会長声明2011.09.14
光市母子殺害事件弁護団への懲戒呼び掛け行為に対する損害賠償請求事件に関する最高裁判決について会長声明
広島弁護士会
会長 水中誠三
本年7月15日,最高裁判所は,光市母子殺害事件弁護団への懲戒呼び掛け行為に基づく損害賠償請求事件について,同懲戒呼び掛け行為によって同弁護団員が被った「精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとはまではいい難く,これを不法行為法上違法なものであるということはできない」旨判示して,同弁護団員からの懲戒呼び掛け行為を行った者に対する損害賠償請求を棄却する判決(以下「本判決」という)を言い渡した。
本判決は,あくまで本件懲戒呼び掛け行為について,不法行為上の違法性までは認めなかったものの,「刑事弁護活動の根幹に関わる問題について,その本質についての十分な説明をしないまま,・・・多数の視聴者が懲戒請求をすれば懲戒の目的が達せられる旨の発言をするなどして視聴者による懲戒請求を勧奨する本件呼び掛け行為に及んだことは,上記の問題の重要性についての慎重な配慮を欠いた軽率な行為であり,その発言の措辞にも不適切な点があったといえよう。そして,第1審原告らについて,それぞれ600件を超える多数の懲戒請求がされたことにより,第1審原告らが名誉感情を害され,また,上記懲戒請求に対する反論準備等の負担を強いられるなどして精神的苦痛を受けたことは否定することができない。」と述べ,被告人の言い分を無視して行うことができない刑事弁護の本質についての慎重な配慮を欠いた軽率な行為であり,その発言にも不適切な点があった点を認めていること,及び,原告となった光市母子殺害事件弁護団の弁護士が名誉感情を害され,また,多数の懲戒請求に対する反論準備等の負担を強いられるなどして精神的苦痛を受けたことは否定できない点を認めていることに,まずもって留意すべきである。
社会的な注目を集める刑事事件の場合,その弁護活動もまた社会の注目を浴びることとなるから,その当否について国民から批判的意見を含めて様々な意見が出されること一般については表現の自由の保障の範囲内にあることは当然のことである。
また,弁護士法58条所定の懲戒請求権は,その懲戒権の適正な発動と公正な運用を担保するため,弁護士が公益的役割も果たしていることから広く一般の人々に対し権利として認められているものではある。
しかし,他方において,最判平成19年4月24日(民集61巻3号1102頁)は,会員に対する懲戒請求をする者は,懲戒請求を受ける会員の利益が不当に侵害されることがないように,会員に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務があると判示している。会員に対する懲戒請求は,刑事事件の告訴・告発の制度に類似する側面があり,懲戒請求を受けた会員は,根拠のない請求により名誉,信用等を不当に侵害されるおそれがあり,また,その弁明を余儀なくされる負担を負うことになるからであり,本判決により,弁護士懲戒制度の趣旨が市民に正しく理解されることを,改めて期待するものである。
有罪の判決が確定するまでは被告人を無罪と推定する「無罪推定の原則」は,近代刑事手続における普遍的な大原則である。この原則により,被疑者・被告人の防御権は,憲法及び刑事訴訟法により保障されており,この防御権行使を担保するために,憲法は,弁護人依頼権を保障している。被疑者・被告人にも自己決定権があり,弁護人は,被疑者・被告人の意思に反してこれに不利益な弁護活動をすることはできない。それゆえ,本判決も,そもそも「刑事事件における弁護人の弁護活動は,被告人の言い分を無視して行うことができないことをその本質とするものであって,被告人の言い分や弁護人との接見内容等を知ることができない場合には,憶測等により当該弁護活動を論難することには十分に慎重でなければならない」と述べており,この点は評価できるものである。
もっとも,本判決が,「第1審原告らは,社会の耳目を集める本件刑事事件の弁護人であって,その弁護活動が,重要性を有することからすると,社会的な注目を浴び,その当否につき国民による様々な批判を受けることはやむを得ないものといえる。」とし,「第1審原告らの弁護人としての社会的立場・・・等を総合考慮すると,本件呼び掛け行為により第1審原告らの被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいい難く」と判示した点は,刑事弁護について十分に理解しているとは言い難い。
犯罪の嫌疑をかけられた被疑者・被告人について,犯罪を犯したことに間違いがないかどうか,不当な身体拘束がなされていないかどうか等これらの者の防御をなす弁護人の役割を担うのは弁護士である。重大刑事事件においては弁護人がいなければ公判を開廷できないこともあって,弁護士であれば社会的な注目を集める事件の被疑者・被告人の弁護人となることもあるが,前述のような被疑者・被告人の防御を果たす刑事弁護活動の重要性は,事件によって変わるものではない。刑事弁護を担当する弁護士の立場からすれば,本判決に指摘されているような社会的な注目を集める刑事事件の弁護人であるがゆえに,必ずしも的を得ない批判に対しても受忍限度が広がるがごとき判断は,刑事事件における弁護人の役割を正しく理解していないといわざるをえない。
当会としては,本判決を契機に,改めて会員が担う刑事弁護人の本質と役割,及び弁護士懲戒制度について,広く市民に正しく十分に理解されることを期待するものである。
