会長声明2018.04.12
生活保護法改正案の一部について削除を求める会長声明
広島弁護士会
会長 前川秀雅
1 声明の趣旨
当会は,生活保護法63条に基づく費用返還債権について「国税徴収の例により徴収することができる」ものとする生活保護法改正案77条の2,同返還債権について保護費からの天引き徴収を可能とする生活保護法改正案78条の2は,生活保護利用者の生存権を侵害する重大な危険を孕むものであるから削除することを求める。
2 声明の理由
(1)改正点
平成30年2月9日,生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改める法律案が国会へ提出された。同法律案には,生活保護法の一部を改正する案も含まれている。
同法律案によれば,生活保護法63条に基づく費用返還債権(以下「63条返還債権」という。)については「国税徴収の例により徴収することができる」とされる(改正案77条の2)。かかる改正がなされると,63条返還債権について,生活保護法78条が定める不正受給に関する徴収債権(以下「78条徴収債権」という。)と同様に滞納処分が可能となるうえ,経済的再生を目指して破産手続を利用したとしても,租税等の債権として非免責債権となり,免責許可決定が確定してもその支払義務は残存することになる(破産法97条4号,253条1項1号)。
また,63条返還債権について,生活保護受給者の申出により生活保護費からの天引きをすることが可能とされている(改正案78条の2)。
(2)破産法の免責制度の趣旨に反する改正
前述のとおり,改正案77条の2によると,63条返還債権は非免責債権となる。
破産による免責制度とは,債権者による債権の請求から債務者を解放することによって,債務者の経済的再生を図り,人間の尊厳を確保するためのものであるから,不誠実な行為を行っていない破産者(債務者)については,その更生のために積極的に免責を付与すべきものとされている。したがって,免責の効果が及ばない非免責債権を新たに創設することには慎重さが求められ,その合理性や必要性が厳格に問われなければならない。
78条徴収債権が非免責債権化されたのは,平成25年の生活保護法改正で78条4項が追加されたことによって,不正受給に関する徴収債権は「国税徴収の例により徴収することができる」とされたことによる。この点については,租税債権が破産法253条1項1号によって非免責債権とされている理由が国庫の収入確保という徴税政策上の要求に基づくことからすると,不正受給に関する徴収債権を租税債権と同視することには疑問の余地もある。もっとも,78条徴収債権は,「不実の申請その他不正な手段により保護を受け」るなど債務者に不誠実な行為と言い得るところがある点において,非免責債権である「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」(同条項2号)に類似していることから,非免責債権とすることに一応の合理性を見いだす余地があったといえる。
しかし,63条返還債権は,不動産等換価困難な財産を保有している困窮者が,緊急の事情により生活保護を受給した際,生活保護開始決定後に財産換価がなされ,それまでに受けていた生活保護費用を償還する場合や,実施機関の過誤払いにより支払いすぎた生活保護費の返還をする場合など不当利得返還請求権としての性格を有する債権であり(東京地裁平成22年10月27日判決参照),78条徴収債権とは本質が全く異なり,基本的には債務者に全く不誠実な行為がない場合である。
これを78条徴収債権と同様に非免責債権化することは,不誠実な行為を行っていない破産者について,その更生のために積極的に免責を付与するという免責制度の趣旨に真っ向から反する。このような免責制度の根幹にかかわる変更を破産法ではなく生活保護法の改正によって行うことも大きな問題である。
この改正がなされれば,破産・免責申立を行った生活保護利用者や,任意に生活費以外の支出ができるだけの生活状況にない生活保護利用者の経済生活の更生,自立を阻害するのは明らかである。
(3)63条返還債権に関する問題のある運用が増加するおそれ
63条返還債権は,実務上全額返還とされている78条徴収債権とは異なり,支給した生活保護費が家財道具や介護用品の購入等その世帯の自立更生に資する使途に充てられるのであれば柔軟に返還免除が認められ得る性質のものである(生活保護手帳別冊問答集問13-5)。
しかしながら,実務の現状としては,福祉事務所がこうした返還免除の検討をすることなく安易に全額の返還決定をする例が多く,かかる返還決定を違法と断ずる裁判例も多数存在する(大阪高裁平成25年11月13日判決,福岡地裁平成26年2月28日判決,福岡地裁平成26年3月11日判決,東京地裁平成29年2月1日判決)。
このように,実際に問題視され,裁判となって是正されているのは氷山の一角であると考えられる。今回の法改正が実現すると,違法な63条返還決定が是正されないまま,預貯金を差し押さえる等によって全額返還を強制される事態が頻発することが懸念される。
これに加えて,支給する生活保護費から天引き徴収を可能とするのであれば,これまで度重なる生活保護基準の引下げにより,健康で文化的な最低限度の生活を営むことさえ困難となっている生活保護利用者をさらに追い込み,生活保護利用者の生存権を脅かすものであって,憲法25条に違反するものと言わざるを得ない。
(4)まとめ
以上のとおり,63条返還請求を「国税徴収の例により徴収することができる」ものとし,保護費からの天引き徴収を可能とする生活保護法改正案77条の2及び78条の2は,生活保護利用者の生存権を侵害する重大な危険を孕むものであるから削除されるべきである。
