勧告書・警告書2015.11.18
刑事被収容者処遇法に関する勧告書(刑務所長あて)
広島刑務所長 岡下好己 殿
広島弁護士会
会長 木村 豊
広島弁護士会人権擁護委員会
委員長 原田 武彦
勧 告 書
当会は、Aを申立人、貴所を相手方とする人権救済申立事件(2014年度第24号)について、当会人権擁護委員会による調査の結果、救済措置を講ずる必要があるとの結論に達したので、当会常議員会の議を経た上、下記のとおり勧告する。
勧告の趣旨
申立人が法務大臣への苦情の申出を行う目的であることを表明しているにもかかわらず、当該苦情内容に関する刑務官の発言を記載した備忘メモの提出を刑務官が指示することは、法務大臣への秘密申立てを定めた刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下、「刑事被収容者処遇法」という)第169条の趣旨に反する違法な措置である。
よって、被収容者が、刑事被収容者処遇法に基づく大臣への苦情の申出をなすことを表明した場合、刑務官が、苦情の申出に関するメモの内容の説明を求めたり、メモの提出を求めたりしないよう、周知徹底するよう勧告する。
勧告の理由
第1 申立の趣旨
1 申立人は、早朝修養(経典使用)の許可を得て、平成26年11月12日午前1時頃、着座して経典を黙読しようとしたが、刑務官から、中止を指示され、これを中止した。
2 申立人は、法務大臣への苦情申出のため、刑務官の言葉と内容を便箋にメモした。刑務官は、便箋の提出を指示し、申立人は、法務大臣に対する苦情の申出を理由に、いったん提出を拒否したが、結局、提出に応じた。
3 刑務官が処遇本部に電話したところ、申立人は、懲罰を受けると思い、刑務官の言葉を便箋にメモした。刑務官は、メモの中止及び便箋の提出を指示したが、申立人は、メモを中止せず、便箋の提出を拒否した。
4 申立人は、翌13日、事情聴取を受け、同月21日、上記3のメモの中止指示の違反(反抗)を理由に、25日間の閉居罰を受けることとなった。
第2 当会人権擁護委員会による調査の経過概要
2014年(平成26年)11月19日 申立人からの書面による申立て
2015年(平成27年)1月14日 広島刑務所にて申立人より事情聴取
同年7月8日 広島刑務所長に文書照会
同年7月21日 広島刑務所長から文書回答
第3 調査により認定した事実経過
1 申立人は、平成26年6月2日、早朝修養(経典使用)を行うことを許可された。当時、申立人は、単独室に収容されていた。申立人は、同許可に基づき、正座して瞑想したり、経典の音読をしていた。
2 平成26年9月21日、閉居罰の執行が終了し、申立人は、翌22日、工場配役となり、単独室から共同室に転室となった。申立人は、経典の音読を止め、黙読をするようになった。就寝時間中でも、目が覚めたときには、着座して経典を黙読することがあった。なお、当該共同室に時計はなかった。就寝時間は、平日は、午後9時から翌午前6時40分、休日は、午後9時から翌午前7時40分である。
3 申立人は、平成26年11月12日午前1時頃(就寝時間中)、布団の上で、座禅を組み、経典を黙読しようとしたところ、夜勤の刑務官から、中止の指示を受けた。申立人と刑務官のやり取りは、次のとおりである。
刑務官「祈るにはまだ早いだろう。止めろ。」
申立人「許可を得て半年間続けてきたが、注意を受けたことはない。今は何時なのか。」
刑務官「1時を回ったところである。」
申立人「AM1時ですよね。今まで注意されなかった。」
刑務官「止めろと言ったら素直に止めて寝ればいいんじゃ。祈るにはまだ早いだろう。」
4 申立人は、指示に従い、布団に入った。しかし、法務大臣に苦情の申出をするため、便箋に刑務官の言葉を書き留めた。刑務官が見咎めて、次のやり取りがされた。
刑務官「何を書いているのか。出せ。」
申立人「苦情申出をするため、書き留めたので出さない。」
刑務官「分かった。出さないんだな。」
刑務官が、処遇本部に電話をかけようとしたため、申立人は、懲罰を受けると思い、便箋の提出に応じた。刑務官は、処遇本部に「処遇1名」と電話をかけた。同便箋には、「日付けが変わったばっかりだ、お前もわからんやつじゃのう、ごんぎょうは朝やる」と記載されていた。
