声明・決議・意見書

勧告書・警告書2019.10.09

市立小学校への勧告書

広島市立A小学校
校長 B 殿

広島弁護士会会長 今 井  光

勧 告 書(要約版)

 

当会は,広島市立A小学校及び同校校長を相手方とする人権救済申立事件について,当会の子どもの権利委員会において,申立人,学校教員等からの事情聴取の結果等を踏まえて協議した結果に基づき,以下のとおり勧告する。

 

第1 勧告の趣旨

A小学校に対し,いじめ防止対策推進法及び広島市いじめ防止等のための基本方針に則り,いじめの問題に対して適切かつ迅速な対応が行われるよう体制を構築することを勧告する。

 

第2 勧告の理由

1 申立人が主張する事実

⑴ 対象児童に対するいじめの存在

ア 申立人は,対象児童の母親であり,対象児童は,小学校3年時に広島市立A小学校に転入した。

イ 小学校4年生時,クラス内でいじめが行われるようになり,小学校5年生時から,対象児童がいじめのターゲットにされ,対象児童が野外活動への参加を嫌がったことから,いじめの事実が判明した。その後,A学校によって一定の対応が行われ,表面上いじめは解決したかに見えたが,実際にはいじめは継続していた。

ウ 対象児童が小学校6年生になってもいじめは継続しており,対象児童は学校を休みがちになり,小学校6年生の7月から完全に不登校となった。

⑵ いじめに対する担任教諭及び学校の対応

ア 小学校5年生時,申立人に対象児童へのいじめの事実が判明した際,申立人は,担任教諭に対していじめの事実を相談し,学校で保護者も交えて話し合いを行うことなどを提案した。

しかし,担任教諭は,申立人に対し,保護者同士を会わせることはできないので,対象児童に対して加害児童らから別室で謝罪させ,加害児童らの保護者に対しては,学校から事情を伝えると述べた。担任教諭の指導により,加害児童らから対象児童に対して,個別に謝罪を行わせるといった対応が行われたが,上述のとおり,対象児童に対するいじめはこの後も継続した。

対象児童は,申立人を通じていじめの事実を担任教諭に伝えたにもかかわらず,その後もいじめが継続したことにより,いじめの事実を伝えても解決してもらえないと考えるようになっており,その後もいじめが継続していることについて,誰にも相談することができずにいた。

イ 対象児童は,完全に不登校となって1か月が経過した小学校6年生時の8月(以下,月を記載する場合は小学校6年生時を指す。)になって,申立人に対して,初めて小学校5年生時からいじめが継続していたことを告白した。

申立人は,8月末頃,小学校5年生時から持ち上がりの担任教諭に対して,いじめが継続していた事実を伝えたところ,担任教諭は学校で聞き取り調査を行なう旨回答した。しかし,9月中旬になっても調査結果について連絡がないため,申立人が担任教諭に問合せをしたところ,「運動会もありバタバタしているので,待って欲しい」と言われた。

ウ 申立人は,10月になっても何も動きがないため,広島市教育委員会に相談したところ,同月中旬に漸く担任教諭らが自宅訪問するなど調査が行われ,いじめの事実を確認した。

なお,担任教諭は,広島市教育委員会に対して,申立人からいじめの相談は受けておらず,不登校に関する相談しか受けていなかったと報告している。

エ 対象児童は,8月以降,カウンセリングを受け,病院を受診する等,精神的に不安定な状態が続いている。

2 認められる事実について

当会は,申立人や学校関係者らからの聞き取り,対象児童に関する記録(生活ノートなど),A小学校の学校いじめ防止委員会の議事録,その他学校側と保護者の間で交付されている書類などを調査した結果,以下の事実を認定した。

⑴ 争点①対象児童に対するいじめが存在したか否か

本件については,既に広島市教育委員会でも調査が行なわれており,学校側の説明文書などにおいても,上靴隠し,陰口,悪口などの事実が存在したことが認められている。

そして,対象児童が,小学校6年生時より学校を休みがちになり,7月から完全に不登校となり,8月以降カウンセリング等を受けた事実に鑑みれば,同人が,加害児童らによる上記行為により,心身の苦痛を感じていたことは明らかであるから,加害児童らによる上記行為は,いじめ防止対策推進法(以下「法」という。)第2条第1項の「いじめ」に該当すると認められる。

したがって,対象児童に対する「いじめ」の存在は優に認められる。

⑵ 争点②対象児童が小学校5年生だった時の担任教諭の対応

ア まず,小学校5年生時に加害児童らの保護者に対し,担任教諭から対象児童に対するいじめがあった旨の説明がされていなかったことについては,加害児童らの保護者らが当時学校側より説明を受けていないと述べていることから,事実と認められる。

