勧告書・警告書2015.06.15
監視カメラ付きの居室に収容に関する勧告書(刑務所長あて)
広島刑務所
所長 岡下好己 殿
広島弁護士会
会長 木村 豊
広島弁護士会人権擁護委員会
委員長 原田 武彦
勧告書
当会は,Aを申立人,貴所を相手方とする人権救済申立事件(2014年第9号)について,当会人権擁護委員会による調査の結果,救済措置を講ずる必要があるとの結論に達したので,当会常議員会の議を経た上,下記のとおり勧告する。
勧告の趣旨
貴所が,申立人を,2014(平成26)年6月24日から同年8月20日まで,監視カメラが備え付けられている居室に収容したことは,同人のプライバシー権を違法に侵害する措置である。
被収容者を,終日,監視カメラによる動静監視の下に置くことは,プライバシー権を著しく侵害し,大きな精神的不安や苦痛を与えるものであるから,同室への収容は,被収容者に逃亡,自殺・自傷のおそれがある場合やその他これに準ずる事由が認められ,それにより,事後的に回復することが困難で,かつ,重大な結果が予想される場合に限り実施されるべきである。監視カメラが備え付けられている居室への収容及びその継続の許否について,今後は,上記の観点から慎重に判断するよう勧告する。
勧告の理由
第1 申立の趣旨
申立人は,2014(平成26)年6月24日から同年8月20日までの間,監視カメラが備え付けられている居室(以下,「監視カメラ室」という。)に収容されたが,事前に収容される理由や収容期間についての説明を受けておらず,弁明の機会も与えられなかった。収容中は常に頭上のカメラが気になり,終始,監視されていると思うと眠れず,多大な苦痛を被った。
このような監視カメラ室への収容のあり方は不当である。
第2 当会人権擁護委員会による調査の経過概要
2014(平成26)年7月2日 申立人からの書面による申立て
同年
9月26日 広島刑務所にて申立人より事情の聴取
同年
10月29日 広島刑務所にて法務事務官看守長より事情の聴取
2015(平成27)年2月13日 広島刑務所にて申立人及び法務事務官看守長より事情の聴取
第3 調査結果(刑務所からの聞取結果)
1 監視カメラ室について
(1)監視カメラ室の設置及び収容の根拠について
監視カメラ室の設置及び収容について直接定めた明
文上の規定はない。もっとも,刑事収容施設及び被収
容者等の処遇に関する法律(以下,「刑事被収容者処遇法」とする。)4条3項では,被収容者の居室について,「被収容者が主として休息及び就寝のために使用する場所として刑事施設の長が指定する室」と定めており,監視カメラ室への収容も上記規定に基づく居室の指定として行っている。
監視カメラ室の運用に関する通達はない。広島刑務
所における内規は存在するが,その内容は公表できな
い。
(2)監視の態様,視認範囲,録画・録音の有無及び記録
の保管期間について
天井の中央付近にカメラが一つ付いており,居室内の
状況を24時間,常時,モニターで監視できる。カメ
ラを通じての視認範囲は部屋全体にわたるが,鮮明な
画像ではない。常時,連続して録画・録音を行ってい
る。
録画等の記録の保管期間は,明確に定まっているわ
けではないが,一定期間を経て自動的に更新されてい
く。
録画等の記録は,保存するものとそうでないものがある。例えば,懲罰委員会に提出する記録などは保存している。画像は,所長が監視カメラ室から転室させるか否かを判断する資料として用いられている。
(3)監視カメラ室の構造及び設備について
蛇口,網戸はない。畳敷きである。洗面所は木の枠で
囲まれている。一般の居室に比べると,自殺防止の点から多少の相違はあるが,著しく異なるわけではない。
(4)監視カメラ室への収容にかかる運用について
監視カメラ室に収容するケースは,①自殺・自傷行為の危険性がある場合,②物を壊すなど粗暴性がある場合,③刑務官とのトラブルの有無を確認する必要がある場合,④医療上の必要がある場合である。懲罰的な意味合いで収容することはない。
収容期間は予め定められない。転室させるかどうかは,審査会を開き,当初の収容理由の継続の有無や工場に配置することが妥当か否かにより判断される。最終的には所長の判断に委ねられる。転室の際には,本人と面談を行っている。
2 申立人を監視カメラ室に収容した理由について
申立人を,2014(平成26)年6月24日から同年8月20日までの間,監視カメラ室に収容したことは事実である。