以上
広島弁護士会
会長 水中誠三
本年7月15日,最高裁判所は,光市母子殺害事件弁護団への懲戒呼び掛け行為に基づく損害賠償請求事件について,同懲戒呼び掛け行為によって同弁護団員が被った「精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとはまではいい難く,これを不法行為法上違法なものであるということはできない」旨判示して,同弁護団員からの懲戒呼び掛け行為を行った者に対する損害賠償請求を棄却する判決(以下「本判決」という)を言い渡した。
本判決は,あくまで本件懲戒呼び掛け行為について,不法行為上の違法性までは認めなかったものの,「刑事弁護活動の根幹に関わる問題について,その本質についての十分な説明をしないまま,・・・多数の視聴者が懲戒請求をすれば懲戒の目的が達せられる旨の発言をするなどして視聴者による懲戒請求を勧奨する本件呼び掛け行為に及んだことは,上記の問題の重要性についての慎重な配慮を欠いた軽率な行為であり,その発言の措辞にも不適切な点があったといえよう。そして,第1審原告らについて,それぞれ600件を超える多数の懲戒請求がされたことにより,第1審原告らが名誉感情を害され,また,上記懲戒請求に対する反論準備等の負担を強いられるなどして精神的苦痛を受けたことは否定することができない。」と述べ,被告人の言い分を無視して行うことができない刑事弁護の本質についての慎重な配慮を欠いた軽率な行為であり,その発言にも不適切な点があった点を認めていること,及び,原告となった光市母子殺害事件弁護団の弁護士が名誉感情を害され,また,多数の懲戒請求に対する反論準備等の負担を強いられるなどして精神的苦痛を受けたことは否定できない点を認めていることに,まずもって留意すべきである。
社会的な注目を集める刑事事件の場合,その弁護活動もまた社会の注目を浴びることとなるから,その当否について国民から批判的意見を含めて様々な意見が出されること一般については表現の自由の保障の範囲内にあることは当然のことである。
また,弁護士法58条所定の懲戒請求権は,その懲戒権の適正な発動と公正な運用を担保するため,弁護士が公益的役割も果たしていることから広く一般の人々に対し権利として認められているものではある。
しかし,他方において,最判平成19年4月24日(民集61巻3号1102頁)は,会員に対する懲戒請求をする者は,懲戒請求を受ける会員の利益が不当に侵害されることがないように,会員に懲戒事由があることを事実上及び法律上裏付ける相当な根拠について調査,検討をすべき義務があると判示している。会員に対する懲戒請求は,刑事事件の告訴・告発の制度に類似する側面があり,懲戒請求を受けた会員は,根拠のない請求により名誉,信用等を不当に侵害されるおそれがあり,また,その弁明を余儀なくされる負担を負うことになるからであり,本判決により,弁護士懲戒制度の趣旨が市民に正しく理解されることを,改めて期待するものである。
有罪の判決が確定するまでは被告人を無罪と推定する「無罪推定の原則」は,近代刑事手続における普遍的な大原則である。この原則により,被疑者・被告人の防御権は,憲法及び刑事訴訟法により保障されており,この防御権行使を担保するために,憲法は,弁護人依頼権を保障している。被疑者・被告人にも自己決定権があり,弁護人は,被疑者・被告人の意思に反してこれに不利益な弁護活動をすることはできない。それゆえ,本判決も,そもそも「刑事事件における弁護人の弁護活動は,被告人の言い分を無視して行うことができないことをその本質とするものであって,被告人の言い分や弁護人との接見内容等を知ることができない場合には,憶測等により当該弁護活動を論難することには十分に慎重でなければならない」と述べており,この点は評価できるものである。
もっとも,本判決が,「第1審原告らは,社会の耳目を集める本件刑事事件の弁護人であって,その弁護活動が,重要性を有することからすると,社会的な注目を浴び,その当否につき国民による様々な批判を受けることはやむを得ないものといえる。」とし,「第1審原告らの弁護人としての社会的立場・・・等を総合考慮すると,本件呼び掛け行為により第1審原告らの被った精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えるとまではいい難く」と判示した点は,刑事弁護について十分に理解しているとは言い難い。
犯罪の嫌疑をかけられた被疑者・被告人について,犯罪を犯したことに間違いがないかどうか,不当な身体拘束がなされていないかどうか等これらの者の防御をなす弁護人の役割を担うのは弁護士である。重大刑事事件においては弁護人がいなければ公判を開廷できないこともあって,弁護士であれば社会的な注目を集める事件の被疑者・被告人の弁護人となることもあるが,前述のような被疑者・被告人の防御を果たす刑事弁護活動の重要性は,事件によって変わるものではない。刑事弁護を担当する弁護士の立場からすれば,本判決に指摘されているような社会的な注目を集める刑事事件の弁護人であるがゆえに,必ずしも的を得ない批判に対しても受忍限度が広がるがごとき判断は,刑事事件における弁護人の役割を正しく理解していないといわざるをえない。
当会としては,本判決を契機に,改めて会員が担う刑事弁護人の本質と役割,及び弁護士懲戒制度について,広く市民に正しく十分に理解されることを期待するものである。
以上