勧告書・警告書2009.06.25
広島刑務所に常勤の精神科医師を速やかに配置することを求める勧告書(法務大臣あて)
法務大臣
森 英介 殿
広島弁護士会
会長 山下哲夫
勧 告 書
当会は、広島刑務所を被申立人とする人権救済申立事件について、当会の人権擁護委員会による申立人及び広島刑務所からの事情聴取の結果を踏まえて協議した結果に基づき、貴職に対し以下のとおり勧告する。
第1 勧告の趣旨
広島刑務所においては、精神科の常勤医師がおらず、また、外部から広島刑務所に定期的に診察に訪れる精神科の医師も不在であり、被収容者が長期間、精神科の治療を受けられない事態が発生している。このような事態は、受刑者の医療を受ける権利を侵害するものであり、受刑者に対する恒常的な人権侵害が継続していると評価せざるを得ない。
よって、当会は次のとおり勧告する。
1 広島刑務所に常勤の精神科医師を速やかに配置すること。
2 精神科の医師が配置されるまでの間、外部の精神科医師による訪問診察、外部病院への被収容者の搬送が確実に実施できるよう、適切かつ十分な措置を講じること。
第2 勧告の理由
1 認められる事実
申立人A及び同B並びに広島刑務所からの事情聴取の結果、以下の事実が認められる。
(1) 申立人A及び同Bは、広島刑務所に対し、精神科医師による診察を希望していた。
(2) 広島刑務所においては、精神科医師の診察を行うか否かは、広島刑務所常勤の医師が、まず精神科医師による診察を希望する被収容者を診察し、その診察の結果、広島刑務所常勤の医師が精神科医師の診察を必要との判断をした場合に、当該被収容者を精神科医師の診察待リストに登載する扱いである。なお、広島刑務所常勤の医師は4人いるが、その中には精神科医師はいない。
(3) 広島刑務所常勤の医師が、精神科医師の診察を希望した申立人A及び同Bを診察した結果、申立人A及び同Bの両名とも、精神科医師の診察が必要であると判断し、上記(2)の扱いに基づき、申立人Aは平成19年12月に、同Bは同20年1月に、それぞれ精神科医師診察待リストに登載された。
(4) 精神科医師による診察は、外部の精神科医が1か月に1度、広島刑務所を訪問して実施していたところ、精神科医師による診察を受けられるまでには、診察待リスト登載後、数か月の時間を要する。
(5) 精神科医師による訪問診察は、平成20年3月19日を最後に行われていなかったが、平成21年5月27日に1年ぶりに実施された。
(6) 広島刑務所は、広島刑務所の医務部長を通じて、従来訪問診察を行ってきた精神科医師に代わって、広島刑務所への訪問診察をしてくれる精神科医師を探しているが、現在のところ、まだ新たな精神科医師を見つけられていない。
(7) 上記(5)及び(6)の結果、申立人Bに対する精神科医師による診察は未了のままであり、申立人Aは、診察を受けられないまま退所したものと考えられる。
(8) 広島刑務所の被収容者は、約1260人から1270人であり、精神科医師の診察待リストに登載されている被収容者数は、平成21年3月9日現在、約50人いる。
2 判断
(1) 被収容者の医療を受ける権利
ア すべて国民は、自らの健康を保持し生命を維持するために、必要かつ適切な医療を受ける権利を有することは、憲法13条及び25条、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)12条1項(「この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める」)などによって明らかである。刑務所に収容されている者であっても、この点で一般国民と異なる扱いが許されるものではないうえ、市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)10条1項が「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる」と規定していることからしても、被収容者も医療を受ける権利を有していることは明らかである。刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下、単に「法」という)第56条が「刑事施設においては、被収容者の心身の状況を把握することに努め、被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする」と規定しているのは、この趣旨である。
イ ところで、拘禁状態に置かれていない一般の市民の場合には、自らの判断で病院や医師を選んだり、受診の時期を決定することが可能である。しかしながら、被収容者は、施設に身柄を拘束され、集団生活を余儀なくされているものであり、医師の選択の自由もなければ、自らタイミングを判断して受診することができない状況に置かれている。
