声明・決議・意見書

総会決議2011.02.25

司法修習生の修習資金貸与制を廃止し、給費制の復活を求める決議

広島弁護士会

第1 決議事項
当会は、国に対し、平成23年11月1日から司法修習生に対し実施される修習資金を国が貸与する制度を廃止し、恒久的に給費制を復活させることを求める。

第2 提案理由
1. 給費制延長に関する裁判所法再改正の経緯
平成22年11月26日、司法修習生に対する貸与制の施行を1年間延期する「裁判所法の一部を改正する法律」が国会で可決、成立した。これにより、新64期及び現行65期司法修習生については、従来どおり、国庫より一定額の給与が支給されることとなった。
また、上記法改正について衆議院において附帯決議がなされており、これによれば、政府及び最高裁判所に対して「改正後の裁判所法附則第四項に規定する日(平成23年10月31日)までに、個々の司法修習終了者の経済的な状況等を勘案した措置の在り方について検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずること。法曹の養成に関する制度の在り方全体について速やかに検討を加え、その結果に基づいて順次必要な措置を講ずること。」につき、格段の配慮が求められている。

2. 平成16年裁判所法改正後の実情
(1)司法試験合格者数の低迷
当初、貸与制導入の大きな理由のひとつとして、司法試験合格者数を平成22年には年間3000人にすることを目指すという法曹人口の急激な増大等による財政的支出の拡大への懸念が挙げられていた。しかしながら、実際には、司法試験合格者数は、その想定を大きく下回っている。旧司法試験も含めた司法試験合格者数は、平成20年度は2209人、平成21年度は2135人、平成22年度は2133人にとどまっている。
(2) 多大な費用による法曹希望者の困窮
法科大学院の費用として、入学金がおおむね20万円から30万円、年間授業料が80万円から130万円、教材購入等その他の負担も年間20万円から30万円を要する。それに加え、社会人入学者の中には、家族の生活を支えなければならない者もいる。法科大学院で学ぶということは、1000万円もの費用を負担する決意を必要としていることになる。
また、法科大学院生は、短期間で新司法試験に合格するため、学習にほぼ全ての時間を費やすことから、アルバイトなどを行うことは難しく、奨学金などの借金によりこれらの費用をまかなっている。平成22年12月に新しく弁護士登録をした新63期司法修習生の内、過半数の者が奨学金や教育ローンなどの借入れを法科大学院在学中に利用していた。また、その借入平均額はおよそ320万円に達していた。中には、1000万円を超える借入れをした者もいた。
そして、司法試験合格後、司法修習中は、司法修習生は職務専念義務を負うため、アルバイトさえ行うことができない。更に、司法修習生には厳しい就職状況が待っている。すなわち、近年の急激な法曹人口の増加等により、弁護士事務所への就職が困難になっているうえ、公務員・企業内弁護士など他分野への進出も、現状では増員に見合うものにはなっていない。また、裁判官、検察官の採用も一定時期より減少している状況にある。このような状況の中で、新司法試験の合格率が低迷しているため、法科大学院卒業後、司法試験に合格するまでの間、しばらく期間を要する受験生も存在し、1年間の司法修習中の生活費に加え、いわゆる浪人中の生活費も必要ということになる。
平成22年11月開始の新64期司法修習は、採用申込締切時は給費制延長が未定であったことから、新司法試験に合格しても、貸与制で借金を重ね、生活が苦しくなる不安を持ち、司法修習生採用申込をあきらめたり、司法修習中の生活費をアルバイトでまかなうために申込を1年間遅らせた者もいる。
このように、すでに貸与制が新しく法曹となろうとする者の進路に悪影響を与える現実が現れている。
法科大学院を設置するにあたり、経済的な理由による入学者に配慮するということが、司法制度改革審議会における意見書においても指摘されていたが、司法修習にあたっても、経済的理由により修習を行うことが困難にならないように配慮する必要がある。

3. 司法修習生に対する給費制の役割及び廃止に伴う弊害
司法修習生に対する給費制は、法曹になるための公平な機会の確保、有為な人材の育成、司法修習への専念、多様かつ重要な修習への参加支援、公共心の醸成された人材の育成、そして、司法修習後の社会への貢献・還元という諸点からも極めて重要な役割を果たしてきた。
司法修習制度は、法曹三者を養成するための制度である。この法曹三者の内、弁護士は、民間に属する者とされる。しかし、憲法上は、司法制度の一翼を担う存在として、具体的には公的職務活動の一部として、刑事被疑者・被告人のみならず、抑留・拘禁された者に対する弁護活動を行う責務が明記されている。このような性格を有する弁護士は、公の存在としてとらえるべきであり、その養成は、裁判官及び検察官と同様に考える必要がある。
そして、給費制は、現行司法修習制度の下、法曹の公共性を制度的に担保する役割を歴史的に果たしてきた。裁判官、検察官という官職に就く者はもちろんのこと、権力をチェックする立場である在野法曹たる弁護士となろうとする者も、同一の司法修習を受け、司法の最前線を経験して初めてその職に就くことができるという考えから、司法修習生には司法修習の専念義務が課せられている。司法修習生は、その司法修習中、生活のための給与支給を受けることにより、経済的負担が軽減され、司法修習に専念義務を果たすことができたのである。このように、給費制の下に行われてきた司法修習は、貧富の差を問わず広く門戸を開き、多様な人材を、裁判官、弁護士及び検察官として輩出してきた。このような制度は、非常に高く評価すべきであり、また、将来もそのようでなくてはならない。司法制度改革審議会も「資力のない人、資力が十分でない者」が法曹となる機会を求めている。
給費制が廃止されれば、21世紀の司法を支えるにふさわしい資質・能力を備えた人材が、経済的事情から法曹への道を断念する事態も予想され、その弊害は極めて大きい。現在問題となっている格差社会が法曹の世界にも発生する危険性が高まる。

4. 給費制延長を実現した世論の高まり
これまでに述べたとおり、給費制は、国民にとって必要な法曹を育成する手段として必須のものである。この給費制の性格及び司法修習生の現状については、弁護士会内部だけで検討するのではなく、広く国民にその意義を知ってもらう必要がある。
そこで、市民参加による給費制延長に賛同する動きが高まった。まず、平成22年6月に、法科大学院生・修了生・司法修習生・若手法律家による全国ネットワークで「ビギナーズ・ネット」が発足した。また、同時期に、貸与制阻止と司法修習生に対する給費制存続実現のために、市民団体「司法修習生に対する給与の支給継続を求める市民連絡会」が発足した。これら団体を中心とした給費制維持・貸与制廃止に向けた活動は、貸与制に関する裁判所法施行までわずかな期間しかなかったにもかかわらず、圧倒的な広がりを見せた。全国各地での署名活動、街頭宣伝活動、シンポジウム・市民集会の開催、政党・国会議員への要請活動を継続して行ってきた。そして、平成22年9月までに、全国から、およそ68万筆もの署名が集まった。これほど多くの国民が、法曹育成には給費制が不可欠であるという意見に賛同したのである。この世論の高まりを、関係各機関は真摯に受け止めなければならない。

5. 結論
以上のとおり、法曹は、我が国の司法制度を支える公共的基盤である。この基盤を、給費制により育成することは、国民が、将来にわたって、あまねく司法サービスを受けるために、必要不可欠である。
よって、当会は、国に対し、修習資金貸与制を廃止し、恒久的に給費制を復活させることを求める。

以上