5 その後、申立人は、法務大臣に苦情の申出をするため、もう一枚の便箋に、再度、刑務官の言葉を書き留めた。刑務官は、申立人に対し、便箋の記入の中止を指示し、便箋の提出を指示したが、申立人は、これらを拒否した。同便箋には、「日付けが変わったばっかりじ、朝やるんじゃないんか」と記載されていた。
6 申立人は、平成26年11月21日、上記のメモの中止指示に関する反抗事犯として、閉居25日の懲罰を科された。
7 広島刑務所においては、被収容者が刑事被収容者処遇法第169条第1項に係る苦情の申出を願い出た場合、不服申立書を保管するための専用封筒を貸与され、同書を封筒内に保管するよう告知されている。職員が、保安上の必要により、封筒内の異物混入を封筒の上から触って確認することはあるが、封筒を開けて検査することはないとされる。被収容者が居室外に連行される際は、封筒を携行するよう告知されている。工場での作業中など携行できない場合は、同封筒を封緘する措置が執られる。不服申立てに係る備忘メモについては、封筒内に保管しているものであれば、職員がその内容を確認することはできない。
第4 当委員会の判断
1 刑事被収容者処遇法第169条第1項は、「刑事施設の長は、被収容者が、審査の申請等…をし、又は法務大臣若しくは監査官に対し苦情の申出をするに当たり、その内容を刑事施設の職員に秘密にすることができるように、必要な措置を講じなければならない。」と定め、同条第2項は、「…審査の申請等又は苦情の申出の書面は、検査をしてはならない。」と定めている。
同条は、苦情の申出の書面について、信書の検査の規定の適用を除外し、法律上、秘密申立てを保障している(逐条解説刑事収容施設法(改訂版)886頁)。すなわち、被収容者が外部に信書を発信しようとするときは、刑務所長は、必要があると認められる場合には、被収容者処遇法第127条第1項に基づいて、信書の検査をしうるとされている。この検査については、信書以外の金品の同封の有無の確認、発受の相手方の確認、記述内容の確認のいずれにも及ぶと解されている。しかしながら、苦情の申出の場合には、このような検査はいずれも許されず(同888頁)、刑事施設の職員にその内容を秘密にすることができるとされている(同886頁)。また、刑事施設の職員が、被収容者から苦情の申出の内容を聴取しようとすることも許されない(同887頁)。このことは、かつての名古屋刑務所における被収容者への虐待事件の反省などを受けて、被収容者からの苦情の申出が職員に秘密裡になしうることを制度的にも保障しようとしたものである。
2 被収容者は、刑事施設に拘禁されており、生活の全般にわたり、刑事施設の職員の監護下にあるため、職員が事前に被収容者が行おうとする苦情の内容を知ることができるとすれば、職員から苦情の申出をしないように圧力や干渉を受けて、不本意にこれに従うことがあり得るし、干渉がないとしても、職員にどのように思われるかと気遣う心情から苦情の申出をためらうこともあり得る。刑事被収容者処遇法第169条は、このようなことにより、刑事施設における処遇について、監督機関等による判断が及ばなくなることがないように、刑事施設の長は、被収容者が苦情の申出をする際に、その内容を職員に秘密にすることができるように必要な措置を講じなければならないとするとともに、苦情の申出の書面について、信書の検査の規定の適用を除外し、秘密申立てを保障している(同886頁)。
3 以上のとおり、刑事施設の職員は、苦情の申出について、被収容者からその内容を聴取することは許されないと解されている。被収容者が、苦情の申出のための備忘メモを刑事施設の職員に提出することが許容されるとすると、結果的に申出の前に職員に苦情の申出の内容を知られることになり、苦情の申出自体について萎縮的作用が生じかねない。かかる事態は、刑事被収容者処遇法第169条が秘密申立てを保障した上記の趣旨に反するから、刑事施設の職員は、苦情の申出の内容の聴取自体が許されないのと同様に、苦情の申出を行うための備忘メモの内容の確認も許されないものというべきである。
4 本件では、申立人が苦情の申出のためのメモであることを明示的に主張した以上、刑務官が、メモの中止を指示することはともかくとしても、メモの提出を指示することは、刑事被収容者処遇法第169条に違反するというべきである。
