声明・決議・意見書

意見書2018.09.05

政府による海賊版サイトへの対策(ブロッキング) に関する意見書

内閣総理大臣
総務大臣
衆議院議長
参議院議長

広島弁護士会
会長 前川秀雅

意見の趣旨
1 政府は,「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」(平成30年4月)において表明した,民間事業者が特定のウェブサイトに対して自主的な取組としてブロッキングを行うことが適当である旨の見解を撤回すること
2 政府及び国会は,今後,ブロッキングを制度化する立法措置を講じないこと

意見の理由
1 インターネットにおけるウェブサイトの中には,雑誌やコミック・音楽など有料で販売されている著作物について,それを無断でデジタル化,複製するなどして掲載し,誰でも自由に閲覧あるいはダウンロードできるようにしている「海賊版サイト」と呼ばれるものがある。このことについて,政府の知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議は,本年4月,「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」を発表した。そして,それら海賊版サイトへの対策として,具体的な3つの海賊版サイト(及びこれと同一とみなされるものを含む)を取り上げて,インターネット利用者がこれらにアクセスすることができないよう,通信を遮断する措置(ブロッキング)を,インターネット接続サービスを提供する民間事業者が,自主的な取組として行うことが適当である旨の見解を表明した(以下「本件政府見解」という。)。
そして,本件政府見解を受け,民間事業者の中には,海賊版サイトの状況に応じて,準備が整い次第,自主的にブロッキングを実施すると発表したものがある。
2 また,政府の前記本部は,本件政府見解を発表後,本年6月22日以降,数回にわたって「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」を開催し,ブロッキングの法制化も含めた検討を急ピッチで開始している。そこでは,ブロッキングの法制化について慎重な意見も見られるものの,依然としてブロッキングの法制化自体の検討は進められている。
3 日本国憲法は,通信の秘密を保障している(21条2項)。通信の秘密は,個人の私生活の自由を保障し,自由なコミュニケーションの手段を確保するために必要不可欠な重要な権利である。これが侵害されるときは,個人の自由闊達な意思表明やコミュニケーションそのものに重大な萎縮効果をもたらす。
このことは,郵便や手紙,電話といった伝統的なツールによる通信のみならず,インターネット上における一般市民の表現行為,通信行為にもそのまま当てはまる。今やインターネットは国民生活の様々な場面に広く普及し,インターネットを通じた情報発信,情報取得が日常的に行われている。インターネットはこうした情報のインフラとも言うべき存在である。そして,われわれがインターネットを利用するうえでインターネット接続事業者との契約や事業者が提供するサービスの利用は避けて通ることができない。電気通信事業法が,その第4条において,「電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密は,侵してはならない。」と定め,第179条に懲役刑を含む通信の秘密侵害罪を規定して,接続事業者等に対して刑事罰をもって厳しい制限を課しているのは,まさにその趣旨である。
4 インターネット上における情報発信,情報取得は,通信の秘密や表現の自由と密接不可分な関係にある。したがって,これらは,本来,公権力によってみだりに制限されることがあってはならない。
ブロッキングは,ユーザーがインターネットにアクセスする際に,ユーザーの同意を得ることなく,アクセスしようとするサイトのホスト名やIPアドレス,URLなどをリアルタイムに収集し,事前に登録されたサイトへの接続を遮断する措置を講じるものである。こうした措置は,ユーザーである国民と通信事業者との間で行われる。したがって,民間事業者が,ウェブサイトの内容に着目して事前にブロッキングするサイトを特定し,また,インターネット利用者による情報取得行為を現実に監視し,ブロッキングを行うことは,まさに通信の秘密侵害罪の構成要件にそのまま該当する可能性があるといわねばならない。
5 ところで,この点について,本件政府見解は,通信事業者がブロッキングを行うことが同罪の構成要件に該当性するとした場合でも,「緊急避難(刑法第37条)の要件を満たす場合には,違法性が阻却される」とした。そのうえで,①現在の危難,②補充性(やむを得ずにした行為であること),③法益権衡の三要件全てを満たす場合に,インターネット接続サービスを提供する民間事業者が,「特に悪質な海賊版サイトに関するブロッキング」を実施することは,緊急避難として認められると述べている。
しかしながら,現時点において,上記①ないし③の状況があると判断しうるかどうかは強い疑問がある。とりわけ,海賊版サイトによって生じる被害が著作権の財産的側面に着目して論じられていること(この点で,いわゆる児童ポルノという重大かつ深刻な人格権の侵害の局面とは異なる)からすれば,上記②,③の該当性については,慎重な判断が求められる。そして,本件政府見解において名指しされた3つのサイトについては,すでに閉鎖されているとのことであって,このことは,ブロッキングという憲法上の問題が否定できない対策によらずとも,より侵害性の低い手段によって海賊版サイトの横行が防止できる可能性があることを示すものである。
そもそも,前記のとおり,通信の秘密の保護は,国民の安全かつ安心な通信ひいては平穏な生活のために不可欠の前提となるものであって,安易に規制ないし侵害がなされてはならない。本件政府見解は,政府によって権利侵害性が著しいと判断した特定のウェブサイトについて,事業者による自主的ブロッキングを求めるものであるが,当会は,このような事態が,政府による特定の表現内容の規制や介入に途を開くことになりかねないことを憂慮する。
したがって,政府は,速やかに本件政府見解を撤回すべきである。
6 政府は,前記のとおり,現在,ブロッキングの法制化を含めた検討を開始している。しかし,仮にブロッキングが法制化されたとしても,ブロッキングの実施自体に,重大な憲法上の問題があることは前記のとおりである。とりわけ,ブロッキングの対象とするサイトを行政機関が事前に審査し,リスト化することについては,憲法が禁止する「検閲」に該当するのではないかという疑念も払拭できない。また,違法なコンテンツを含むウェブサイトは,著作権侵害の事案に限らず数多く存在するが(たとえば成人のポルノサイト,名誉毀損的表現やヘイトスピーチに該当するサイト,各種広告規制に違反するサイトなど枚挙に暇がない),なぜ著作権侵害の場合にだけブロッキングという極めて強力な措置をとることが正当化されるのか,それによってインターネット接続事業者や一般ユーザーが不利益を甘受しなければならないのかという疑問がある。
したがって,当会としては,本件政府見解の撤回を求めるとともに,今後,政府あるいは国会において,ブロッキングの法制化を内容とする提言や立法を行わないよう求めるものである。
なお,インターネット上の海賊版サイトによる著作権侵害の問題が深刻であることは論を俟たない。インターネット上の著作権侵害の被害を防止するためには,ブロッキング以外の方法による立法措置(例えば発信者の検挙,罰則の強化,損害賠償額の算定や請求の容易化,国際的な協力体制の構築などが考えられよう)が検討されるべきであり,それにより適切な対応がなされるべきである。

以上