以上
広島弁護士会
会長 前川秀雅
1 声明の趣旨
当会は,生活保護法63条に基づく費用返還債権について「国税徴収の例により徴収することができる」ものとする生活保護法改正案77条の2,同返還債権について保護費からの天引き徴収を可能とする生活保護法改正案78条の2は,生活保護利用者の生存権を侵害する重大な危険を孕むものであるから削除することを求める。
2 声明の理由
(1)改正点
平成30年2月9日,生活困窮者等の自立を促進するための生活困窮者自立支援法等の一部を改める法律案が国会へ提出された。同法律案には,生活保護法の一部を改正する案も含まれている。
同法律案によれば,生活保護法63条に基づく費用返還債権(以下「63条返還債権」という。)については「国税徴収の例により徴収することができる」とされる(改正案77条の2)。かかる改正がなされると,63条返還債権について,生活保護法78条が定める不正受給に関する徴収債権(以下「78条徴収債権」という。)と同様に滞納処分が可能となるうえ,経済的再生を目指して破産手続を利用したとしても,租税等の債権として非免責債権となり,免責許可決定が確定してもその支払義務は残存することになる(破産法97条4号,253条1項1号)。
また,63条返還債権について,生活保護受給者の申出により生活保護費からの天引きをすることが可能とされている(改正案78条の2)。
(2)破産法の免責制度の趣旨に反する改正
前述のとおり,改正案77条の2によると,63条返還債権は非免責債権となる。
破産による免責制度とは,債権者による債権の請求から債務者を解放することによって,債務者の経済的再生を図り,人間の尊厳を確保するためのものであるから,不誠実な行為を行っていない破産者(債務者)については,その更生のために積極的に免責を付与すべきものとされている。したがって,免責の効果が及ばない非免責債権を新たに創設することには慎重さが求められ,その合理性や必要性が厳格に問われなければならない。
78条徴収債権が非免責債権化されたのは,平成25年の生活保護法改正で78条4項が追加されたことによって,不正受給に関する徴収債権は「国税徴収の例により徴収することができる」とされたことによる。この点については,租税債権が破産法253条1項1号によって非免責債権とされている理由が国庫の収入確保という徴税政策上の要求に基づくことからすると,不正受給に関する徴収債権を租税債権と同視することには疑問の余地もある。もっとも,78条徴収債権は,「不実の申請その他不正な手段により保護を受け」るなど債務者に不誠実な行為と言い得るところがある点において,非免責債権である「悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権」(同条項2号)に類似していることから,非免責債権とすることに一応の合理性を見いだす余地があったといえる。
しかし,63条返還債権は,不動産等換価困難な財産を保有している困窮者が,緊急の事情により生活保護を受給した際,生活保護開始決定後に財産換価がなされ,それまでに受けていた生活保護費用を償還する場合や,実施機関の過誤払いにより支払いすぎた生活保護費の返還をする場合など不当利得返還請求権としての性格を有する債権であり(東京地裁平成22年10月27日判決参照),78条徴収債権とは本質が全く異なり,基本的には債務者に全く不誠実な行為がない場合である。
これを78条徴収債権と同様に非免責債権化することは,不誠実な行為を行っていない破産者について,その更生のために積極的に免責を付与するという免責制度の趣旨に真っ向から反する。このような免責制度の根幹にかかわる変更を破産法ではなく生活保護法の改正によって行うことも大きな問題である。
この改正がなされれば,破産・免責申立を行った生活保護利用者や,任意に生活費以外の支出ができるだけの生活状況にない生活保護利用者の経済生活の更生,自立を阻害するのは明らかである。
(3)63条返還債権に関する問題のある運用が増加するおそれ
63条返還債権は,実務上全額返還とされている78条徴収債権とは異なり,支給した生活保護費が家財道具や介護用品の購入等その世帯の自立更生に資する使途に充てられるのであれば柔軟に返還免除が認められ得る性質のものである(生活保護手帳別冊問答集問13-5)。
しかしながら,実務の現状としては,福祉事務所がこうした返還免除の検討をすることなく安易に全額の返還決定をする例が多く,かかる返還決定を違法と断ずる裁判例も多数存在する(大阪高裁平成25年11月13日判決,福岡地裁平成26年2月28日判決,福岡地裁平成26年3月11日判決,東京地裁平成29年2月1日判決)。
このように,実際に問題視され,裁判となって是正されているのは氷山の一角であると考えられる。今回の法改正が実現すると,違法な63条返還決定が是正されないまま,預貯金を差し押さえる等によって全額返還を強制される事態が頻発することが懸念される。
これに加えて,支給する生活保護費から天引き徴収を可能とするのであれば,これまで度重なる生活保護基準の引下げにより,健康で文化的な最低限度の生活を営むことさえ困難となっている生活保護利用者をさらに追い込み,生活保護利用者の生存権を脅かすものであって,憲法25条に違反するものと言わざるを得ない。
(4)まとめ
以上のとおり,63条返還請求を「国税徴収の例により徴収することができる」ものとし,保護費からの天引き徴収を可能とする生活保護法改正案77条の2及び78条の2は,生活保護利用者の生存権を侵害する重大な危険を孕むものであるから削除されるべきである。
以上