勧告書・警告書2011.07.13
広島刑務所に対する刑事収容施設及び被収容者の処遇に関する勧告書
広島刑務所長 嶋田 博 殿
広島弁護士会
会長 水中誠三
同 人権擁護委員会
委員長 足立修一
勧告書
当会は、Aを申立人、貴所を相手方とする人権救済申立事件(2010年第29号)について、当会人権擁護委員会による調査の結果、救済措置を講ずる必要があるとの結論に達したので、当会常議員会の議を経た上、下記のとおり勧告する。
第1 勧告の趣旨
貴所が、2010年10月5日、及び、2011年1月22日、申立人を保護室に収容した行為は、いずれも刑事収容施設及び被収容者の処遇等に関する法律79条が規定する要件を充たしておらず、申立人の身体の自由を侵害するものであるから、二度とこのようなことがないよう勧告する。
第2 勧告の理由
1 認定事実
申立人及び貴所からの事情聴取の結果、以下の事実を認めることができる。
(1) 2010年10月5日について
2010年10月5日当時、申立人は、昼夜単独室に収容されていた。また、本件以前に、申立人は保護室に収容されたことも懲罰を受けたこともなかった。
同日午後4時30分ころ,申立人は、差し入れの件で刑務官から意に沿わない対応をされたことに立腹し、刑務官による制止の指示に反して、座ったまま居室のドアを5回程度叩き,「確認せえ。」とか「差別じゃないんか。」などと大声を発した。
そこで、刑務官が非常ベルを鳴らしたところ,多数の刑務官が駆け付けてきた。刑務官が駆け付けてきたとき、申立人はドアの前に立っていたが、既に騒音を発したり、大声を発したりすることは止めていた。
その後、申立人は、刑務官によって保護室に連行されたが、途中,刑務官の指示に従って無言で歩いており,暴れることはなかった。また,保護室の中でも,申立人は所持品を検査すべく刑務官に服を脱がされる等したが、このときも、刑務官の指示に従っており,特に暴れることはなかった。
(2) 2011年1月22日について
2011年1月22日当時、申立人は昼夜単独室に収容されていた。
同日午前8時35分ころ,貴所幹部職員が視察を行った。
その際,申立人が居室内から膝立ちしながら廊下を覗き込んでいたので,刑務官が座っているように指導したところ、申立人との間で「見とらんがな」などと口論になり、ついには、申立人が「あげるんなら,あげろや(=懲罰にするのなら,懲罰にしてみろの意)」と大声を発した。
そこで,刑務官が非常ベルを鳴らしたところ,多数の刑務官が駆けつけてきた。刑務官が駆け付けてきたとき,申立人は居室内で立ちあがっていたが、特段、大声や騒音を発することはなく,他人に危害を加えるほど暴れるということもなかった。
その後、申立人は、刑務官によって保護室に連行されたが、この間も、刑務官の指示に従って歩いた。
保護室の中では,申立人は,右手と左手を互いにつかみ合うようにして、刑務官が申立人の服を脱がせることを妨げるなどした。そのため、刑務官は、申立人に催涙スプレーを使用する等した。
2 判断
(1) 被収容者にも人身の自由が保障されること
日本国憲法が掲げる人権尊重の理念が,被収容者にも及ぶことは当然である。国際人権規約(自由権規約10条1項)も,「自由を奪われたすべての者は,人道的にかつ固有の尊厳を尊重して,取り扱われる」ことを求めている。
とりわけ,憲法13条・18条・31条以下の規定が保障する人身の自由は,人が自由を享受するための大前提となる重要な人権であるから,公共の福祉に反しない限り立法その他の国政の上で最大限の尊重をされなければならない。
したがって,被収容者の人権に対する制約は,仮にこれが許される場合であっても,拘禁・戒護及び受刑者の矯正教化という収容目的を達成するために必要最小限度にとどまるものでなければならない。
(2) 保護室収容の要件
以上のような人身の自由の重要性を受けて、平成18年6月に成立した刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「法」と言う。)79条1項2号イは,被収容者が「刑務官の制止に従わず,大声又は騒音を発する」場合において,「刑事施設の規律及び秩序を維持するため特に必要があるとき」,被収容者を保護室に収容することができると規定して,保護室収容の要件を法律上明確化した。
すなわち,「大声又は騒音を発する」場合については,それが不安定な精神状態に起因するものか否か,するとしてもどの程度の状態によるものかが様々であることから,被収容者の精神状態が著しく不安定であって,手がつけられないような場合に限る趣旨で,「刑事施設の規律及び秩序を維持するため特に必要があるとき」と規定されたものである(林眞琴他「逐条解説 刑事収容施設法」(有斐閣,2010年)355頁以下)。
(3) 2010年10月5日の保護室収容は,法79条の要件を充たしていないこと
