勧告書・警告書2011.07.13
広島県警察本部に対するDNA型情報の採取に関する勧告書
広島県警察本部長
平野 和春 殿
広島弁護士会
会長 水中 誠三
勧告書
当会は,貴職の監督下の海田警察署留置施設に収容されていたA氏(以下「申立人」という)に係る人権救済申立事件につき,以下のとおり勧告する。
第1 勧告の趣旨
1 海田警察署の職員が,申立人に対し,執拗にDNA型情報の採取をしようとした手続は,明らかに違法なものであった。よって,今後二度と,このようなことがないよう勧告する。
2 被疑者に対するDNA型情報の採取にあたっては,同情報が個人の究極的なプライバシー情報であって原則として令状に基づいて採取されるべきである点に鑑み,例外的に任意にDNA型情報の採取を行う場合には,採取の意味,採取したDNA型情報の利用方法などの説明を書面等で十分に行ったうえで,被疑者の承諾書面を徴収するなどの方法を徹底する様に運用されたい。
第2 勧告の理由
1 申立の概要及び調査の経緯
当会では,平成22年6月2日,既に起訴され海田警察署留置施設に勾留されていた申立人から,申立人が明示に拒絶の意思を示しているにも関らず,広島県警海田警察署の複数の捜査官が長時間,DNA鑑定資料の任意提出を求め続けられたことについて人権救済申立があった。
そこで,当会では,人権擁護委員会において受理したうえ,刑事弁護センター委員会と共同で事件処理を行い,申立人や広島県警察本部等から事情聴取をするなどした。
2 認められる事実
申立人及び貴県警本部からの事情聴取の結果,以下の事実が認められる。
申立人は,住居侵入・窃盗事件として平成22年5月11日に起訴され,広島県警海田警察署留置施設において勾留中であった。
ところが,同事件の取調べ等の捜査は既に終了していたにも関らず,同月20日に申立人の取調べを担当していた捜査官が申立人に対して取調室への同行を求め,取調室において初めて水の入ったコップを準備し,取調室に準備されたバケツにうがいをして吐き出す様に求めた。
そして,同捜査官からDNA鑑定資料を採取する発言があり,同捜査官から強制ではなく任意のものである旨の説明もなされたが,これに対して申立人は,「データが残るから嫌だ」旨の発言をしてDNA鑑定資料の提出を明確に拒絶した。
ところが,同捜査官は「余罪も調べたい」「DNAを残していたら犯罪しないだろ」「普通の生活をしていたら問題ない」旨の発言をし,複数の捜査官も立ち会ったうえで,申立人への説得活動を少なくとも約50分間続けた。
なお,当会が広島県警察本部に対して,被疑者からDNAサンプルの提供を受ける場合の一般的な手続きについて照会したところ,同本部からは,口腔内の細胞を採取する方法で行うこと,被疑者の同意があれば任意提出書と所有権放棄書を併せて徴収する方法で行うとの回答があった。
3 判断
(1)個人の自己情報コントロール権
現在,警察庁は,平成17年8月26日にDNA型記録取扱規則・細則を公布したうえで,同年9月1日より「被疑者に係るDNA型データベース」の運用を開始している。
ところで,DNA型情報は,個人の遺伝情報が含まれていることから「個人の究極的のプライバシー」と一般に言われている。警察庁が運用している上記DNA型情報のデータベース・システムは,個人の究極的のプライバシー情報を警察権力が管理することを意味する。このような運用は,民主的コントロールの及ばない状況下で,警察権力によって憲法13条で保障される個人のプライバシー権ないし自己情報コントロール権が侵害される危険が内在している。したがって,捜査のためにDNA型情報を収集するにあたっては,極めて慎重な配慮が求められるものというべきである。
(2) DNA型情報の採取手続きについて
DNA型情報の収集については,原則として裁判所が発付した令状によるべきである。DNA型情報のデータベース化に関して対比されるのが指紋情報であるが,指紋の採取には,刑訴法218条2項という明文の法的根拠があり,また指紋は,指という体表の外形的形状を転写するに過ぎないという明らかな違いが存在する。
すなわち,DNA型情報の採取にあたっては,身柄拘束された被疑者に対して無令状で身体検査として指紋採取が可能であるのと異なり,いささかでもその身体への侵襲を伴うものであるから,強制的に採取するためには,強制採尿と同じく医師の手による条件を付した捜索差押許可状か,採血と同様に鑑定処分許可状と身体検査令状が必要となると考えられる。したがって,当然のことながら犯罪捜査のための必要性,すなわち,被疑事実との関連性が必要となるというべきである。
