声明・決議・意見書

意見書2016.03.11

広島少年院視察委員会と貴船原少女苑視察委員会の統合に対する意見書

法務大臣 岩城光英 殿 
広島少年院院長 横澤宗彦 殿

広島弁護士会
会長 木村 豊

第1 意見の趣旨
2016年2月,当会は広島少年院より,広島少年院と貴船原少女苑が同年4月より統合され,昨年6月に貴船原少女苑に設けられたばかりの視察委員会が廃止される予定であるとの通知を受けた。
昨年6月,改正少年院法の施行によって,広島少年院と貴船原少女苑には,それぞれ委員各4名の視察委員会が設置され,各施設の視察にあたってきた(当会からは各1名の委員を推薦した)が,もしこれを一つの視察委員会が行うとすれば,作業量は倍増し,広島少年院についても貴船原少女苑についても,十分な視察が行えないことは目に見えている。
そこで当会は,貴船原少女苑が広島少年院に統合され広島少年院の分院となったあとも,広島少年院と貴船原少女苑の視察を十分に行い,もって在院者の人権侵害等を防止するため,広島少年院と貴船原少女苑のそれぞれに視察委員会を設置するよう求める。

第2 意見の理由
1 広島少年院における職員による在院者に対する暴行・虐待事件の発覚とその後の少年院改革,少年院視察委員会の設置
2009年5月,広島少年院において職員による在院者に対する暴行,虐待事件が発覚した。広島矯正管区の中間報告によれば,法務教官4人が中心となって,収容中の少年に対して殴る蹴るなどの身体的暴行を加えたほかトイレに行かせず失禁させるなど,100件におよぶ暴行等が約50人の少年に加えられたとのことである。
日弁連は,この中間報告をうけてすぐに,「今後,職員による暴行等の人権侵害が繰り返されることのないように,少年院においても,刑事施設に設置された刑事施設視察委員会と同様の第三者委員会の設置を進め,施設内における少年の権利保障を図るべきである。」との会長談話を発表した。(同年5月28日)http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2009/090528.html
同年9月には法務省矯正局から「広島少年院不適正処遇事案対策委員会報告」が公表された。同報告書は,本件事案の要因として,①本件事案に及んだ職員の人権意識の著しい低さや定められた日課の適正な運用を軽視する傾向,②幹部職員の監督機能の不全とそれに伴う一般職員の幹部職員に対する不信感の増幅,③周囲の一般職員の黙認や上司への報告という基本的な職務を軽視する風潮,④不服申立制度の不備,いわゆる院長申立制度の機能不全などを指摘していた。
同年12月11日,法務省は広島少年院不適正処遇事案の発生等を踏まえ,少年矯正運営の一層推進する等の目的で「少年矯正を考える有識者会議」を立ち上げた。有識者会議は2010年12月7日付けで少年矯正を考える有識者会議提言を発表し,少年院改革の1つ目の柱として,少年の人格の尊厳を守る適正な処遇の展開を掲げ,これを実現するため,①施設内の適正化機能の強化(具体的には,少年の権利・義務関係や職員の権限の明確化,不服申立制度の整備,少年院における夜間・休日の複数職員指導を含む処遇体制の見直しなど)と,②施設外からのチェック機能の強化が不可欠であるとして,刑事施設視察委員会のような第三者機関の設置を提言した。有識者会議は,「第三者機関が施設を随時視察するほか,在院(所)者が施設職員の立会いなく第三者機関の委員と面談できる制度とすれば,不適正処遇の早期発見が期待できるだけでなく,不適正処遇の未然防止にも大きな効果がある」とした。http://www.moj.go.jp/shingi1/shingi06400003.html
日弁連は,この後も,積極的に少年矯正の制度改革,特に視察委員会の設置を提言してきた。
日弁連は同年9月18日付「子どもの人権を尊重する暴力のない少年院・少年鑑別所への改革を求める日弁連提言」で,視察委員会について次のような提言を行っている。http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/090918_2.pdf