以上を前提に,2010年10月5日,申立人が保護室に収容された行為について,法79条1項2号イが規定する保護室収容の要件を充足するか否か検討すると,前述のとおり,①本件以前に申立人には保護室への収容歴も懲罰歴もなかったこと,②遅くとも非常ベルが鳴って多数の刑務官が駆けつけた時点までには,申立人は、騒音を発したり、大声を発したりすることを止めていたこと,③その後、保護室へ連行された際も,申立人は、刑務官の指示に従って無言で歩いており,暴れることはなかったこと,④保護室の中で,所持品検査を受けるべく刑務官に服を脱がされる等した際も,申立人は刑務官の指示に従い,特に暴れることはなかったこと,及び,⑤当時,申立人は昼夜単独室に収容されており,共同室に収容されていた場合ほどには,他の被収容者に与える影響は大きくなかったと考えられること等の諸般の事実に鑑みれば,当時の申立人の精神状態が著しく不安定で,手が付けられない場合であったと認めることはできず,「刑事施設の規律及び秩序を維持するため特に必要があるとき」という要件を充たさない。
よって,平成22年10月5日の保護室収容は,法79条に反する。
(4) 2011年1月22日の保護室収容も,法79条の要件を充たしていないこと
次に,2011年1月22日,申立人が保護室に収容された行為について,法79条1項2号イが規定する保護室収容の要件を充足するか否か検討すると,前述のとおり,①遅くとも非常ベルが鳴って多数の刑務官が駆けつけた時点までには,申立人は大声を発することを止めており,他人に危害を加えるほど暴れるということはなかったこと,②その後、保護室に連行された際も,申立人は刑務官の指示に従って歩いていたこと,及び,③当時,申立人は昼夜単独室に収容されており,共同室に収容されていた場合ほどには,他の被収容者に与える影響は大きくなかったと考えられること等の諸般の事実に鑑みれば,当時の申立人の精神状態が著しく不安定で,手が付けられない場合であったと認めることはできず,「刑事施設の規律及び秩序を維持するため特に必要があるとき」という要件を充たさない。
これに対して,確かに,申立人は,その後連行された保護室の中で,右手と左手を互いにつかみ合うようにして、刑務官が申立人の服を脱がせることを妨げるなどしている。
しかし,上記のとおり,本件では,これに先行してなされた保護室収容行為それ自体が要件を欠いていたというのであるから,このような法律上の根拠に基づかない処置に対して,申立人が多数の刑務官を相手に幾ばくかの抵抗を試みたとしても,保護室収容の要件該当性を検討するうえで斟酌すべき事情にはあたらないと言うべきである。
したがって,平成23年1月22日の保護室収容は,法79条に反する。
3 結論
以上のとおりであるから,当会は,貴所に対し,勧告の趣旨記載のとおり勧告する。
以上
広島刑務所長 嶋田 博 殿
広島弁護士会
会長 水中誠三
同 人権擁護委員会
委員長 足立修一
勧告書
当会は、Aを申立人、貴所を相手方とする人権救済申立事件(2010年第29号)について、当会人権擁護委員会による調査の結果、救済措置を講ずる必要があるとの結論に達したので、当会常議員会の議を経た上、下記のとおり勧告する。
第1 勧告の趣旨
貴所が、2010年10月5日、及び、2011年1月22日、申立人を保護室に収容した行為は、いずれも刑事収容施設及び被収容者の処遇等に関する法律79条が規定する要件を充たしておらず、申立人の身体の自由を侵害するものであるから、二度とこのようなことがないよう勧告する。
第2 勧告の理由
1 認定事実
申立人及び貴所からの事情聴取の結果、以下の事実を認めることができる。
(1) 2010年10月5日について
2010年10月5日当時、申立人は、昼夜単独室に収容されていた。また、本件以前に、申立人は保護室に収容されたことも懲罰を受けたこともなかった。
同日午後4時30分ころ,申立人は、差し入れの件で刑務官から意に沿わない対応をされたことに立腹し、刑務官による制止の指示に反して、座ったまま居室のドアを5回程度叩き,「確認せえ。」とか「差別じゃないんか。」などと大声を発した。
そこで、刑務官が非常ベルを鳴らしたところ,多数の刑務官が駆け付けてきた。刑務官が駆け付けてきたとき、申立人はドアの前に立っていたが、既に騒音を発したり、大声を発したりすることは止めていた。
その後、申立人は、刑務官によって保護室に連行されたが、途中,刑務官の指示に従って無言で歩いており,暴れることはなかった。また,保護室の中でも,申立人は所持品を検査すべく刑務官に服を脱がされる等したが、このときも、刑務官の指示に従っており,特に暴れることはなかった。
(2) 2011年1月22日について
2011年1月22日当時、申立人は昼夜単独室に収容されていた。
同日午前8時35分ころ,貴所幹部職員が視察を行った。
その際,申立人が居室内から膝立ちしながら廊下を覗き込んでいたので,刑務官が座っているように指導したところ、申立人との間で「見とらんがな」などと口論になり、ついには、申立人が「あげるんなら,あげろや(=懲罰にするのなら,懲罰にしてみろの意)」と大声を発した。
そこで,刑務官が非常ベルを鳴らしたところ,多数の刑務官が駆けつけてきた。刑務官が駆け付けてきたとき,申立人は居室内で立ちあがっていたが、特段、大声や騒音を発することはなく,他人に危害を加えるほど暴れるということもなかった。
