声明・決議・意見書

会長声明2007.06.25

光市母子殺害事件弁護人への脅迫行為に対する会長声明

広島弁護士会
会長  武井康年

1  2007年(平成19年)年5月29日、日本弁護士連合会に脅迫文書が銃弾の模造品とともに郵送された。山口県光市において当時18歳であった元少年により主婦とその長女が殺害されたとされる、いわゆる「光市母子殺害事件」の裁判に関連し、元少年を死刑にできないならば弁護人らを銃で処刑するなどというものであった。当会はこのような脅迫行為に対し厳重に抗議するため本声明を発表するものである。
2  この事件は、母親と幼い子供の命が失われた大変痛ましいものであり、亡くなられたお二人のご冥福を衷心よりお祈りする。また、遺族の方の心情も察するに余りあるものである。さらには社会的に大きな影響を与えており、広く関心が集まっている。
しかしながら、このような遺族の方の心情や社会的な影響と関心の大きさがどのようなものであるかには関わりなく、被告人の弁護人依頼権の保障は十分になされなければならず、その権利実現のための弁護人の活動に対し脅迫的な妨害行為がなされることは断じて許すことができない。
3  弁護人依頼権は、人類が過去の刑事裁判の歴史の中からその叡智をもって生み出した被告人の最も重要な権利である。
憲法第34条は「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない」と規定し、また憲法第37条3項は「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる」と規定しており、弁護人依頼権が憲法の明文で認められている。
また、被告人の弁護人依頼権の保障は被告人に適正な裁判を受ける権利を保障するうえでも不可欠なものである。さらに、弁護人依頼権を十分に保障することは、①裁判所による真実の発見(冤罪の防止)、②罪刑の均衡の実現、③被告人の更生、④社会安全の維持といった重要な社会的利益の確保にも資するものである。
このような被告人の弁護人依頼権の重要性から、弁護人の刑事訴訟手続における弁護活動(主張・立証活動)については、その自由な活動が最大限保障されなければならない。
4  上記のような弁護人の地位・役割から、弁護人の弁護活動は時に被害者や遺族の感情を害し、世間の批判に晒されることが少なくない。しかし、そのような場合でもなお、弁護人は被告人の援護者として敢然とその職責を全うし、ひいては上記①ないし④の社会的利益の実現を図ることが求められているのである。
こうした弁護人の職責に鑑み、国際連合の「弁護士の役割に関する基本原則」は、第1条において、「すべて人は、自己の権利を保護、確立し、刑事手続のあらゆる段階で自己を防禦するために、自ら選任した弁護士の援助を受ける権利を有する」とした上で、弁護士の活動に関して、第16条において、「政府は、弁護士が脅迫、妨害、困惑あるいは不当な干渉を受けることなく、その専門的職務をすべて果たしうること、確立された職務上の義務、基準、倫理に則った行為について、弁護士が、起訴、あるいは行政的、経済的その他制裁を受けたり、そのような脅威にさらされないことを保障するものとする」と規定し、「弁護士が、その職務を果たしたことにより、弁護士の安全が脅かされるときには、弁護士は、当局により十分に保護されるものとする」としている。
5  然るに、今回の脅迫行為は、これまで述べてきたような重要な種々の役割を担う弁護人の弁護活動を、暴力によって威嚇し、その結果、被告人の弁護人依頼権及び適正な裁判を受ける権利を踏みにじろうとする極めて卑劣なものであって、断じて許されない。同時にこのような脅迫行為は、上記のような裁判所による真実の発見(冤罪の防止)、罪刑の均衡の実現、被告人の更生、社会安全の維持といった重要な社会的利益をも損なうものであり、我が国の刑事訴訟手続制度、ひいては我が国の憲法をも無視する反社会的行為であって、とうてい容認できない。
当会は、今回の脅迫行為に対し厳重に抗議するとともに、今後も刑事弁護に携わる全ての弁護士がこのような卑劣な行為に決して屈することなく、その職責をまっとうできるよう、最大限支援していくことをここに表明する。

以上