申立人は,度々,苦情を申し立てる者で,その内容は居室にいる際の出来事についてのものが多い。本件については,監視カメラ室への収容前に,申立人より,刑務官に侮辱された旨の申立てがあった。通常,そうした場合には,同室・隣接の受刑者や世話係の受刑者に事実確認をするが,申立人は個室に収容されており,また,以前から刑務官に対して乱暴な言葉使いをすること,その他,これまでの苦情内容等を考慮して,監視カメラ室に収容して刑務官とのやり取りを確認することにした。
申立人を監視カメラ室に収容する前に,収容理由を説明しなかったのは,内規における手続上,理由を告げないことになっているためである。
第4 当委員会の判断
1 監視カメラ室への収容について
刑事被収容者処遇法は,同法73条1項において「刑事施設の規律及び秩序は,適正に維持されなければならない。」と定めると同時に,「前項の目的を達成するため執る措置は,被収容者の収容を確保し,並びにその処遇のための適切な環境及びその安全かつ平穏な共同生活を維持するため必要な限度を超えてはならない。」と定め,規律及び秩序の適正維持のために刑務所が執る措置が,必要な限度を超えてはならないことを明記している。
かかる法の規定の趣旨は,施設管理や秩序維持,被収容者の生命・身体の安全確保のために,被収容者の権利・利益が一定程度の制約を受ける場合のあることはやむを得ないとしても,その制約は必要最小限度に止められなければならないとするものである(比例原則)。
この点,監視カメラ室による動静監視は,通常の巡視による動静把握とは異なり,被収容者を,常時,継続的に監視することを可能とするもので,対象者にとっては,四六時中,一挙一動を監視下に置かれることを意味するから,プライバシー権の著しい制約を伴い,対象者に大きな精神的不安や苦痛を余儀なくさせるものである。
このように監視カメラ室への収容が被収容者の権利・利益を著しく制約するものであることに鑑みれば,それが規律及び秩序の適正維持のための措置として必要な限度を超えないと言い得るのは,動静監視の必要性が特に高く,かつ被収容者に対するプライバシー侵害の程度がより低い他の方法では,その目的を達することができない場合に限られるというべきである。より具体的には,監視カメラ室への収容は,被収容者に逃亡,自殺・自傷のおそれやそれらに準ずる事由が認められ,事後的に回復することが困難で,かつ重大な結果が予想される場合に限って許容され得るというべきである。
2 本件について
貴所は,「刑務官とのトラブルの有無を確認する必要」があったため,申立人を監視カメラ室に収容したとする。
しかしながら,貴所の説明する上記についての具体的な事情は,申立人が刑務官から侮辱を受けたとする苦情の申立てを行っていた,その一方で,申立人には,日ごろから刑務官に対する乱暴な言葉づかいが見受けられた,このため,申立人と刑務官とのやりとりを確認する必要があった,というものに過ぎない。このことは,貴所の説明を前提としても,申立人と刑務官の間にコミュニケーションの問題があったというにすぎないものであり,それ自体,およそ,事後的に回復することが困難で,かつ重大な結果が予想される事由が存する状況であったとは言えない。
被収容者の刑務官に対する言葉づかいや,後者の前者に対する振る舞いが,その態様によっては,刑事施設の規律及び秩序の適正を図る観点から何らかの対応を必要とする問題であり得るとしても,そうしたトラブルは当事者双方への注意喚起や指導等を重ねて防止・解消に努めるべきものであって,被収容者の動静を監視カメラで常時監視するまでの必要性は到底,認め難い。
また,貴所は,申立人と刑務官とのやりとりを確認する必要があったとしているが,常時監視をされている状況下での言動から,トラブルの有無や,問題の所在を把握するのに有効な資料が得られることは通常期待できないはずであり,調査の手立てとしても,その有効性には大いに疑問がある。そうであるにもかかわらず,申立人に心理的な苦痛を伴うことが容易に想定される監視カメラ室への収容を行うことについては,貴所において,実際上,申立人に対する懲罰的な効果を意図したもの,あるいは申立人が苦情を申し立てることへの牽制を意図したものとの疑念すらなしとしない。
以上より,申立人の監視カメラ室への収容には,それが許容されるだけの必要性が欠けており,申立人のプライバシー権を違法に侵害したものというべきである。
3 結論