その後、申立人は、刑務官によって保護室に連行されたが、この間も、刑務官の指示に従って歩いた。
保護室の中では,申立人は,右手と左手を互いにつかみ合うようにして、刑務官が申立人の服を脱がせることを妨げるなどした。そのため、刑務官は、申立人に催涙スプレーを使用する等した。
2 判断
(1) 被収容者にも人身の自由が保障されること
日本国憲法が掲げる人権尊重の理念が,被収容者にも及ぶことは当然である。国際人権規約(自由権規約10条1項)も,「自由を奪われたすべての者は,人道的にかつ固有の尊厳を尊重して,取り扱われる」ことを求めている。
とりわけ,憲法13条・18条・31条以下の規定が保障する人身の自由は,人が自由を享受するための大前提となる重要な人権であるから,公共の福祉に反しない限り立法その他の国政の上で最大限の尊重をされなければならない。
したがって,被収容者の人権に対する制約は,仮にこれが許される場合であっても,拘禁・戒護及び受刑者の矯正教化という収容目的を達成するために必要最小限度にとどまるものでなければならない。
(2) 保護室収容の要件
以上のような人身の自由の重要性を受けて、平成18年6月に成立した刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「法」と言う。)79条1項2号イは,被収容者が「刑務官の制止に従わず,大声又は騒音を発する」場合において,「刑事施設の規律及び秩序を維持するため特に必要があるとき」,被収容者を保護室に収容することができると規定して,保護室収容の要件を法律上明確化した。
すなわち,「大声又は騒音を発する」場合については,それが不安定な精神状態に起因するものか否か,するとしてもどの程度の状態によるものかが様々であることから,被収容者の精神状態が著しく不安定であって,手がつけられないような場合に限る趣旨で,「刑事施設の規律及び秩序を維持するため特に必要があるとき」と規定されたものである(林眞琴他「逐条解説 刑事収容施設法」(有斐閣,2010年)355頁以下)。
(3) 2010年10月5日の保護室収容は,法79条の要件を充たしていないこと
以上を前提に,2010年10月5日,申立人が保護室に収容された行為について,法79条1項2号イが規定する保護室収容の要件を充足するか否か検討すると,前述のとおり,①本件以前に申立人には保護室への収容歴も懲罰歴もなかったこと,②遅くとも非常ベルが鳴って多数の刑務官が駆けつけた時点までには,申立人は、騒音を発したり、大声を発したりすることを止めていたこと,③その後、保護室へ連行された際も,申立人は、刑務官の指示に従って無言で歩いており,暴れることはなかったこと,④保護室の中で,所持品検査を受けるべく刑務官に服を脱がされる等した際も,申立人は刑務官の指示に従い,特に暴れることはなかったこと,及び,⑤当時,申立人は昼夜単独室に収容されており,共同室に収容されていた場合ほどには,他の被収容者に与える影響は大きくなかったと考えられること等の諸般の事実に鑑みれば,当時の申立人の精神状態が著しく不安定で,手が付けられない場合であったと認めることはできず,「刑事施設の規律及び秩序を維持するため特に必要があるとき」という要件を充たさない。
よって,平成22年10月5日の保護室収容は,法79条に反する。
(4) 2011年1月22日の保護室収容も,法79条の要件を充たしていないこと
次に,2011年1月22日,申立人が保護室に収容された行為について,法79条1項2号イが規定する保護室収容の要件を充足するか否か検討すると,前述のとおり,①遅くとも非常ベルが鳴って多数の刑務官が駆けつけた時点までには,申立人は大声を発することを止めており,他人に危害を加えるほど暴れるということはなかったこと,②その後、保護室に連行された際も,申立人は刑務官の指示に従って歩いていたこと,及び,③当時,申立人は昼夜単独室に収容されており,共同室に収容されていた場合ほどには,他の被収容者に与える影響は大きくなかったと考えられること等の諸般の事実に鑑みれば,当時の申立人の精神状態が著しく不安定で,手が付けられない場合であったと認めることはできず,「刑事施設の規律及び秩序を維持するため特に必要があるとき」という要件を充たさない。
これに対して,確かに,申立人は,その後連行された保護室の中で,右手と左手を互いにつかみ合うようにして、刑務官が申立人の服を脱がせることを妨げるなどしている。
しかし,上記のとおり,本件では,これに先行してなされた保護室収容行為それ自体が要件を欠いていたというのであるから,このような法律上の根拠に基づかない処置に対して,申立人が多数の刑務官を相手に幾ばくかの抵抗を試みたとしても,保護室収容の要件該当性を検討するうえで斟酌すべき事情にはあたらないと言うべきである。
したがって,平成23年1月22日の保護室収容は,法79条に反する。
3 結論
以上のとおりであるから,当会は,貴所に対し,勧告の趣旨記載のとおり勧告する。
以上