したがって、国は、刑事施設を設置して運営し、被収容者の自由を制限する代償として、刑事施設に適切に医師を配置したうえ、被収容者が適切な時期に医療を受けられるよう配慮すべき義務があるものというべきであり、それを怠った場合には、上記の憲法や国際法規によって認められる受刑者の医療を受ける権利を侵害するものとして、違法の評価を受けるものというべきである。
(2) 求められる医療システム
ア そこで、国が刑事施設を運営するにあたり、被収容者の医療を受ける権利を確保するために、どのような基準で医師を配置し、どのようなシステムで被収容者の診療を行うべきかが問題となる。法62条は、被収容者に疾病がある場合などについて、「速やかに、刑事施設の職員である医師等(医師又は歯科医師をいう。以下同じ。)による診療(栄養補給の処置を含む。以下同じ。)を行い、その他必要な医療上の措置を執るものとする。」(第1項)、「刑事施設の長は、前二項の規定により診療を行う場合において、必要に応じ被収容者を刑事施設の外の病院又は診療所に通院させ、やむを得ないときは被収容者を刑事施設の外の病院又は診療所に入院させることができる。」(第3項)などと規定するものの、その具体的な内容については規定していない。その際、基準として依拠すべきなのは、国連の被拘禁者処遇最低基準規則である。同規則は、法務省自身が「最低基準規則は,いずれの国も準拠しなければならない被拘禁者処遇の国際的基準として,国際連合がその完全実施を勧告しているものであり,その充足度は,被拘禁者の人権面及び処遇面についての各国の水準を測定するための共通的尺度とされている。」と解説しているとおり(昭和52年度版犯罪白書)、国際準則として我が国も準拠すべき義務を負うものだからである。
同規則は、刑事施設における精神科医療のあり方について、別紙のとおり定めている。
イ 広島刑務所は、上記のとおり、1200名を超える受刑者を収容する施設であり、中国地方の基幹的施設として位置づけられている。また、同刑務所は、犯罪傾向が進んだものを収容するいわゆるB指標刑務所であって、覚せい剤等の薬物常用に由来する精神病に罹患している被収容者も、ある程度存在することが容易に推測されるところである。
そうしてみると、広島刑務所においては、精神的疾患に現に罹患している者、罹患していることが疑われる者、及び精神症状を訴える者に対し、毎日の診察を行うべき義務があるものというべきであり(最低基準規則第25、82)、そのためには、最低でも1名の精神科医を常勤させておく義務があるものというべきである(同規則第22)。
また、常勤の精神科医師による診察ができない場合には、被収容者が医療を受ける権利を実効的なものとするために、広島刑務所において外部医師による訪問診療の機会を整えるべきであるところ、その回数も、同刑務所の規模や最低基準規則が要求する水準に照らし、可能な限り連日に及ぶものであることが求められるというべきである。また、そうした医療態勢が確保できない場合には、被収容者を外部病院へ搬送して受診させるべく必要な物的・人的な資源を確保して、直ちにそれを実施する措置をとるべきである(同規則82)。
(3) 人権侵害性
広島刑務所の現状は、上記認定のとおり、常勤の精神科医師が不在であるうえ、外部医師による訪問も平成20年3月を最後に、実に1年以上も行われていなかった。訪問診療自体は、1年以上の間隔を経て、平成21年5月27日にようやく実施されたが、順番待ちが生じていることもあってか、申立人Bは診察が受けられなかった。また、申立人Aにあっては、ついに診察の機会を得られないまま、退所することになったと思われる。こうした現状は、上記のようなあるべき水準からは甚だしく劣っており、著しい人権侵害が生じているものと評価せざるを得ない。
(4) 国(法務省)の責任
上記のとおり、広島刑務所においては、被収容者の医療を受ける権利を侵害した現状にある。その第一義的な責任は、同刑務所を運営する広島刑務所長に存在するものである。それゆえ当会は、広島刑務所長に対して勧告をなすべきものと判断するが、そもそも、刑務所自体は国が設置・運営するものであり、その最終的な責任は国自体にある。広島刑務所においても、精神科医確保のために相応の努力がなされているものと思われるが、その状況は1年以上にわたって改善されていないのであって、もはや同刑務所が単独で事態を改善することは期待できないといわざるを得ない。
また、刑務所に勤務する医師が慢性的に不足していることについては、全国各地の刑務所に共通する課題であり、そのことは、全国各地の刑事施設視察委員会がつとに指摘しているとおりである。そうしてみると、もはや、国としても、各刑務所の裁量や現場での努力に委ねておくのではなく、適切な予算や人員の確保を含め、自らの責任として早急な改善に着手すべきである。