5 よって、当会は、貴所に対し、勧告の趣旨のとおり勧告する。
以上
広島刑務所長 岡下好己 殿
広島弁護士会
会長 木村 豊
広島弁護士会人権擁護委員会
委員長 原田 武彦
勧 告 書
当会は、Aを申立人、貴所を相手方とする人権救済申立事件(2014年度第24号)について、当会人権擁護委員会による調査の結果、救済措置を講ずる必要があるとの結論に達したので、当会常議員会の議を経た上、下記のとおり勧告する。
勧告の趣旨
申立人が法務大臣への苦情の申出を行う目的であることを表明しているにもかかわらず、当該苦情内容に関する刑務官の発言を記載した備忘メモの提出を刑務官が指示することは、法務大臣への秘密申立てを定めた刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下、「刑事被収容者処遇法」という)第169条の趣旨に反する違法な措置である。
よって、被収容者が、刑事被収容者処遇法に基づく大臣への苦情の申出をなすことを表明した場合、刑務官が、苦情の申出に関するメモの内容の説明を求めたり、メモの提出を求めたりしないよう、周知徹底するよう勧告する。
勧告の理由
第1 申立の趣旨
1 申立人は、早朝修養(経典使用)の許可を得て、平成26年11月12日午前1時頃、着座して経典を黙読しようとしたが、刑務官から、中止を指示され、これを中止した。
2 申立人は、法務大臣への苦情申出のため、刑務官の言葉と内容を便箋にメモした。刑務官は、便箋の提出を指示し、申立人は、法務大臣に対する苦情の申出を理由に、いったん提出を拒否したが、結局、提出に応じた。
3 刑務官が処遇本部に電話したところ、申立人は、懲罰を受けると思い、刑務官の言葉を便箋にメモした。刑務官は、メモの中止及び便箋の提出を指示したが、申立人は、メモを中止せず、便箋の提出を拒否した。
4 申立人は、翌13日、事情聴取を受け、同月21日、上記3のメモの中止指示の違反(反抗)を理由に、25日間の閉居罰を受けることとなった。
第2 当会人権擁護委員会による調査の経過概要
2014年(平成26年)11月19日 申立人からの書面による申立て
2015年(平成27年)1月14日 広島刑務所にて申立人より事情聴取
同年7月8日 広島刑務所長に文書照会
同年7月21日 広島刑務所長から文書回答
第3 調査により認定した事実経過
1 申立人は、平成26年6月2日、早朝修養(経典使用)を行うことを許可された。当時、申立人は、単独室に収容されていた。申立人は、同許可に基づき、正座して瞑想したり、経典の音読をしていた。
2 平成26年9月21日、閉居罰の執行が終了し、申立人は、翌22日、工場配役となり、単独室から共同室に転室となった。申立人は、経典の音読を止め、黙読をするようになった。就寝時間中でも、目が覚めたときには、着座して経典を黙読することがあった。なお、当該共同室に時計はなかった。就寝時間は、平日は、午後9時から翌午前6時40分、休日は、午後9時から翌午前7時40分である。
3 申立人は、平成26年11月12日午前1時頃(就寝時間中)、布団の上で、座禅を組み、経典を黙読しようとしたところ、夜勤の刑務官から、中止の指示を受けた。申立人と刑務官のやり取りは、次のとおりである。
刑務官「祈るにはまだ早いだろう。止めろ。」
申立人「許可を得て半年間続けてきたが、注意を受けたことはない。今は何時なのか。」
刑務官「1時を回ったところである。」
申立人「AM1時ですよね。今まで注意されなかった。」
刑務官「止めろと言ったら素直に止めて寝ればいいんじゃ。祈るにはまだ早いだろう。」
4 申立人は、指示に従い、布団に入った。しかし、法務大臣に苦情の申出をするため、便箋に刑務官の言葉を書き留めた。刑務官が見咎めて、次のやり取りがされた。
刑務官「何を書いているのか。出せ。」
申立人「苦情申出をするため、書き留めたので出さない。」
刑務官「分かった。出さないんだな。」
刑務官が、処遇本部に電話をかけようとしたため、申立人は、懲罰を受けると思い、便箋の提出に応じた。刑務官は、処遇本部に「処遇1名」と電話をかけた。同便箋には、「日付けが変わったばっかりだ、お前もわからんやつじゃのう、ごんぎょうは朝やる」と記載されていた。
