声明・決議・意見書

総会決議2013.02.22

秘密保全法制の制定に反対する決議

広島弁護士会

決議事項
当会は,秘密保全法制は,国民主権原理から要請される知る権利を侵害するなど,憲法上の諸原理と正面から衝突するものであり,立法を必要とする理由もないから,同法制を制定する法案が国会へ提出されないよう強く求める。

提案理由
第1 秘密保全法制を巡るこれまでの経過
1 2010年12月,政府は,「政府における情報保全に関する検討委員会」を設置した。
2011年1月より,上記検討委員会は,研究者等で構成された「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」を6回にわたり開催した。
2011年8月8日,上記有識者会議は,「秘密保全のための法制の在り方について(報告書)」(以下「有識者報告書」という)を公表した。
2011年10月7日,上記検討委員会は,有識者報告書を十分に尊重した上で,秘密保全法制の法案化作業を進めることを決定した。
2 しかし,有識者報告書が,緊急な整備が必要であるとする秘密保全法制は,行政機関が国家の存立にとって重要と考える情報を,当該行政機関自らが「特別秘密」に指定し,人的管理や刑罰によって保全する制度である。かかる法制は,詳細は第2で述べるとおり,憲法上多くの重大な問題を孕んでいるし,これを必要とする立法事実の存在も認められない。
3 そのため,2012年2月8日,当会は,秘密保全法制の制定に反対し,法案が国会へ提出されないよう強く求める旨の会長声明を発表した。また,当会のみならず,日本弁護士連合会も2012年5月の定期総会において,「秘密保全法制に反対する決議」を可決し,本日まで,全国の全ての単位会や7つの連合会が法案提出に反対する決議や会長(理事長)声明を発表するなどしている。
それにもかかわらず,政府は法案化作業を進め,既に法案が完成しているとも言われており,政権交代にかかわらず,本年1月から開催中の通常国会へ法案が提出される可能性がある。
そこで,決議案の趣旨記載の決議を行い,広島弁護士会が秘密保全法制の制定に反対することを改めて強く示す必要がある。
第2 秘密保全法制の問題点
1 広範な「特別秘密」
秘密保全法制の対象となる「特別秘密」は,①国の安全,②外交,③公共の安全及び秩序の維持の分野を対象に,当該秘密を保有している当の行政機関自身が指定するとされている。
このように行政機関が,曖昧,不明確な文言にもとづいて指定することになれば,行政機関の違法行為や福島第一原発事故の際に隠蔽されたような原発事故に関する情報などが,無限定に特別秘密とされるおそれがあり,恣意的な判断に基づく情報隠しが可能となる。
したがって,秘密保全法制は,政府や官僚にとって都合の悪い情報を隠し続けることを容易にすることによって,国民が政策の当否を判断するために必要な情報などの流通を阻害し、もって国民の知る権利を制限するものであるといえる。
2 人的管理「適性評価制度」の問題点
適性評価制度は,秘密情報を取り扱わせようとする者について,日ごろの行いや取り巻く環境を調査し,対象者自身が秘密を漏えいするリスクや,対象者が外部からの漏えいの働きかけに応ずるリスクの程度を評価することにより,秘密情報を取り扱う適性の有無を判断する制度である。
調査対象者の範囲は,特別秘密を作成・取得する業務,あるいはその作成・取得の趣旨に従い特別秘密の伝達を受ける業務に従事する者等であり,行政機関職員にとどまらず,独立行政法人,地方公共団体,民間事業者・大学に勤務する者も含まれる。
調査事項は,渡航歴,信用状態,薬物・アルコールの影響,精神の問題に係る通院歴,我が国の利益を害する活動(暴力的な政府転覆活動,外国情報機関による情報収集活動,テロリズム等)への関与など広汎に渡っており,特に,我が国の利益を害する活動は,抽象的であり,行政機関の恣意的判断により,個人の政治活動や組合活動,更に思想・信条にまで踏み込んだ調査がなされる危険性がある。