「(1)少年院・少年鑑別所は,刑事施設と同じく,外部からの目が全くない閉鎖された施設である。そして,すでに述べたとおり,刑事施設改革から取り残された少年院・少年鑑別所では,密室性・閉鎖性はそのままの状態であった。今回の広島少年院における職員暴行事件の一因は,少年院の密室性・閉鎖性にあることは明らかである。この少年院の閉鎖性・密室性を打破するためには,内部的な職権監査だけでは極めて不十分であり,市民参加による社会に開かれた少年院を実現することが不可欠である。当連合会は,2003年6月に「市民『参加による社会に開かれた刑務所への』」,改革を求める日弁連の提言において市民参加による社会に開かれた刑事施設を実現する仕組みとして,市民委員と専門家委員の共同による第三者委員会として「刑事施設視察委員会(仮称)」の設置を提言をしたが,同様の仕組みとして,少年院・少年鑑別所ごとに「視察委員会(仮称)」を設置することを提案する。
(2)「視察委員会」の委員,権限等について
視察委員会が社会に開かれた透明性を確保するためにはその委員構成権限等については,前記提言における「刑事施設視察委員会(仮称)と同様」の委員構成及び権限が必要である。また,少年司法に関する国際準則である「自由を奪われた少年の保護に関する国連規則」(1990年)には,72項において「資格のある調査員または適切に組織され施設当局には所属しない機関に対して,定期的な調査を実施し,ならびに,自らの判断で事前告知なしに調査を行う権限が与えられ,この任務の遂行にあたってはその独立が完全に保障されなければならない。調査員は,少年の自由を拘束しまたは拘束する可能性のある施設に雇用されまたはそこで働く全ての者,全ての少年,ならびに,このような施設の全ての記録に対して無制限のアクセスを認められなければならない。」と定められ,73項には「調査機関に所属する資格ある医官あるいは公衆保健機関は,調査に参加し,物的環境,衛生,宿泊設備,食料,運動および医療サーヴィスに関する規則の遵守情況を審査し,さらに,少年の身体的および精神的健康に影響を及ぼす収容生活上のその他の側面および条件を審査しなければならない。全ての少年は,いかなる調査担当者とも立会なしに話をする権利を認められなければならない」と定められており,少年院視察委員会はこれに沿ったものであることが必要である。
さらに,少年院視察委員会は,次のような,少年の特性及び少年院・少年鑑別所の特性に対する特別の配慮が必要である。
①少年は,成長発達の途上にあり,精神的に未熟であって,社会的な経験も乏しいことから,処遇等について意見を述べる等は大人に比べ困難であること。
②発達障害などの先天的な資質上の問題を抱えている少年や,被虐待体験などの生育歴に起因する後天的な問題を抱えている少年も相当数おり,これらの少年から意見を聴取するには,少年が抱える問題を正しく認識し理解して接する必要があること。
③少年院は段階処遇であり,少年院では月1回程度の成績評価で進級がきまることから,成績評価への影響を心配して少年が意見が言いにくい状況にあること。
④少年院では,各少年に個別担任がつき,個別担任は寮の担任であることが多く,個別担任は,ほぼ毎日のように少年と接し少年の生活全般を指導することから個別担任の指導に対し少年は意見を言いにくい状況にあること
(3)「視察委員会」の委員
「視察委員会」は,地域の代表者や少年非行問題に専門的知見を有する者など,幅広い人材から構成されるべきである。
特に,少年の特性及び少年院・少年鑑別所の特性について専門的な知見を有する人を選任すべきであり,少なくとも児童福祉についての有識者,教育についての有識者,医師(小児科医あるいは児童精神科医が望ましい)及び弁護士を選任すべきである。
(4)「視察委員会」の権限,職務
「視察委員会」は,以下のとおり,諸外国の刑事施設に対する同様の委員会に認められている権限を持つ。これらの権限は「自由を奪われた少年の保護に関する国連規則」72,73項においても求められているものである。
施設のあらゆる区画に立ち入る権限,職員の監視なく少年と面談する権限,あらゆる書類を閲覧する権限を有し,処遇や少年院・少年鑑別所の運営についての意見や勧告を行う。
また視察委員会は少年の特性や,少年院・少年鑑別所の特性をふまえ懇切丁寧にその役割を果たさなければならない。たとえば,施設視察の仕方の工夫,少年と日課をともにするなど少年の特性にあった面談の仕方の工夫個別的処遇計画の閲覧などがある。
(5)常駐の組織ではない「視察委員会」へのアクセスを容易にするため,少年院等にメールボックスを設置し,少年はこれに手紙を投函することができるようにする。このメールボックスは「視察委員会」のみが開けることができる。少年への周知方法,メールボックスの設置場所等についても少年の特性等に配慮した工夫が必要である。」 (「5視察委員会(仮称)の新設」より)
さらに,日弁連は,2010年10月19日付けで発表した「少年矯正の在り方に関する意見書」において,「視察委員会」の設置のあり方について,次のような提案を行っている。(なお日弁連は,この意見書では,「視察委員会」の代わりに「監督委員会」という名称を用いることを提案している)。
「少年院監督委員会等において,少年院等の実情を理解し,在院少年の状況等をきめ細かく把握するため,1つの委員会で複数の少年院及び少年鑑別所を担当するのではなく,少年院,少年鑑別所ごとに「少年院監督委員会」「少年鑑別所監督委員会」(仮称)を設置すべきである。」 (「8少年院監督委員会,少年鑑別所監督委員会(仮称)の創設について」より)

