声明・決議・意見書

意見書2013.09.17

「特定秘密の保護に関する法律案の概要」に対する意見書(前半)

内閣官房
内閣情報調査室 御中

広島弁護士会
会長 小野裕伸

第1 意見の趣旨

1 意見募集期間を2ヶ月に延長すべきである。

2 当会は,特定秘密の保護に関する法律案(以下「本件法案」という)は,国民主権原理から要請される知る権利を侵害するなど,憲法上の諸原理と正面から衝突するものであり,立法を必要とする理由もないから,本件法案の国会への提出に反対する。

第2 意見の理由

1 意見募集期間が異常に短いことの問題性

2013年9月3日,内閣官房は,本件法案の概要を国民に明らかにし,意見提出期限を2013年9月17日とする,本件法案の概要について意見募集を開始した。
本件法案は,2012年5月25日,当連合会が公表した「秘密保全法制に反対する決議」で詳細に指摘したとおり,国民主権その他憲法原理との抵触が問題になる法案である。このような重要法案が国会に提出されることをこれまでほとんどの国民は知らなかったのであるから,政府が真に国民の考えに耳を傾けるつもりがあるのなら,通常の意見募集期間である1ヵ月以上の期間を定めて意見募集すべきである。ことの重大性を承知していながら,2週間しか意見募集期間を設けないことは,国民が深く考える時間を与えず,国民の考えを広く聞くことなく,立法化を進めることを宣言しているのと同じである。これは,国民主権原理を真っ向から否定するものである。
ことの重大性に鑑み,政府は,意見募集期間を2ヶ月間に訂正し延長すべきである。

2 立法事実がないこと

本件法案は国民主権原理や国民の憲法上の権利などに影響するものであるから,その立法事実の有無は厳格に検討されなければならない。
この点,秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議は,2011年8月8日,秘密保全法制を制定すべきとする報告書を公表した(以下「報告書」)。報告書において制定すべきとされた秘密保全法制は,本件法案の原型となるものであり,立法事実として,過去の情報漏えい事件を挙げていた。
その報告書において取り上げられた過去の情報漏えい事案を見ても,実刑に処せられたのは懲役10月に処せられたボガチョンコフ事件だけであるし,後記4で指摘する本件法案の適性評価制度において調査が予定されているような事由が原因となって,情報漏えいがなされたとされる事案はない。また,過去の情報漏洩事件については,秘密の物的管理の対応がなされており,現在の秘密保護のシステムで特に不十分であるとは思われず,本件法案のような新たな秘密保護法制を定める必要はない。
よって,過去の情報漏えい事件からして,本件法案が予定する懲役10年という懲役刑を新たに設ける必要はないし,過去の漏えい事件の原因は,本件法案が予定する適性評価制度で漏えいが防止できるものでもないから,本件法案に立法事実はない。