さらに,対象者自身のみならず,同人の身近にあって対象者の行動に影響を与えうる者についても,調査することが考えられるとされている。
このように適性評価制度は,プライバシー権や思想・信条の自由等の侵害,差別的取扱いや市民を監視の下におく危険性のほか,現実には調査を拒絶することは困難で,評価基準が秘匿され,適性評価の結果を争うことが事実上不可能であるなど適正手続との関係でも重大な問題を孕んでいる。
3 罰則の問題点
秘密保全法制は,「特別秘密」の漏えい行為等を処罰し,もってその機密保持の徹底を図ろうとしている。
しかし,「特別秘密」の要件が過度に広範でかつ不明確であり,国民はそもそも如何なる情報が「特別秘密」として漏えい禁止の対象であるかを認識できず,何が処罰されるかについても予測することが困難である。
しかも,故意の漏えい行為のみならず,過失による漏えい行為のほか,漏えい行為の未遂や共謀,独立教唆及び煽動,特定取得行為とその共謀,独立教唆,煽動についても処罰しようとしている。いずれも,ただでさえ過度に広範で不明確な処罰範囲の外延をさらに不明瞭にするものである。
秘密保全法制が定めようとする罰則は憲法31条の罪刑法定主義の観点からも重大な問題があり,国民の表現の自由を過剰に萎縮させることになる。
さらに,法定刑の上限を,最長で懲役10年にすることも考えられるとされている。国家公務員法の秘密漏えいに対する最高刑が懲役1年であることと比較すると,著しい重罰化がなされることになり,秘密保全法制による刑罰の対象となる公務員,報道関係者,市民活動家などに対する威嚇以外の何物でもないと言わなければならない。
このように罰則についても多数の問題があるが,秘密保全法制に違反して起訴された場合の刑事裁判では,肝心の「特別秘密」は法廷には提出されないから,実質的な弁護を行うことができず,憲法で保障された裁判を受ける権利,裁判の公開原則にも反することになる。
4 知る権利を侵害し,国民主権・民主主義の基盤を危うくすること
国民の知る権利は国民主権と民主主義制度の基盤であり,取材の自由,報道の自由はこれに資するものとして,憲法で保障されている。
ところが,上記のように,特別秘密の要件自体が過度に広範かつ不明確である上,共犯処罰規定が設けられていることからすれば,処罰対象が無限定に広がりかねず「特別秘密」に接近する取材行為も処罰対象になりうる。
そのため,取材者は,自身の取材活動が処罰対象となるかを予測できないまま取材をすることとなり,処罰を避けるためには,結果的に取材そのものを控えざるを得ない。罰則規定による取材の自由や報道の自由に対する萎縮効果は計り知れない。
このような取材の自由や報道の自由の侵害は,国民の知る権利に重大な影響を及ぼすものであり,国民主権及び民主主義の基礎を危うくするものといえる。
5 立法事実が存在しないこと
有識者会議の報告書において,立法の必要性に関して報告された過去の情報漏えい事案は,漏洩問題が発生したときに,発生原因の解消策が検討され,罰則規定の強化も図られ,既に対応された事例である。そして,これらの事案と同様な事例については,現在規定されている,国家公務員法,自衛隊法,日米刑事特別法,MSA秘密保護法等の法律によって十分対応可能である。
したがって,これらの事案は,上記のような多数の問題点を抱える秘密保全法制の制定の必要性の根拠となりうるものではない。また,現在,防衛や外交に関する情報を含めて,保護されるべき秘密は,上記各法律によって保護されており,これ以上の処罰範囲を拡大する理由は,見いだせないものである。

第3 結語
いま我が国に必要なのは情報公開の推進である。これこそが,重要な国政に関する国民の議論を活性化させ,民主主義の発展に寄与する。また,情報公開度の高さは国の政治の透明度の高さを世界に示すものであり,国家間の相互信頼を築く上で重要な役割を果たす。現在なされるべきは,国民が主権者として判断するための積極的な情報公開とそのための情報公開法の早期改正である。
広島弁護士会は,日本国憲法の諸原理を尊重する立場から,秘密保全法制の制定に反対し,法案が国会へ提出されないよう強く求めるものである。

以上