3 よって、当会は貴職に対し、勧告の趣旨のとおり勧告する。
以上
法務大臣
森 英介 殿
広島弁護士会
会長 山下哲夫
勧 告 書
当会は、広島刑務所を被申立人とする人権救済申立事件について、当会の人権擁護委員会による申立人及び広島刑務所からの事情聴取の結果を踏まえて協議した結果に基づき、貴職に対し以下のとおり勧告する。
第1 勧告の趣旨
広島刑務所においては、精神科の常勤医師がおらず、また、外部から広島刑務所に定期的に診察に訪れる精神科の医師も不在であり、被収容者が長期間、精神科の治療を受けられない事態が発生している。このような事態は、受刑者の医療を受ける権利を侵害するものであり、受刑者に対する恒常的な人権侵害が継続していると評価せざるを得ない。
よって、当会は次のとおり勧告する。
1 広島刑務所に常勤の精神科医師を速やかに配置すること。
2 精神科の医師が配置されるまでの間、外部の精神科医師による訪問診察、外部病院への被収容者の搬送が確実に実施できるよう、適切かつ十分な措置を講じること。
第2 勧告の理由
1 認められる事実
申立人A及び同B並びに広島刑務所からの事情聴取の結果、以下の事実が認められる。
(1) 申立人A及び同Bは、広島刑務所に対し、精神科医師による診察を希望していた。
(2) 広島刑務所においては、精神科医師の診察を行うか否かは、広島刑務所常勤の医師が、まず精神科医師による診察を希望する被収容者を診察し、その診察の結果、広島刑務所常勤の医師が精神科医師の診察を必要との判断をした場合に、当該被収容者を精神科医師の診察待リストに登載する扱いである。なお、広島刑務所常勤の医師は4人いるが、その中には精神科医師はいない。
(3) 広島刑務所常勤の医師が、精神科医師の診察を希望した申立人A及び同Bを診察した結果、申立人A及び同Bの両名とも、精神科医師の診察が必要であると判断し、上記(2)の扱いに基づき、申立人Aは平成19年12月に、同Bは同20年1月に、それぞれ精神科医師診察待リストに登載された。
(4) 精神科医師による診察は、外部の精神科医が1か月に1度、広島刑務所を訪問して実施していたところ、精神科医師による診察を受けられるまでには、診察待リスト登載後、数か月の時間を要する。
(5) 精神科医師による訪問診察は、平成20年3月19日を最後に行われていなかったが、平成21年5月27日に1年ぶりに実施された。
(6) 広島刑務所は、広島刑務所の医務部長を通じて、従来訪問診察を行ってきた精神科医師に代わって、広島刑務所への訪問診察をしてくれる精神科医師を探しているが、現在のところ、まだ新たな精神科医師を見つけられていない。
(7) 上記(5)及び(6)の結果、申立人Bに対する精神科医師による診察は未了のままであり、申立人Aは、診察を受けられないまま退所したものと考えられる。
(8) 広島刑務所の被収容者は、約1260人から1270人であり、精神科医師の診察待リストに登載されている被収容者数は、平成21年3月9日現在、約50人いる。
2 判断
(1) 被収容者の医療を受ける権利
ア すべて国民は、自らの健康を保持し生命を維持するために、必要かつ適切な医療を受ける権利を有することは、憲法13条及び25条、経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)12条1項(「この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める」)などによって明らかである。刑務所に収容されている者であっても、この点で一般国民と異なる扱いが許されるものではないうえ、市民的及び政治的権利に関する国際規約(B規約)10条1項が「自由を奪われたすべての者は、人道的にかつ人間の固有の尊厳を尊重して、取り扱われる」と規定していることからしても、被収容者も医療を受ける権利を有していることは明らかである。刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下、単に「法」という)第56条が「刑事施設においては、被収容者の心身の状況を把握することに努め、被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする」と規定しているのは、この趣旨である。
イ ところで、拘禁状態に置かれていない一般の市民の場合には、自らの判断で病院や医師を選んだり、受診の時期を決定することが可能である。しかしながら、被収容者は、施設に身柄を拘束され、集団生活を余儀なくされているものであり、医師の選択の自由もなければ、自らタイミングを判断して受診することができない状況に置かれている。