イ また,広島市教育委員会による担任教諭への調査の際,担任教諭が小学校5年生時のいじめ発覚時に加害児童らの保護者に対して説明をすると申立人に対して説明をしていたことを前提に聞き取りが行われている。その際,担任教諭は,あえてこの事実を否定していないことが確認されている。また,申立人の立場において,加害児童らの保護者と話をしたいという気持ちを持つこと自体は,いじめを受けた児童の保護者の心情としては合理的であると評価できる。

ウ よって,担任教諭が,対象児童が小学校5年生時に,申立人に対し,加害児童らの保護者に対象児童に対するいじめがあった旨の説明をするとの回答を行っていたにもかかわらず,これを行わなかったと認められる。

⑶ 争点③担任教諭が対象児童に対するいじめが継続していた旨の報告を受けた時期

ア 対象児童が利用していた「生活ノート」の記載内容を見ると,少なくとも9月中旬時点で申立人と担任教諭とのやり取りで,①いじめに関してクラスで話をしてもらっていたこと,②担任教諭が,申立人に対し,いじめに関する聞き取りを今後予定していると話していたこと,③申立人がカウンセリングでもいじめの話について聞いてみて対象児童の登校復帰に向けた足掛かりを得ようとしていたことがうかがえる。

イ つまり,少なくとも9月中旬時点では,担任教諭は,申立人から対象児童に対するいじめの話を聞いており,いじめについてクラスで話をしたと申立人に対して報告し,今後聞き取り調査を予定していると説明していたことが認められる。このことは,申立人が,8月末頃にはいじめの事実を担任教諭に伝えていた旨の証言に沿うものであり,申立人の主張する事実が認められる。

ウ 以上によれば,少なくとも8月末頃,担任教諭が申立人から対象児童に関するいじめの事実について報告を受けていたことが認められる。

⑷ 争点④8月末頃以降の学校の対応について

ア 10月中旬に広島市教育委員会から学校長へ連絡が行われた際,広島市教育委員会の職員は,学校長が驚いた様子であり初めて事実を聞いたようだったとの感想を抱いている。また,学校全体として,対象児童に対するいじめの事実を認識しつつ,あえて当該事実を隠匿する必要性があるとは考え難い。

以上によれば,学校全体として対象児童に関するいじめの事実を知ったのは,10月中旬であったと認定できる。

イ 次に,学校における具体的な措置について,担任教諭は,少なくとも8月末頃,申立人から対象児童に関するいじめの事実について報告を受けていたが,学校において学校いじめ防止委員会が初めて開催されたのは10月中旬であった。

そうすると,学校は,対象児童に対するいじめについて,10月中旬まで何らの具体的な対応策も講じていなかったといえる。また,このことから,学校においては,教諭がいじめの問題に直面した際に,速やかに学校に事実を報告して対応する仕組みづくりが不十分なものであったと評価できる。

3 人権侵害の有無について

⑴ 法第3条第3項は,基本理念として,「いじめの防止等のための対策は,いじめを受けた児童等の生命及び心身を保護することが特に重要であることを認識しつつ,国,地方公共団体,学校,地域住民,家庭その他の関係者の連携の下,いじめの問題を克服することを目指して行われなければならない。」と規定し,法第8条は,学校及び学校の教職員の責務として,「当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは,適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する。」と規定している。

⑵ア また,法第12条に基づき広島市が策定している「広島市いじめ防止等のための基本方針」(以下「基本方針」という。)第3・3項は「いじめ防止等のための体制の構築」について規定しており,その⑴によると,「学校は,当該学校におけるいじめの防止等に関する措置を実効的に行うため,法第22条の規定に基づき,複数の教職員,スクールカウンセラー等により構成される常設の組織(学校いじめ防止委員会)を置く。」とされている。

イ 基本方針第3・4項は「いじめの防止等に向けて学校が実施する取組」について規定しており,その⑵によると,学校は「日頃から児童生徒の観察やアセス(学校環境適応感尺度)などの実施により児童生徒を深く理解し,児童生徒が示す変化や危険信号を見逃さない,・・・当該児童生徒からの相談に対しては,必ず迅速に対応することを徹底する。」とされている。

ウ 同じく基本方針第3・4項の⑶は「認知したいじめへの適切な対応」について規定しており,そのアによると,「教職員は,いじめ(その疑いを含む。)を認知した場合,特定の教職員で抱え込むことなく,速やかに,「学校いじめ防止委員会」に報告して情報共有を行い,組織的に,事実関係の確認,対応方針の決定,具体的な対処を行う。」こととされている。