5 その後、申立人は、法務大臣に苦情の申出をするため、もう一枚の便箋に、再度、刑務官の言葉を書き留めた。刑務官は、申立人に対し、便箋の記入の中止を指示し、便箋の提出を指示したが、申立人は、これらを拒否した。同便箋には、「日付けが変わったばっかりじ、朝やるんじゃないんか」と記載されていた。
6 申立人は、平成26年11月21日、上記のメモの中止指示に関する反抗事犯として、閉居25日の懲罰を科された。
7 広島刑務所においては、被収容者が刑事被収容者処遇法第169条第1項に係る苦情の申出を願い出た場合、不服申立書を保管するための専用封筒を貸与され、同書を封筒内に保管するよう告知されている。職員が、保安上の必要により、封筒内の異物混入を封筒の上から触って確認することはあるが、封筒を開けて検査することはないとされる。被収容者が居室外に連行される際は、封筒を携行するよう告知されている。工場での作業中など携行できない場合は、同封筒を封緘する措置が執られる。不服申立てに係る備忘メモについては、封筒内に保管しているものであれば、職員がその内容を確認することはできない。
第4 当委員会の判断
1 刑事被収容者処遇法第169条第1項は、「刑事施設の長は、被収容者が、審査の申請等…をし、又は法務大臣若しくは監査官に対し苦情の申出をするに当たり、その内容を刑事施設の職員に秘密にすることができるように、必要な措置を講じなければならない。」と定め、同条第2項は、「…審査の申請等又は苦情の申出の書面は、検査をしてはならない。」と定めている。
同条は、苦情の申出の書面について、信書の検査の規定の適用を除外し、法律上、秘密申立てを保障している(逐条解説刑事収容施設法(改訂版)886頁)。すなわち、被収容者が外部に信書を発信しようとするときは、刑務所長は、必要があると認められる場合には、被収容者処遇法第127条第1項に基づいて、信書の検査をしうるとされている。この検査については、信書以外の金品の同封の有無の確認、発受の相手方の確認、記述内容の確認のいずれにも及ぶと解されている。しかしながら、苦情の申出の場合には、このような検査はいずれも許されず(同888頁)、刑事施設の職員にその内容を秘密にすることができるとされている(同886頁)。また、刑事施設の職員が、被収容者から苦情の申出の内容を聴取しようとすることも許されない(同887頁)。このことは、かつての名古屋刑務所における被収容者への虐待事件の反省などを受けて、被収容者からの苦情の申出が職員に秘密裡になしうることを制度的にも保障しようとしたものである。
2 被収容者は、刑事施設に拘禁されており、生活の全般にわたり、刑事施設の職員の監護下にあるため、職員が事前に被収容者が行おうとする苦情の内容を知ることができるとすれば、職員から苦情の申出をしないように圧力や干渉を受けて、不本意にこれに従うことがあり得るし、干渉がないとしても、職員にどのように思われるかと気遣う心情から苦情の申出をためらうこともあり得る。刑事被収容者処遇法第169条は、このようなことにより、刑事施設における処遇について、監督機関等による判断が及ばなくなることがないように、刑事施設の長は、被収容者が苦情の申出をする際に、その内容を職員に秘密にすることができるように必要な措置を講じなければならないとするとともに、苦情の申出の書面について、信書の検査の規定の適用を除外し、秘密申立てを保障している(同886頁)。
3 以上のとおり、刑事施設の職員は、苦情の申出について、被収容者からその内容を聴取することは許されないと解されている。被収容者が、苦情の申出のための備忘メモを刑事施設の職員に提出することが許容されるとすると、結果的に申出の前に職員に苦情の申出の内容を知られることになり、苦情の申出自体について萎縮的作用が生じかねない。かかる事態は、刑事被収容者処遇法第169条が秘密申立てを保障した上記の趣旨に反するから、刑事施設の職員は、苦情の申出の内容の聴取自体が許されないのと同様に、苦情の申出を行うための備忘メモの内容の確認も許されないものというべきである。
4 本件では、申立人が苦情の申出のためのメモであることを明示的に主張した以上、刑務官が、メモの中止を指示することはともかくとしても、メモの提出を指示することは、刑事被収容者処遇法第169条に違反するというべきである。
5 よって、当会は、貴所に対し、勧告の趣旨のとおり勧告する。
以上