また,DNA型情報の重要性や,それについての自己情報コントロール権を重視すべきであることからすれば,例外的に任意の採取を行う場合であっても,書面により採取の意味,利用方法などの説明を十分に行ったうえで,上記説明を受けたこと,サンプル採取に協力すること,今後の利用方法について同意することなどを記載した被疑者の承諾書面を徴収するなどの方法をとらねばならないというべきである。
(3)本件におけるあてはめ
本件では,上記のとおり,令状に基づく採取手続きはとられておらず,いわゆる任意による採取が試みられたものである。しかしながら,海田警察署の捜査官は,申立人の住居侵入・窃盗被告事件についての捜査が終了し,余罪についての具体的な捜査の関連性必要性が認められないにも関らず,取調室において説得と称して,少なくとも約50分間にもわたって申立人に対してDNA検出資料の提出を求めている。
かかる「説得」は,書面による明確な説明もなしに口頭のみでなされたもので,申立人に対していきなりDNA型採取の準備のためのうがいを求めたというものであり,かつ,申立人に対して書面による同意を求めたものでもなかった。したがって,このような「説得」によるDNA型情報の採取の試み自体が,申立人に対する人権侵害であったというべきである。
のみならず,申立人が明確な拒絶の意思を示していたことや身柄を拘束された状況下であったこと等からすると,任意捜査の域を超えた違法捜査というほかはないこと,こうした捜査によって申立人のDNA型情報という究極のプライバシー情報のコントロール権を侵害するおそれがあったことからすると,このような活動は令状主義の精神を没却するような重大な違法捜査であって,およそ許容することは出来ず,強く非難されるべきであることは明らかである。
よって当会は,勧告の趣旨1記載のとおり勧告する。
(4)貴職の責任
そもそも,前記のとおり,DNA型情報の採取にあたっては,極めて慎重な配慮が求められるべきである。しかるに,前記のような長時間にわたる説得活動を行っている例が存在することは,広島県警察においては,被疑者が同意せざるを得ない状況のもとで,実質において強制的な採取と異ならない方法によってDNA型情報を採取することが常態化していることを強く推認させるものといえる。
よって,当会は貴職に対し,DNA型情報の採取手続きの現在の運用を改めるよう,勧告の趣旨2記載のとおり勧告する。
以上
広島県警察本部長
平野 和春 殿
広島弁護士会
会長 水中 誠三
勧告書
当会は,貴職の監督下の海田警察署留置施設に収容されていたA氏(以下「申立人」という)に係る人権救済申立事件につき,以下のとおり勧告する。
第1 勧告の趣旨
1 海田警察署の職員が,申立人に対し,執拗にDNA型情報の採取をしようとした手続は,明らかに違法なものであった。よって,今後二度と,このようなことがないよう勧告する。
2 被疑者に対するDNA型情報の採取にあたっては,同情報が個人の究極的なプライバシー情報であって原則として令状に基づいて採取されるべきである点に鑑み,例外的に任意にDNA型情報の採取を行う場合には,採取の意味,採取したDNA型情報の利用方法などの説明を書面等で十分に行ったうえで,被疑者の承諾書面を徴収するなどの方法を徹底する様に運用されたい。
第2 勧告の理由
1 申立の概要及び調査の経緯
当会では,平成22年6月2日,既に起訴され海田警察署留置施設に勾留されていた申立人から,申立人が明示に拒絶の意思を示しているにも関らず,広島県警海田警察署の複数の捜査官が長時間,DNA鑑定資料の任意提出を求め続けられたことについて人権救済申立があった。
そこで,当会では,人権擁護委員会において受理したうえ,刑事弁護センター委員会と共同で事件処理を行い,申立人や広島県警察本部等から事情聴取をするなどした。
2 認められる事実
申立人及び貴県警本部からの事情聴取の結果,以下の事実が認められる。
申立人は,住居侵入・窃盗事件として平成22年5月11日に起訴され,広島県警海田警察署留置施設において勾留中であった。
ところが,同事件の取調べ等の捜査は既に終了していたにも関らず,同月20日に申立人の取調べを担当していた捜査官が申立人に対して取調室への同行を求め,取調室において初めて水の入ったコップを準備し,取調室に準備されたバケツにうがいをして吐き出す様に求めた。
そして,同捜査官からDNA鑑定資料を採取する発言があり,同捜査官から強制ではなく任意のものである旨の説明もなされたが,これに対して申立人は,「データが残るから嫌だ」旨の発言をしてDNA鑑定資料の提出を明確に拒絶した。