よって,当会は,貴所に対し,勧告の趣旨のとおり勧告する。
以上
広島刑務所
所長 岡下好己 殿
広島弁護士会
会長 木村 豊
広島弁護士会人権擁護委員会
委員長 原田 武彦
勧告書
当会は,Aを申立人,貴所を相手方とする人権救済申立事件(2014年第9号)について,当会人権擁護委員会による調査の結果,救済措置を講ずる必要があるとの結論に達したので,当会常議員会の議を経た上,下記のとおり勧告する。
勧告の趣旨
貴所が,申立人を,2014(平成26)年6月24日から同年8月20日まで,監視カメラが備え付けられている居室に収容したことは,同人のプライバシー権を違法に侵害する措置である。
被収容者を,終日,監視カメラによる動静監視の下に置くことは,プライバシー権を著しく侵害し,大きな精神的不安や苦痛を与えるものであるから,同室への収容は,被収容者に逃亡,自殺・自傷のおそれがある場合やその他これに準ずる事由が認められ,それにより,事後的に回復することが困難で,かつ,重大な結果が予想される場合に限り実施されるべきである。監視カメラが備え付けられている居室への収容及びその継続の許否について,今後は,上記の観点から慎重に判断するよう勧告する。
勧告の理由
第1 申立の趣旨
申立人は,2014(平成26)年6月24日から同年8月20日までの間,監視カメラが備え付けられている居室(以下,「監視カメラ室」という。)に収容されたが,事前に収容される理由や収容期間についての説明を受けておらず,弁明の機会も与えられなかった。収容中は常に頭上のカメラが気になり,終始,監視されていると思うと眠れず,多大な苦痛を被った。
このような監視カメラ室への収容のあり方は不当である。
第2 当会人権擁護委員会による調査の経過概要
2014(平成26)年7月2日 申立人からの書面による申立て
同年
9月26日 広島刑務所にて申立人より事情の聴取
同年
10月29日 広島刑務所にて法務事務官看守長より事情の聴取
2015(平成27)年2月13日 広島刑務所にて申立人及び法務事務官看守長より事情の聴取
第3 調査結果(刑務所からの聞取結果)
1 監視カメラ室について
(1)監視カメラ室の設置及び収容の根拠について
監視カメラ室の設置及び収容について直接定めた明
文上の規定はない。もっとも,刑事収容施設及び被収
容者等の処遇に関する法律(以下,「刑事被収容者処遇法」とする。)4条3項では,被収容者の居室について,「被収容者が主として休息及び就寝のために使用する場所として刑事施設の長が指定する室」と定めており,監視カメラ室への収容も上記規定に基づく居室の指定として行っている。
監視カメラ室の運用に関する通達はない。広島刑務
所における内規は存在するが,その内容は公表できな
い。
(2)監視の態様,視認範囲,録画・録音の有無及び記録
の保管期間について
天井の中央付近にカメラが一つ付いており,居室内の
状況を24時間,常時,モニターで監視できる。カメ
ラを通じての視認範囲は部屋全体にわたるが,鮮明な
画像ではない。常時,連続して録画・録音を行ってい
る。
録画等の記録の保管期間は,明確に定まっているわ
けではないが,一定期間を経て自動的に更新されてい
く。
録画等の記録は,保存するものとそうでないものがある。例えば,懲罰委員会に提出する記録などは保存している。画像は,所長が監視カメラ室から転室させるか否かを判断する資料として用いられている。
(3)監視カメラ室の構造及び設備について
蛇口,網戸はない。畳敷きである。洗面所は木の枠で
囲まれている。一般の居室に比べると,自殺防止の点から多少の相違はあるが,著しく異なるわけではない。
(4)監視カメラ室への収容にかかる運用について
監視カメラ室に収容するケースは,①自殺・自傷行為の危険性がある場合,②物を壊すなど粗暴性がある場合,③刑務官とのトラブルの有無を確認する必要がある場合,④医療上の必要がある場合である。懲罰的な意味合いで収容することはない。
収容期間は予め定められない。転室させるかどうかは,審査会を開き,当初の収容理由の継続の有無や工場に配置することが妥当か否かにより判断される。最終的には所長の判断に委ねられる。転室の際には,本人と面談を行っている。
2 申立人を監視カメラ室に収容した理由について
申立人を,2014(平成26)年6月24日から同年8月20日までの間,監視カメラ室に収容したことは事実である。