したがって、国は、刑事施設を設置して運営し、被収容者の自由を制限する代償として、刑事施設に適切に医師を配置したうえ、被収容者が適切な時期に医療を受けられるよう配慮すべき義務があるものというべきであり、それを怠った場合には、上記の憲法や国際法規によって認められる受刑者の医療を受ける権利を侵害するものとして、違法の評価を受けるものというべきである。
(2) 求められる医療システム
ア そこで、国が刑事施設を運営するにあたり、被収容者の医療を受ける権利を確保するために、どのような基準で医師を配置し、どのようなシステムで被収容者の診療を行うべきかが問題となる。法62条は、被収容者に疾病がある場合などについて、「速やかに、刑事施設の職員である医師等(医師又は歯科医師をいう。以下同じ。)による診療(栄養補給の処置を含む。以下同じ。)を行い、その他必要な医療上の措置を執るものとする。」(第1項)、「刑事施設の長は、前二項の規定により診療を行う場合において、必要に応じ被収容者を刑事施設の外の病院又は診療所に通院させ、やむを得ないときは被収容者を刑事施設の外の病院又は診療所に入院させることができる。」(第3項)などと規定するものの、その具体的な内容については規定していない。その際、基準として依拠すべきなのは、国連の被拘禁者処遇最低基準規則である。同規則は、法務省自身が「最低基準規則は,いずれの国も準拠しなければならない被拘禁者処遇の国際的基準として,国際連合がその完全実施を勧告しているものであり,その充足度は,被拘禁者の人権面及び処遇面についての各国の水準を測定するための共通的尺度とされている。」と解説しているとおり(昭和52年度版犯罪白書)、国際準則として我が国も準拠すべき義務を負うものだからである。
同規則は、刑事施設における精神科医療のあり方について、別紙のとおり定めている。
イ 広島刑務所は、上記のとおり、1200名を超える受刑者を収容する施設であり、中国地方の基幹的施設として位置づけられている。また、同刑務所は、犯罪傾向が進んだものを収容するいわゆるB指標刑務所であって、覚せい剤等の薬物常用に由来する精神病に罹患している被収容者も、ある程度存在することが容易に推測されるところである。
そうしてみると、広島刑務所においては、精神的疾患に現に罹患している者、罹患していることが疑われる者、及び精神症状を訴える者に対し、毎日の診察を行うべき義務があるものというべきであり(最低基準規則第25、82)、そのためには、最低でも1名の精神科医を常勤させておく義務があるものというべきである(同規則第22)。
また、常勤の精神科医師による診察ができない場合には、被収容者が医療を受ける権利を実効的なものとするために、広島刑務所において外部医師による訪問診療の機会を整えるべきであるところ、その回数も、同刑務所の規模や最低基準規則が要求する水準に照らし、可能な限り連日に及ぶものであることが求められるというべきである。また、そうした医療態勢が確保できない場合には、被収容者を外部病院へ搬送して受診させるべく必要な物的・人的な資源を確保して、直ちにそれを実施する措置をとるべきである(同規則82)。
(3) 人権侵害性
広島刑務所の現状は、上記認定のとおり、常勤の精神科医師が不在であるうえ、外部医師による訪問も平成20年3月を最後に、実に1年以上も行われていなかった。訪問診療自体は、1年以上の間隔を経て、平成21年5月27日にようやく実施されたが、順番待ちが生じていることもあってか、申立人Bは診察が受けられなかった。また、申立人Aにあっては、ついに診察の機会を得られないまま、退所することになったと思われる。こうした現状は、上記のようなあるべき水準からは甚だしく劣っており、著しい人権侵害が生じているものと評価せざるを得ない。
(4) 国(法務省)の責任
上記のとおり、広島刑務所においては、被収容者の医療を受ける権利を侵害した現状にある。その第一義的な責任は、同刑務所を運営する広島刑務所長に存在するものである。それゆえ当会は、広島刑務所長に対して勧告をなすべきものと判断するが、そもそも、刑務所自体は国が設置・運営するものであり、その最終的な責任は国自体にある。広島刑務所においても、精神科医確保のために相応の努力がなされているものと思われるが、その状況は1年以上にわたって改善されていないのであって、もはや同刑務所が単独で事態を改善することは期待できないといわざるを得ない。
また、刑務所に勤務する医師が慢性的に不足していることについては、全国各地の刑務所に共通する課題であり、そのことは、全国各地の刑事施設視察委員会がつとに指摘しているとおりである。そうしてみると、もはや、国としても、各刑務所の裁量や現場での努力に委ねておくのではなく、適切な予算や人員の確保を含め、自らの責任として早急な改善に着手すべきである。
3 よって、当会は貴職に対し、勧告の趣旨のとおり勧告する。
以上