ところが,同捜査官は「余罪も調べたい」「DNAを残していたら犯罪しないだろ」「普通の生活をしていたら問題ない」旨の発言をし,複数の捜査官も立ち会ったうえで,申立人への説得活動を少なくとも約50分間続けた。
なお,当会が広島県警察本部に対して,被疑者からDNAサンプルの提供を受ける場合の一般的な手続きについて照会したところ,同本部からは,口腔内の細胞を採取する方法で行うこと,被疑者の同意があれば任意提出書と所有権放棄書を併せて徴収する方法で行うとの回答があった。
3 判断
(1)個人の自己情報コントロール権
現在,警察庁は,平成17年8月26日にDNA型記録取扱規則・細則を公布したうえで,同年9月1日より「被疑者に係るDNA型データベース」の運用を開始している。
ところで,DNA型情報は,個人の遺伝情報が含まれていることから「個人の究極的のプライバシー」と一般に言われている。警察庁が運用している上記DNA型情報のデータベース・システムは,個人の究極的のプライバシー情報を警察権力が管理することを意味する。このような運用は,民主的コントロールの及ばない状況下で,警察権力によって憲法13条で保障される個人のプライバシー権ないし自己情報コントロール権が侵害される危険が内在している。したがって,捜査のためにDNA型情報を収集するにあたっては,極めて慎重な配慮が求められるものというべきである。
(2) DNA型情報の採取手続きについて
DNA型情報の収集については,原則として裁判所が発付した令状によるべきである。DNA型情報のデータベース化に関して対比されるのが指紋情報であるが,指紋の採取には,刑訴法218条2項という明文の法的根拠があり,また指紋は,指という体表の外形的形状を転写するに過ぎないという明らかな違いが存在する。
すなわち,DNA型情報の採取にあたっては,身柄拘束された被疑者に対して無令状で身体検査として指紋採取が可能であるのと異なり,いささかでもその身体への侵襲を伴うものであるから,強制的に採取するためには,強制採尿と同じく医師の手による条件を付した捜索差押許可状か,採血と同様に鑑定処分許可状と身体検査令状が必要となると考えられる。したがって,当然のことながら犯罪捜査のための必要性,すなわち,被疑事実との関連性が必要となるというべきである。
また,DNA型情報の重要性や,それについての自己情報コントロール権を重視すべきであることからすれば,例外的に任意の採取を行う場合であっても,書面により採取の意味,利用方法などの説明を十分に行ったうえで,上記説明を受けたこと,サンプル採取に協力すること,今後の利用方法について同意することなどを記載した被疑者の承諾書面を徴収するなどの方法をとらねばならないというべきである。
(3)本件におけるあてはめ
本件では,上記のとおり,令状に基づく採取手続きはとられておらず,いわゆる任意による採取が試みられたものである。しかしながら,海田警察署の捜査官は,申立人の住居侵入・窃盗被告事件についての捜査が終了し,余罪についての具体的な捜査の関連性必要性が認められないにも関らず,取調室において説得と称して,少なくとも約50分間にもわたって申立人に対してDNA検出資料の提出を求めている。
かかる「説得」は,書面による明確な説明もなしに口頭のみでなされたもので,申立人に対していきなりDNA型採取の準備のためのうがいを求めたというものであり,かつ,申立人に対して書面による同意を求めたものでもなかった。したがって,このような「説得」によるDNA型情報の採取の試み自体が,申立人に対する人権侵害であったというべきである。
のみならず,申立人が明確な拒絶の意思を示していたことや身柄を拘束された状況下であったこと等からすると,任意捜査の域を超えた違法捜査というほかはないこと,こうした捜査によって申立人のDNA型情報という究極のプライバシー情報のコントロール権を侵害するおそれがあったことからすると,このような活動は令状主義の精神を没却するような重大な違法捜査であって,およそ許容することは出来ず,強く非難されるべきであることは明らかである。
よって当会は,勧告の趣旨1記載のとおり勧告する。
(4)貴職の責任
そもそも,前記のとおり,DNA型情報の採取にあたっては,極めて慎重な配慮が求められるべきである。しかるに,前記のような長時間にわたる説得活動を行っている例が存在することは,広島県警察においては,被疑者が同意せざるを得ない状況のもとで,実質において強制的な採取と異ならない方法によってDNA型情報を採取することが常態化していることを強く推認させるものといえる。
よって,当会は貴職に対し,DNA型情報の採取手続きの現在の運用を改めるよう,勧告の趣旨2記載のとおり勧告する。
以上