また,そのウによると,「いじめの解消後も,再発の可能性を踏まえ,教職員は加害側・ 被害側について,日常的に注意深く観察する。」こととされている。

⑶ 以上の法及び基本方針の規定及び趣旨に鑑みれば,本件において,担任教諭は,どれだけ遅くとも8月末頃に申立人からいじめの事実の報告を受けた時以降は,対象児童に対するいじめが疑われる状況であったのであるから,学校長あるいは学校いじめ防止委員会へ報告するなど,適切かつ迅速な対応を行うべきであった。さらに言えば,対象児童は小学校5年生時にもいじめを受けており,小学校6年生時から学校を休みがちになり,7月から完全に不登校となっていたというのであるから,担任教諭は,申立人からいじめの事実の報告を受ける前から,これら対象児童の変調の原因としていじめが疑われるのではないかと,より注意して対応する必要があった。

にもかかわらず,担任教諭はこのような対応を行っていなかったのであるから,いじめ(またはその疑い)を認知したときに求められる対応を怠ったものと認められる。

このような担任教諭の不作為は,法及び基本方針に反するものであり,これにより対象児童に対するいじめへの対応を遅らせたものであるから,担任教諭の不作為は,対象児童に対する人権侵害であると認められる。

⑷ 一方,担任教諭を除く,学校長をはじめとする他の教員が対象児童に対するいじめを認知した時期は10月中旬であり,その頃,学校いじめ防止委員会を開催した事実が認められる。

ところで,学校側は,対象児童が過去にいじめを受けていたこと,対象児童の学年ではいじめの問題が繰り返し発生していたこと,対象児童が不登校となっている状況が継続していたことを把握していたという事実も認められるところである。

そうすると,学校側が,対象児童について,安易にいじめとは無関係の不登校として取り扱い,担任教諭の報告に委ねていたことは,前記基本方針第3・4項の⑵「日頃から児童生徒の観察やアセス(学校環境適応感尺度)などの実施により児童生徒を深く理解し,児童生徒が示す変化や危険信号を見逃さない」及び同⑶のウ「いじめの解消後も,再発の可能性を踏まえ,教職員は加害側・ 被害側について,日常的に注意深く観察する。」との規定に反するものである。

また,どれだけ遅くとも担任教諭が対象児童に対するいじめの問題を認知した8月末頃には,学校いじめ防止委員会等で当該問題に対応するために,情報共有を行い,組織的に,事実関係の確認,対応方針の決定及び具体的な対処を行うことが求められていたというべきである。よって,学校いじめ防止委員会がいじめに関する情報共有,組織的な事実関係の確認,対応方針の決定及び具体的な対処を行えるような体制として十分に整備されていなかったものと言わざるを得ない。

さらに言えば,対象児童が小学校5年生時のいじめについても,当時,担任教諭しか当該事実を把握しておらず,学校全体で事実関係を把握していなかったことが,聞き取り調査で確認されているところ,学校において,組織としていじめについて情報共有を行わなければならないという意識が不十分であったと言わざるを得ない。

⑸ 以上より,担任教諭及び学校の不作為によって,対象児童に対するいじめへの対応が遅れたのであるから,担任教諭及び学校の不作為は,対象児童に対する人権侵害であると認められる。

4 講ずべき措置について

⑴ 本件のように特定の教諭のみがいじめの対応に当たることで,学校全体で情報が適切に共有されずいじめが放置ないし悪化するような事態を防ぐためには,法及び基本方針に則り,特定の教諭のみならず,学校全体として児童が示す変化や危険信号を見逃さないこと,特に過去にいじめがあった場合には,いじめの解消後も,再発の可能性を踏まえ,日常的に注意深く観察することが求められる。

⑵ また,基本方針第3・3項の⑴に即して,学校いじめ防止委員会を実効性のある組織として設置,運用し,基本方針第3・4項の⑶アが求める「教職員は,いじめ(その疑いを含む。)を認知した場合,特定の教職員で抱え込むことなく,速やかに,「学校いじめ防止委員会」に報告して情報共有を行い,組織的に,事実関係の確認,対応方針の決定,具体的な対処を」行えるような体制を整備し,法第8条が求める「当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは,適切かつ迅速にこれに対処する責務」を特定の教員のみならず,学校として果たすことのできる措置を速やかに行う必要がある。

⑶ したがって,本会としては,今後,学校及び教員の不作為により同様の人権侵害が発生しないよう,学校に対し,法及び基本方針に則り,いじめの問題に対して適切かつ迅速な対応が行われるよう体制を構築することを勧告することが,本会が講ずべき適切な措置であるものと判断する。

5 結論

よって,本会は,学校及び教員の不作為により被害児童の人権侵害が発生したことを認め,勧告の趣旨のとおり,法及び基本方針に則り,いじめの問題に対して適切かつ迅速な対応が行われるよう体制を構築することを勧告するものである。

以上