3 「特定秘密」について

本件法案概要では,「特定秘密」の対象について,①防衛,②外交,③外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止,④テロ活動防止の4分野の事項とし,別表において,「特定秘密」の内容を「自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究」というように,ある程度具体化しているようにもみえる。
しかし,別表によっても,対象とされる事項の範囲が広範かつ不明確に過ぎる。
すなわち,第1号(防衛に関する事項)では,防衛省の所掌事務すべてを網羅するような項目が並んでいるに過ぎない。別表第1号は,10項目の秘密事項が定めてあるが,自衛隊法第96条の2防衛秘密を指定する同法別表4と同じものである。ところで,この10項目の秘密事項については防衛大臣が防衛秘密を指定しており,平成22年度末現在でも230項目が指定され,同時期には230項目の防衛秘密の保管件数は28,408件もあり,保管点数に至っては164,141件となっている。このことは,別表1号でもっても特定秘密の範囲は広範囲で不明確であることを物語っている。
第2号(外交に関する事項)では,外交を安全保障領域に関するものに限定しているようではあるが,自民党の国家安全保障基本法案2条1項においては,「安全保障」を「外部からの軍事的または非軍事的手段による直接または間接の侵害その他あらゆる脅威に対し,防衛,外交,経済その他の諸施策を総合して,これを未然に防止しまたは排除することにより,自由と民主主義を基調とする我が国の独立と平和を守り,国益を確保すること」として表現していることからすると,安全保障領域は,軍事的事項に限らず外交全般を含むものと言わざるを得ない。結局,外交の諸活動のほとんどが含まれることとなる。TPPですら安倍総理大臣は国家安全保障の観点からも必要であると表明している。
第3号(外国の利益を図る目的で行われる安全脅威活動の防止に関する事項)では,「外国の利益を図る目的」という要件が加えられているが,主観的要件であるため,解釈いかんによっては広く捉えることが可能となる。また,「我が国の及び国民の安全への脅威となる諜報その他の活動」という概念も非常に曖昧であり,拡大解釈が可能である。例えば,原発に対する外国からの攻撃を守るために,当該原発の安全性能を「特定秘密」とすることも想定されうる。
第4号(テロ活動防止に関する事項)では,「テロ活動による被害の発生・拡大の防止のための措置又はこれに関する計画若しくは研究」が掲げられているが,政府がどのような「テロ活動」を想定するかについて歯止めはなく,また,政府のある活動がその防止のためのものかどうかも政府の主観的な判断次第であるから,いくらでもその範囲を拡大することが可能である。「テロ活動の防止」というだけで,広く情報を隠すことが可能となるのである。
「我が国の安全保障に著しく支障を与えるおそれがあるため,特に秘匿することが必要」との限定要件を付するとしても,その文言自体が抽象的である上に,行政機関が自ら判断することになっているので,当該要件が厳格に運用される保障は全くない。
このように,本件法案の規定する「特定秘密」の概念は極めて広範かつ不明確であり,行政機関の恣意的運用を止めることができない。

4 適性評価制度について

本件法案は,適性評価制度の導入・整備を図っている。
調査事項は広範に及んでおり,対象者の信用状態や精神疾患等のセンシティブ情報も含まれている。
また,対象者の家族(配偶者・父母・子・兄弟姉妹,配偶者の父母・子。これらは別居の者も含む。)及び同居人の氏名,生年月日,国籍及び住所も調査事項とされている。よって適性評価の調査の名の下に対象者のプライバシーが広く侵害されるおそれがある。
調査事項のうち「我が国及び国民の安全への脅威となる諜報その他の活動」
についてみると,情報公開請求や住民訴訟,内部告発などによって警察や検察庁,外務省等の裏金を追及する活動も,当該行政機関にとっては,その活動を阻害するものとして「脅威となる・・・その他の活動」であると評価されるおそれがある。そうなると,政府を批判する活動自体が封殺されてしまうことになる。
本件法案概要では,適性評価のための調査がプライバシーに深く関わる調査となることから,行政機関職員等の同意を得た上で,第三者に対する照会等により調査を行うこととしている。
しかし,行政機関職員等が上司等から同意を求められた場合に,真に自由な意思に基づいて同意・不同意の判断を行うことは組織の性質から考えて不可能であろう。とりわけ,組織の中で秘密情報に関与することは組織の中枢に関わるようになることを意味し,上司等から同意を求められた職員が自由な意思に基づいて不同意を選択することはほとんどあり得ない。
したがって,本件法案が予定している行政機関職員等の同意は,真にプライバシー保護に配慮したものとは認められず,調査の正当化事由にはなり得ない。
さらに,プライバシーが侵害されるのは,適性評価制度の直接の対象者である行政機関職員等に限られたものではなく,行政機関職員等の身近にある者も調査の対象となるため,これらの者についても同じことが言える。
すなわち,本件法案概要は,上述のとおり,当該行政機関職員等の家族等も調査の対象になるとしている。この調査は諜報等との関係に関する事項であるので,当然家族等の素行なども調査対象となると考えられる。
しかも,本件法案概要では,行政機関職員等のみからの同意しか想定していないため,行政機関職員等の身近にある者は自己の知らないうちに調査実施権者である行政機関に自己の個人情報が集約されてしまうことになる。これは,プライバシー権や思想・信条の自由の侵害である。

以上