申立人は,度々,苦情を申し立てる者で,その内容は居室にいる際の出来事についてのものが多い。本件については,監視カメラ室への収容前に,申立人より,刑務官に侮辱された旨の申立てがあった。通常,そうした場合には,同室・隣接の受刑者や世話係の受刑者に事実確認をするが,申立人は個室に収容されており,また,以前から刑務官に対して乱暴な言葉使いをすること,その他,これまでの苦情内容等を考慮して,監視カメラ室に収容して刑務官とのやり取りを確認することにした。
申立人を監視カメラ室に収容する前に,収容理由を説明しなかったのは,内規における手続上,理由を告げないことになっているためである。
第4 当委員会の判断
1 監視カメラ室への収容について
刑事被収容者処遇法は,同法73条1項において「刑事施設の規律及び秩序は,適正に維持されなければならない。」と定めると同時に,「前項の目的を達成するため執る措置は,被収容者の収容を確保し,並びにその処遇のための適切な環境及びその安全かつ平穏な共同生活を維持するため必要な限度を超えてはならない。」と定め,規律及び秩序の適正維持のために刑務所が執る措置が,必要な限度を超えてはならないことを明記している。
かかる法の規定の趣旨は,施設管理や秩序維持,被収容者の生命・身体の安全確保のために,被収容者の権利・利益が一定程度の制約を受ける場合のあることはやむを得ないとしても,その制約は必要最小限度に止められなければならないとするものである(比例原則)。
この点,監視カメラ室による動静監視は,通常の巡視による動静把握とは異なり,被収容者を,常時,継続的に監視することを可能とするもので,対象者にとっては,四六時中,一挙一動を監視下に置かれることを意味するから,プライバシー権の著しい制約を伴い,対象者に大きな精神的不安や苦痛を余儀なくさせるものである。
このように監視カメラ室への収容が被収容者の権利・利益を著しく制約するものであることに鑑みれば,それが規律及び秩序の適正維持のための措置として必要な限度を超えないと言い得るのは,動静監視の必要性が特に高く,かつ被収容者に対するプライバシー侵害の程度がより低い他の方法では,その目的を達することができない場合に限られるというべきである。より具体的には,監視カメラ室への収容は,被収容者に逃亡,自殺・自傷のおそれやそれらに準ずる事由が認められ,事後的に回復することが困難で,かつ重大な結果が予想される場合に限って許容され得るというべきである。
2 本件について
貴所は,「刑務官とのトラブルの有無を確認する必要」があったため,申立人を監視カメラ室に収容したとする。
しかしながら,貴所の説明する上記についての具体的な事情は,申立人が刑務官から侮辱を受けたとする苦情の申立てを行っていた,その一方で,申立人には,日ごろから刑務官に対する乱暴な言葉づかいが見受けられた,このため,申立人と刑務官とのやりとりを確認する必要があった,というものに過ぎない。このことは,貴所の説明を前提としても,申立人と刑務官の間にコミュニケーションの問題があったというにすぎないものであり,それ自体,およそ,事後的に回復することが困難で,かつ重大な結果が予想される事由が存する状況であったとは言えない。
被収容者の刑務官に対する言葉づかいや,後者の前者に対する振る舞いが,その態様によっては,刑事施設の規律及び秩序の適正を図る観点から何らかの対応を必要とする問題であり得るとしても,そうしたトラブルは当事者双方への注意喚起や指導等を重ねて防止・解消に努めるべきものであって,被収容者の動静を監視カメラで常時監視するまでの必要性は到底,認め難い。
また,貴所は,申立人と刑務官とのやりとりを確認する必要があったとしているが,常時監視をされている状況下での言動から,トラブルの有無や,問題の所在を把握するのに有効な資料が得られることは通常期待できないはずであり,調査の手立てとしても,その有効性には大いに疑問がある。そうであるにもかかわらず,申立人に心理的な苦痛を伴うことが容易に想定される監視カメラ室への収容を行うことについては,貴所において,実際上,申立人に対する懲罰的な効果を意図したもの,あるいは申立人が苦情を申し立てることへの牽制を意図したものとの疑念すらなしとしない。
以上より,申立人の監視カメラ室への収容には,それが許容されるだけの必要性が欠けており,申立人のプライバシー権を違法に侵害したものというべきである。
3 結論
よって,当会は,貴所に対し,勧告の趣旨のとおり勧告する。
以上