また,日弁連は,広島少年院暴行事件に関し,同少年院の元首席専門官に対し,第一審の広島地方裁判所において判決が言い渡された際にも,2010年11月2日付けで,「少年院監督委員会(仮称)」の設置を求める次のような会長談話を発表している。
http://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2010/101102.html

「少年院監督委員会(仮称)」は,適宜少年院の内部に立ち入り,必要に応じて資料の開示も受け,少年院の処遇や運営の実情を十分に把握し,少年の人権保障の観点から少年院の処遇や運営に意見や勧告を行う機関として法律の根拠に基づいて設置されるべきであるが,それは,決して形式的な存在であってはならず,少年が,身近に感じ,安心して声を上げられるような実のある活動を行うことが求められる。」
こうした提言をもとに,2014年の国会で成立した改正少年院法には,在院者の人権擁護のため,施設の運営を視察し,その運営について意見を述べる少年院視察委員会が少年院ごとに設置されるべきことが明記され(第8条から第11条),改正法が施行された2015年6月から,少年院ごとに設けられた視察委員会が活動を開始した。
2 広島少年院視察委員会と貴船原少女苑視察委員会の統合問題
ところが,このたび当会は,広島少年院より,2016年4月より広島少年院と貴船原少女苑が統合され,貴船原少女苑に設けられた視察委員会が廃止される予定であるとの通知を受けた。
貴船原少女苑はもともと広島県佐伯郡(現在の広島市佐伯区)にあり,平成6年に広島少年院の近くの現在の場所に移転したものの,その歴史的経緯や女子の収容施設であることの特殊性から,広島少年院とは独立の少年院として運営されてきた。
視察委員会が視察を通じて,少年院等の実情を理解し,在院少年の状況等をきめ細かく把握するには,1つの少年院に1つの視察委員会が対応するべきであるが,このことは,1つの少年院に複数の施設があって,それぞれの施設が互いに独立性を持って運営される場合にもあてはまり,施設ごとに視察委員会が設置されるべきである。
当会が広島少年院,貴船原少女苑から説明を受けたところによれば,本年4月以降,貴船原少女苑が広島少年院に統合され広島少年院の分院となったあとも,貴船原少女苑の在院者が生活する施設,教育の内容,教育のための職員配置,在院者の処遇は従前と変わりないとのことであるから,広島少年院と貴船原少女苑は引き続き,互いに独立性をもって運営されることが予定されている。
今年度,広島少年院と貴船原少女苑には,委員各4名の視察委員会が設置され(当会からは各1名の委員を推薦),両施設4回ずつ会議が実施された(広島少年院視察委員会は以上に加えて会議とは別に1回の視察も行った)。
仮に次年度以降,広島少年院視察委員会のみで,広島少年院と貴船原少女苑の両施設の視察をまかなうとなると,それぞれの施設毎の作業が必要で,その作業量は倍化する。ところが,広島少年院によれば,来年度は両施設合計で4回程度しか視察委員会の会議が予定されていないとのことであり,そのような視察委員会の設置及び実施体制では,広島少年院についても貴船原少女苑についても,視察委員会の活動が不十分となることは目に見えている。せっかく在院者の人権侵害を防止するために法律をもって設置された視察委員会が、これでは名前だけのものになってしまうと言わざるを得ない。広島少年院の暴行,虐待事件をきっかけに,法改正によって導入された視察委員会制度が,こともあろうに広島少年院において名前だけのものになろうとしていることを,当会は座視できない。
よって当会は,貴船原少女苑が広島少年院に統合され広島少年院の分院となったあとも,広島少年院と貴船原少女苑の視察を十分に行い,もって在院者の人権侵害等を防止するため,広島少年院と貴船原少女苑のそれぞれに視察委員会を設置するよう求める。
なお,当会から次年度の少年院視察委員会へ委員の推薦を行う関係上,この意見書について速やかに回答を行うよう要望する。

以上