声明・決議・意見書

会長声明2015.05.18

災害対策を理由とした「国家緊急権」の創設に反対する会長声明

広島弁護士会
会長 木村 豊

第1 声明の趣旨
当会は,災害対策を理由にした「国家緊急権」の創設に反対する。
第2 声明の理由
1 現在,災害対策を理由のひとつとして,憲法改正による緊急事態条項,すなわち「国家緊急権」の新設が,超党派で議論されている。
ここに「国家緊急権」とは,「戦争,内乱,恐慌,大規模な自然災害など平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において,国家権力が,国家の存立を維持するために,憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限」とされる。
国家緊急権は,行政府への強度の権力集中と基本的人権の制限を内容とするため,政府は「緊急事態宣言」の旗印の下に,国会での議論を経ることなく市民の権利を制限し,義務を課すことが可能になるのであって,国家権力を抑制して,市民の自由を保障する立憲主義を破壊する大きな危険性を孕んでいる。
2 災害対策についてみれば,現行法制の下で,以下のとおりの対応が可能である。
まず,内閣総理大臣は,非常災害が発生した際,災害緊急事態を布告し(災害対策基本法105条),生活必需物資等の授受の制限,価格統制,及び債務支払の延期等を決定できる(同法109条1項)ほか,必要に応じて地方公共団体等に必要な指示ができるなど(大規模地震対策特別措置法13条1項),内閣総理大臣への権限集中を定めた規定が既に存在する。
また,防衛大臣が,災害に際して部隊を派遣できる規定もある(自衛隊法83条)。
さらに,都道府県知事の強制権(災害救助法7~10条等),市町村長の強制権(災害対策基本法59,60条,63~65条等)など,地方自治体においても,私人の権利を一定範囲で制限する規定も設けられている。
以上からすれば,あえて立憲主義を脅かすような「国家緊急権」を新たに創設しなくとも,既に制定されている法律を正しく適用することによって,災害に対応することが十分可能である。
3 むしろ、災害発生のような緊急時における対応として必要なのは,憲法秩序を一時停止して非常措置を採ることを内容とする「国家緊急権の制定」などではなく,災害に対する地に足をつけた事前準備を日頃から十分に尽くしておくことである。
我々は,このことを,阪神・淡路大震災や東日本大震災をはじめとする多くの災害から経験として学んできた。
当会も,豪雨災害としては未曾有の被害をもたらした平成26年8月発生の広島市豪雨災害において,事前準備の重要性を痛感した。同災害では,事後の検証において,地域防災計画の不備及び地域防災計画どおりに対応できなかったことに基づく避難勧告の遅れ,さらには災害警戒区域の設定等に問題があったことなどが指摘されている。これらの指摘は,災害への対策として必要なのは,憲法秩序を一時停止して非常措置を採ることなどではなく,既存の法制度に基づいて,平時よりこれに対する準備を十分に行うことであることを物語っている。
4 したがって,豪雨災害を経験した当会は,憲法秩序を一時停止して非常措置を採ることを内容とする「国家緊急権」は,災害対策として必要ないことをここに確認し,緊急事態の名のもとに,市民の権利を安易に制限する「国家緊急権」の創設に反対するものである。

以上