が獲得維持された本件では、当然に、本事件の自白調書は任意性が否定されなければならない。
それ故、当会は、鹿児島地方裁判所のみならず全ての刑事事件担当裁判所に対し、最後の人権の砦として適正手続を確保し、捜査機関による被疑者(被告人)に対する人権侵害行為を防止するため、任意性に疑いがないことについて検察官が立証できないときには直裁に任意性を否定する等して、刑事訴訟法の趣旨を実際の刑事裁判に十分に反映した上、より適切な刑事司法の実現を図るよう求める。
3 さらに、本判決は、「本件においては、被告人らの自白の任意性及び信用性が激しく争われ、その関係で、取調べ状況に関する事実関係が重要な争点となり、これを解明するため、膨大な時間を費やして、多数の取調官の証人尋問と自白した6名の被告人質問を実施し、さらに、自白した6名の被告人の供述調書等、膨大な量の証拠書類を取り調べた。しかしながら。このような証拠調べを実施したにもかかわらず、取調べ状況を明らかにする明確かつ客観的な証拠がなく、その真偽を判明するに足りる証拠を欠いたことから、被告人らと取調官との言い分の対立点について、結局、『疑わしきは被告人の利益に』との観点から、被告人らに有利に判断するよりほかなかった」と判示している。
これは、職業裁判官により、膨大な時間を費やし、多数の証人尋問や被告人質問を実施し、膨大な量の供述証拠をもってしても、取調べの状況を判断することが不可能であることを実証するものであって、本判決は、間接的にではあるが、裁判所自ら、現状のままでは、取調べ状況を判断することを放棄せざるを得ず、取調べ状況を判断するためには、全取調べ過程を録画・録音することにより取調べを可視化することが必要不可欠であることを表明するものといえる。
近く裁判員制度が開始されるが、職業裁判官ですら取調べ状況を判断することが不可能である以上、一般市民が参加する裁判員裁判の下では、尚更であり、裁判員裁判の下で、捜査段階における自白の任意性や信用性の判断を誤り、冤罪を生み出す危険を払拭するためにも、全取調べ過程を録画・録音することにより取調べを可視化することが必要不可欠である。
そこで、当会は、改めて、全件について録画・録音することによる取調べの全過程の可視化を早急に実現することを強く求めるものである。
以上